「リスク感性」の相対性
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- リスクエンジニアリング/企業の防災調査/BCM(事業継続管理)/ネットセキュリティ/その他災害リスク全般
- 役職名
- 災害リスク部 上席コンサルタント
- 執筆者名
- 鈴木 哲 Satoru Suzuki
2008.4.1
リスク感性とは「あぶない!」と思う感覚のことである。リスクマネジメントに関する業務ではさまざまなリスクに接する機会があるが、興味深いのは場所や時間、人によってこのリスク感性が大きく異なることである。
中国にて操業中のある製造工場を訪れたときのこと、溶接する場所が区画されているが壁材がビニール板になっている。溶接する際の火花があぶない!という感覚があまり感じられない。またあるところでは危険物倉庫の電源ソケットが木製である。加熱してあぶない!という感覚がやはり小さいようである。これは危険なのだ、というリスク感性の醸成が必要なケースである。日本の工場も数十年前は似たような状況だったかもしれず、多くのリスク経験を通じてさまざまな安全対策が講じられてきた。リスク感性の醸成が有効な防災につながるよう、充分な情報提供をおこなうのがわれわれの役割である。
ある外国の方は「東京は地震があまりにおそろしくてとても住めない!」という。ほとんど地獄の世界のような表現である。それでも東京の人は住み続けているわけであり、本当に地震がおそろしくて転居する人は少ない。リスクとは発生頻度と損害程度の掛け算、いわゆる「損害が発生する可能性」であらわされる。みなが転居しない理由は諸事情があるのだろうが、大きな理由は発生頻度が低いことを知っており、また相応の対策がとられていて自分は致命的な被害を被らないと思っているからだ。時間経過によりリスク感性も逓減していくものであるが、「災害は忘れた頃にやってくる」の言葉を忘れずに発生頻度を認識し、その対策と訓練を怠らないことにより、適切なリスク感性を身に付けることができる。
またある国際線のパイロットは、自宅から空港までの自家用車の運転のときがもっともあぶないと感じ、飛行機にのると比較的安堵するという。飛行機事故の発生確率は「輸送実績1億人キロあたりの死亡乗客数=0.04人」といわれる。これは東京―ニューヨーク間約1万キロを125,000回往復して1回ということになり、「米国1国の車による1年間だけの死者の数でも、ライト兄弟が初飛行に成功して以来の航空機事故の死者よりも多い(IATA国際航空運送協会のグラード氏)」とのコメントもある。このパイロットはこの事実を知っていたのであろう。それでも一般的には飛行機の方があぶない!と感じている人は多いのではないだろうか。
そのほかバイクに乗ったこともない人間が、乗る人に対してものすごく危険と注意するなど、やはりあぶない!という感覚は相対的で、まさに三者三様といえるだろう。この感性のギャップを埋めるために大切なことは、1.リスクが顕在化する確率はどのくらいか? 2.そのリスクが発生した場合の損害の程度がどのくらいか?を正確に把握し、3.的を得た対策をしっかりと講じたうえで、リスクの内容と対策をすべての利害関係者に知ってもらうこと、であることがみえてくる。
この3点を兼ね備えたうえで感じる、あぶない!という感覚が、リスクマネジメントに求められる本来の「リスク感性」といえよう。
以上