SDGs疲れには、苦いがよく効く「ポジティブ」がお勧め
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- サステナビリティ
- 役職名
- 上席コンサルタント
- 執筆者名
- 藤田 嘉子 Yoshiko Fujita
2024.1.19
「SDGs疲れしていませんか?」――。2021年初頭、前職のPR会社で執筆を担当していたブログで、ひっそりと投げかけた記事は、年間で最も多いアクセスを集めた。寄せられた反応から、多くの人が「SDGs」や「サステナビリティ(持続可能性)」について、“ウォッシュ(見せかけ)”を含めた情報の氾濫に直面し混乱や倦怠感を抱いているように受け取った。実際に、23年になると、『サステナブル疲れ』を見出しに取った記事が、大手メディアでも目につくようになった。
SDGsは、国連初の「コミュニケーションデザイン」と言われている。問題解決などを目的に人々の間で共通認識を得るためのコミュニケーションの工夫を意味する。難解な国連文書を17のカラフルなタイルと端的な言葉に変換して、受け手の感覚に訴えた。その結果、瞬く間に世界中に広がり、サテナビリティ関連の目標では史上初の成功例とも評価される。特に日本での認知度の高さは世界で際立つ。このように、優秀なコミュニケーションデザインのSDGsだが、最近になって“副作用”を感じ始めている。広告業界では、消費者に同じ情報を一定回数以上見聞きさせることで商品などの認知や好感度を高めるのが通例で、それを「ザイオンス効果」という。しかしSDGsの場合は、接触頻度が高すぎで、むしろ嫌悪される水準に達したのではと懸念する。確かに、SDGsがコミュニケーション先行で、具体的な行動変容や価値観醸成への効果が低いと指摘する研究者も一部にいる。そうした諸々の事情が、多くの人の「疲れ」の原因ではないかとの仮説を持つようになった。
SDGsは地球規模の課題解決に不可欠な目標だ。達成のためには、「疲れ」が世の中に広がるのをなんとか防げないか。私は、その有力な方策のひとつが「ポジティブ」だと考える。前向きな心持ちを言っているのではない。問題解決の現実的な手段としてだ。
例えば、SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」は、陸域の生物多様性の損失阻止を目指す。最近、これに関連する目標として「ネイチャーポジティブ」が普及してきた。失うのを防ぐと同時に、さらにポジティブ(プラスの状態)を目指すものだ。
幸い、新たなコミュニケーションデザインとしての存在感も増している。「生物多様性国家戦略2023-2030」を策定した日本政府は10月、企業の「ネイチャーポジティブ宣言」の受け皿を用意し、公的にバックアップする。一方、主要な記事検索サービスで「ネイチャーポジティブ」を調べると、ヒット数が22年の139件から23年には568件に急増しており、メディア露出も拡大中だ。また、23年末に政府が改定したSDGs実施指針では、主要国のネイチャーポジティブを主導する意向を明記している。
さらに、水や森林など、プラスの状態目標「ポジティブ」と相性がよい課題候補も控えており、実際に取り組みを始める企業も増加中だ。ステークホルダーとの協働や行動変容を促進する効用が見出されているのだろう。野心的な分、実現のハードルは高いが、自社の積極性や優位性を表すことができる点で差別化に寄与するのではないか。SDGs疲れの原因が「見せかけ」の氾濫だとしたら、その解消には一歩踏み込む「ポジティブ」が効く。口に苦い良薬として、積極的な活用を勧めたい。
以上