不正のいたちごっこ
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- 危機管理/コンプライアンス/役員賠償責任/ヒューマンエラー/PL・製品安全
- 役職名
- リスクマネジメント第三部 危機管理・コンプライアンスグループ アシスタントマネジャー
- 執筆者名
- 山根 良章 Yoshiaki Yamane
2023.8.4
メジャーリーグでは昨年から、捕手が手ではなく電子機器によって投手にサインを伝達できるように、ピッチコムという機器を導入した。投手はその機器を腕に巻き付けてプレーしている。大谷翔平がマウンド上で左腕を確認する動作を見たことがある方もいるだろう。これはビデオカメラにより撮影した映像を使ってサイン盗みをしたチームが優勝したことを一つのきっかけとして、導入されたシステムである。
サイン盗みは海外だけでなく、国内では高校野球でも話題になったこともあるが、このような不正はなぜ発生するのだろうか。広く知られている不正のトライアングル理論では、①動機 ②機会 ③正当化の三条件が揃った時に発生するとされている。サイン盗みでいえば「①動機=打ちたい、試合に勝ちたい」、「②機会=捕手のサインを見ることができる」、「③正当化=他の選手、チームもやっている」と整理できる。
不正をなくすためには、これら三条件への対策が必要だ。サイン盗みの例では、ピッチコムを導入して、不正の「機会」をなくす。さらに、新人選手研修会でプロフェッショナルとしての心構えを説き、選手個人が不正をした際には厳格な処分を課すなど、サイン盗みをする個人の心理面に着目し、「動機」と「正当化」への対応することなどが考えられる。
それらの対策の中でも、機会に着目し、不正ができない環境を作れば不正は撲滅できると思う方もいるだろう。しかし、これまでも、望遠レンズやトランシーバーなどの使用を次々と禁止してきたが、冒頭に述べたビデオカメラを使ったサイン盗みが発生している。このように機会への対策を講じると、それをかいくぐる新たな手段が生まれるといういたちごっこ状態が続いている。もちろんこれはサイン盗みに限った話ではない。例えばドーピング不正も、ドーピング検査の導入、禁止薬物のリスト化といった対策をしているものの、状況は同じだ。どちらの不正についても、以前よりは効果的とされる対策が講じられているが、テクノロジーの進化もあいまって、いずれ打ち破られることはあり得るだろう。
ビジネスの世界においても、品質不正、研究不正、不正会計、贈収賄、盗用、捏造といった様々な不正に対し、企業は機会への対策を講じることで、不正を防止しようとしている。最近ではシステム化によって不正ができない環境作りを始めているが、スポーツ界の例をみれば、限界がある。
世の中の変化のスピードは益々、加速している。生成AIに代表されるこれまでの前提を覆すようなテクノロジーの進化を想定すると、機会への対策だけでは不正を完全になくすことはできないだろう。新たなテクノロジーを活用し、機会への対策をアップデートし続けながら、動機と正当化への対策を両輪で行っていくことが一層必要となるだろう。
以上