実践リスクマネジメント要覧 理論と事例
企業を取り巻く様々なリスクおよび対応策について、MS&ADインターリスク総研が総力をあげてまとめた一冊です。業種・業界を問わず、企業・組織のリスクマネジメント推進において参考となる一冊です。
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「コンプライアンス」とは、「(要求・命令などに対する)応諾・追従」を意味する"Compliance"という英単語からきている言葉である。実際の使われ方は状況によって様々であり、コンプライアンス=「法令遵守」と捉える向きもあるが、企業経営においては、「企業が株主の利益の最大化を追求し、あるいは顧客などに製品やサービスを提供する過程で行う様々な事業活動が、社会一般に求められる『ルール』に準拠していること」という意味合いで用いられる。
以下、本節においても、特に断り書きのない場合には、「コンプライアンス」の定義を前述した概念を指すものとして用いることとする。
戦後のわが国社会経済は、高度経済成長の波に乗り飛躍的な発展を遂げた。これを支えたのが、官主導による事前規制型の社会経済システムと会社経営における利益至上主義の思想である。すなわち、監督官庁は業界に対し、幅広い許認可権を背景に、法規制・通達・指導などの形で様々な規制を課し、企業経営に大きな影響を及ぼしていた。そこには、企業による自己責任や自己規律という概念は乏しく、もっぱら官の指導が企業にとっての規範の中心とされた。そして最低限当局から示された規制を遵守さえすれば、後は会社利益のために周りを犠牲にすることもやむを得ないとの考えが、長年にわたり定着してきた。
しかしながら、1990年代になって、わが国社会の成熟化と社会経済のグローバル化が顕著となり、わが国は低成長の時代を迎えるとともに深刻な不況に陥った。ここにおいて行政はわが国の競争力回復のため、これまでの方針を転換して自由化と規制緩和をベースとする事後監視型の政策へと方向転換を図り、企業は自己責任原則の徹底と透明性の確保を強く求められるようになる。さらには、環境問題の顕在化、国民の権利意識の高揚などと相まって、市民の企業を見る目がいっそう厳しくなり、これに押される形で、製造物責任法、消費者契約法、土壌汚染対策法、個人情報保護法、改正独占禁止法、暴力団排除条例など、企業責任の厳格化を促す法的な枠組みが相次いで整備されてきている。
このように、社会環境・経営環境が大きな変貌を遂げる一方、有名企業における不祥事などの発覚が1990年代以降、後を絶たない。総会屋への利益供与、食品メーカーやホテル・百貨店における賞味期限や食材・産地の偽装、自動車メーカーのリコール隠ぺいや燃費データ不正、精密機器や電機メーカーにおける損失隠しや不正会計など、枚挙にいとまがない。さらにこうした事件を引き起こした企業の中には、株主代表訴訟により役員個人の責任を厳しく追及されているケースも現に存在する。これらの事件・事故に共通していえるのは、問題を起こした企業が、前述したような企業経営における旧来型の価値観から脱却できないまま、自社の利益を最優先させるとのスタンスに立った対応をとった結果によるものであるともいえよう。
よって、企業責任の厳格化がますます強まる状況において、企業が事業活動を行ううえで、法令のみならず社会通念として確立されたルールやモラルを遵守することは、今や企業経営における必要不可欠な要素であり、これに背いた企業は市場からの信任を失い、マーケットからの退出を余儀なくされることを認識すべきである。企業におけるコンプライアンス取組みの必要性はまさにこの点に帰着するのであり、自らが自己の責任において、主体的・自律的に行動規範を確立することが求められているといえよう。