レポート

CDP 開示に見る化学産業の気候変動対応の動向「リサーチ・レター(2024 No.4)」

2024.9.2

2022年度の日本におけるエネルギー起源CO2排出量は産業部門が34.0%で最も多い。さらに業種別に見ると、鉄鋼業からの排出が産業部門全体の38.1%を占め、次いで化学産業が15.8%を占めている。化学産業はカーボンニュートラルを目指し、さまざまな対策を推進している。また、化学産業は多くの産業に素材を供給しているため、産業部門全体のCO2排出量削減への貢献度も高い。本稿では、CDP質問書への回答内容を通じて、化学産業の移行リスク※1の認識や気候変動対応の動向を確認する。

1.CDP開示

(1)CDP※2とは

CDPは、2000年に英国で設立された国際的な環境非営利組織(NGO)である。2050年までのネットゼロとネイチャーポジティブな世界の実現を目指し、投資家や企業、自治体、政府への働きかけを通じて環境インパクトの情報開示を促進している。具体的には、世界中の企業や自治体に対して気候変動、森林保全、水資源管理などに関する質問書を送付し、情報を収集している。CDPの情報開示システムは、企業や自治体の環境インパクトに関する世界最大のデータセットを持ち、世界経済における環境報告のグローバルスタンダードとなっている。CDPが収集した情報は、世界中の投資家、企業、政策決定者に利用されており、意思決定に大きな影響を与えている。

(2)CDP質問書

CDP質問書は、国際的に認知された環境情報開示のフレームワーク※3や開示基準※4に整合したものになっている。複数の投資家やサプライヤーから開示要請を受けている企業にとっては、CDP質問書に回答することで個々のステークホルダーへの開示の負担を軽減できる。
CDPはこれまで「気候変動」「フォレスト」「水セキュリティ」の3つの質問書を展開してきたが、2024年版ではこれらに「プラスチック」、「生物多様性」を加え、5つの環境課題の質問を1つに集約した。これにより、ガバナンスや戦略など共通する質問の重複を避け、省力化を図るとともに、複数の環境課題を総合的に捉えられるように調整を行った。2024年4月末に質問書が公開され、6月初旬にオンライン回答システムがオープンになっている。また、2024年から中小企業向け質問書も公開されている。気候変動に焦点をあてることで報告負担を軽減している。

(3)気候変動質問書

本稿では、次章から化学産業の2023年版CDP気候変動質問書の回答を論じていく。この気候変動質問書の質問項目は、主に「ガバナンス」、「リスクと機会」、「事業戦略」、「目標と実績」、「GHG※5排出量算定方法」、「GHG排出量」などである。また、「リスクと機会」には、「移行リスク」、「物理的リスク」、「重大な財務的または戦略的な影響を及ぼすリスクや機会の詳細」が含まれており、投資家などのステークホルダーにとって非常に重要な判断材料になる。
特に移行リスクは、事業の存続にも関わりうる重要なリスクであり、企業はその対策も含めて開示することが望ましい。なお、質問項目の「事業戦略」には、1.5℃の世界6に整合する気候移行計画の有無についての質問があり、気候移行計画が詳述されている文書の添付も求められている。

2.CDP 開示に見る化学産業の移行リスク

(1)移行リスクの概要

低炭素経済への移行は、気候変動の緩和対応を進める中で様々な変化を伴う可能性がある。その変化によもたらされる財務上および事業上のリスクを移行リスクと言う。移行リスクは主に「政策・法規制」「技術」「市場」「評判」に分類できる。本稿では…

1) 低炭素経済への移行は、気候変動の緩和対応を進める中で様々な変化を伴う可能性があり、その変化によりもたらされる財務上および事業上のリスク。
2)2000年の発足当初はCarbon Disclosure Projectを正式名称としていたが、炭素以外に水セキュリティや森林へと対象が拡大したことから2013年に略称のCDP を正式名称としている。
3)SBT(Science Based Targets)、TNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)等
4) 国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)IFRS S2「気候関連開示」、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)等
5)Green House Gas(温室効果ガス)の略称。GHGの内訳は二酸化炭素90.8%、メタン2.5%、他6.7%。

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