レポート/資料

金融機関のTNFD開示におけるポートフォリオ分析の考え方と事例【RMFOCUS 第91号】

[このレポートを書いたコンサルタント]

川崎 亜希子三島 らすな
会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
所属名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第五部 サステナビリティ第一グループ
執筆者名
上席コンサルタント 川崎 亜希子(上) Akiko Kawasaki
主任コンサルタント 三島 らすな(下) Rasuna Mishima

2024.10.3

見どころ
ポイント
  • 2023年9月にTNFD提言が公表されて約1年が経過した段階だが、国内の企業・金融機関によるTNFD開示が着実に広がりを見せている。
  • 金融機関の開示では金融ポートフォリオの分析が欠かせない。金融ポートフォリオという広範な分析における十分なデータやツールが揃っていない状況においても、手元のデータから始めることで得られる情報があり、それが開示の足掛かりとなる。
  • また地域金融機関は地域に根差すという特性を最大限に生かせることから、地域の自然や産業の特性との関係性に着目した評価や開示、ネイチャー・ポジティブな地域経済へ移行していくためのアクションの検討が望まれる。

はじめに

2023年9月のTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言の公表から約1年が経過した。MS&ADインターリスク総研の調べでは、2024年5月時点で54社の日本の企業および金融機関によるTNFD開示が行われていることは、前号1)で詳述したとおりである。
TNFDは金融機関向けの追加開示提言として、「金融機関のための追加ガイダンスV1.0(2023年9月)」とその更新版「金融機関のための追加ガイダンスV2.0(2024年6月)」、および「金融機関のための生物多様性フットプリントアプローチ・ディスカッションペーパー(2023年12月)」を公表している。金融機関のための追加ガイダンスは、TNFDの開示項目と開示指標に関する金融機関への追加的提言が示されたものである。生物多様性フットプリントアプローチのペーパーには、金融機関が自然への依存・インパクトを分析、評価するためのツールや先行事例が提示されている。
このように金融機関向けにTNFD開示提言を踏まえた取り組みのためのガイダンスは一定整備されているものの、多くの金融機関が最初の入り口の自然への依存・インパクトの分析、評価において二の足を踏んでいるような印象を受ける。
そこで本稿では、金融機関がTNFD開示提言を踏まえた取り組みや情報開示における足掛かりとなるよう、基本的な開示提言を整理するとともに、先行する開示事例を踏まえた評価・分析のポイントを紹介する。また、地域金融機関がTNFDに取り組むポイントも併せて紹介する。

1. 金融機関に求められるTNFDの追加開示提言

まずは基本となるTNFDの開示提言について整理する。全セクターに対するTNFD開示提言はTCFDに倣いつつ、自然の要素が追加された全14項目あり、「ガバナンス」、「戦略」、「リスクとインパクトの管理」、「測定指標とターゲット」の4本の柱に大別されている。金融機関に対する追加提言は14項目中の8項目に対して示されている(次頁表1)。例えば、全セクターの開示提言「ガバナンスC」は、先住民族や地域社会(IPLC)などのステークホルダーに関する人権方針やエンゲージメント活動、および取締役会等の監督の説明を求めているが、金融機関に対しては、これらステークホルダーとのエンゲージメントのために投融資先、取引先などとどのように協力しているかの説明が求められている。
このように追加提言の多くでは、金融機関の直接操業だけでなく金融ポートフォリオについての説明が要求されている。

【表1】金融セクター固有のTNFD追加提言(抜粋)

開示提言の項目 追加提言の内容(抜粋)
ガバナンス C
  • 自然に関連する依存、インパクト、リスク、機会の評価と対応において、関連する先住民族、地域社会、影響を受ける利害関係者へのアウトリーチを行い、関与することを確実にするために、助言、投資、融資、再/保険を通じて投資先企業、取引先、または金融関係を持つ顧客とどのように協力してきたかについての説明
戦略 B
  • セクター、領域、インパクトドライバーあるいはバイオーム固有の基準と方針が投資、融資、保険活動に制限またはその他のデュー・ディリジェンス基準を課す場合はそれを記述すべき
  • 自然関連のリスク・機会が商品やサービスの提供においてどのように考慮されているかの情報も必要。例えば、
    ▶再/保険会社:バリューチェーンにおける自然関連の依存・インパクト、リスク・機会が、セクターまたは地理的レベルにおいて保険商品 or 保険会社の投資にどのように影響するかの説明
    ▶銀行:デュー・ディリジェンスが、取引相手の自然関連の依存・インパクト、リスク・機会の検討によってどのように影響を受けているかの説明
    ▶アセットマネジャー/アセットオーナー:自然関連の依存・インパクト、リスク・機会がプロダクト開発および投資またはオーナーシップ戦略にどのように織り込まれているかの説明
  • 全体的なプロセスを説明すべき(顧客の秘密を侵害しない場合には、デュー・ディリジェンスおよびエンゲージメントの具体例と測定可能な成果)
戦略 C
  • シナリオ分析を行う場合、金融機関の活動と関連するタイムフレームを考慮して、シナリオ分析のアウトプットがリスク管理プロセスでどのように使用されるかの説明
戦略 D
  • 金融機関は、TNFD開示提言の優先地域の定義を満たす、直接操業の場所を開示すべき
リスクとインパクトの管理 A(ⅱ)
  • 金融機関の金融ポートフォリオである下流バリューチェーンに主な焦点をあてるべき
リスクとインパクトの管理 C
  • 関連する場合には、組織のリスク機能、引受ユニット、融資チーム、投資チームが、直接操業および金融ポートフォリオにおける自然関連の依存・インパクト、リスク・機会をどのようにモニタリングしているかを説明すべき
  • 自然に関連するリスクの考慮事項を、信用リスク、市場リスク、オペレーショナル・リスク、引受リスク、投資リスクなどの他のリスク管理カテゴリーに統合することについて説明
測定指標とターゲット A
  • 金融機関は以下を含めるべき
    ▶リスクと機会に関するグローバル中核開示指標
    ▶適切な場合には、TNFD追加開示指標・測定指標、金融セクター追加開示指標・測定指標、および金融機関独自の評価指標に基づくその他関連指標
  • 戦略Aにおいて記載されるリスクと機会の大きさを最も正確に反映するために、指標は適切なレベルで報告されるべき
  • タスクフォースは、金融機関は選択されたリスクと機会についてのみ開示する可能性が高く、すべてのファイナンス、投資、(再)保険のポートフォリオ全体について包括的に開示することはないと認識している。C7.0とC7.1については、金融機関は、そのビジネスモデルの文脈において最も意味のあるカテゴリーに焦点を当てて開示すべきである。C7.2は、金融機関の金融ポートフォリオに含まれる企業については開示されず、金融機関自身の罰金/罰則についてのみ開示されることが期待される
  • 適用される指標の範囲と方法論の記述には、これらが規制上のタクソノミー、自主的なタクソノミー、市場ベースの基準、または内部定義に基づいて特定され、分類されているかどうかを含めるべき
測定指標とターゲット B
  • 金融機関は以下を含めるべき
    ▶戦略Aに記載されている金融機関の直接操業における重要な依存とインパクトについて、ある場合には、依存とインパクトのグローバル中核開示指標(金融機関の直接操業が本質的に重要な依存とインパクトを持つ可能性は低く、従ってこの開示は例外となる可能性が高いことを認識)
    ▶金融機関のポートフォリオに関する依存とインパクトの中核開示指標。これらの指標は、重要な課題ごとではなく可能な限りグループ連結企業レベルで報告されるべき
    ▶その他関連する指標は、金融セクター追加開示指標・測定指標、必要に応じて金融機関自身の評価指標
  • 推計値のベースとなる前提条件や方法論は明確に記述されるべきであり、企業の所在地や活動に関する入手可能な最善の情報に基づくべき

(出典:参考文献2)を基にMS&ADインターリスク総研仮訳)

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