「スケアード・ストレイト」映像を有効活用するには
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- 交通リスクマネジメント
- 役職名
- リスクマネジメント第二部 交通リスクマネジメントグループ マネジャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 柳河 知宏 Tomohiro Yanagawa
2022.12.21
私たちの身の回りはさまざまなリスクにあふれている。ところが、そのリスクをどれほど意識して過ごしているだろうか。大半の人は日常生活に限らず災害や事故など危機に瀕した際にも、「まあ大丈夫だろう」「自分だけは大丈夫」と根拠なくリスクを過少評価して行動しがちである。社会心理学等で「正常性バイアス」と言われている。大地震の津波が来る前に避難しない、海難事故で沈没船の客室に留まってしまう、などがその例である。これは正常性バイアスが働き、正しくリスク認知できない状況に陥っていると言える。
実際のリスク評価と個人のリスク認知には差がある。よく比較される例として、飛行機事故に遭う確率は、自動車事故より非常に少ないが、飛行機に乗るのは怖いという人は多い。リスクの高さは「ハザード」と「その発生(遭遇)確率」の積算で評価されるが、個人のリスク認知はこれに比例しておらず、自分の経験や知識からくる主観に基づいているのであるから当然である。交通安全教育においても、正しくリスク評価すること以上に、リスク認知の主観をどう変容させるかが重要と考える。
企業の交通安全教育に携わる中では、その企業の安全文化を構築し、交通事故の低減が目的となるが、学習者側全員が常に「交通安全」を意識してハンドルを握るようになるためにはどんな伝え方が有効だろうか、と日々試行錯誤の連続である。いかに個々のドライバーに永続的に安全志向を動機付けられるかが鍵となる。だが、先述のような「自分だけは大丈夫」と認知する正常性バイアス的な人間の本能が邪魔するため、適切にリスク認知できるようにコントロールさせることは困難で、動機付けを高める効果的な決め手はなかなか見つからない。
一つの方法として、講習の場で恐怖をアピールするやり方がある。ドライブレコーダーに記録されたインパクトのある事故映像を参加者に見せる「スケアード・ストレイト」と言われる教育技法である。よく運転免許の更新時に事故のビデオを視聴させたり、小中学校などの安全教育の場でスタントマンによる自転車と自動車の衝突事故の再現などを見せたりしているが、事故を直視させて恐怖を喚起し、安全に対する動機付けを向上させようとする手法である。
しかし、この手法は、学習者が自分のこととして受け止めないと効果が得られにくいと言われている。人間が内発的(自発的)な動機として安全志向を維持できるためには、単なる仮想事故として見るだけではなく、悲惨な事故を自分自身だったら回避できる、対処できるという自己効力感(目標達成動機)を高められることがポイントとなる。最近は個人がスマホで撮影した、またはドラレコがとらえた悲惨な事故映像が投稿され、テレビ番組でよく放送しているが、これも恐怖喚起にはなっているとは思う。しかし、他人の悲惨な事故をただ「視た」、「怖い」にとどまっており、「でも自分は大丈夫」という根拠のない正常性バイアスが多くの視聴者に働いているのではと推察する。
スケアード・ストレイト技法は万能ではない。恐怖喚起だけに終わらせず、事故には様々な要因があり、リスク事象が連鎖する中で、学習者自身の行動にも事故に繋がる要因があることに気づいてもらう。そのリスク認知から安全に対する態度変容(または維持)に導くよう効果的な活用が必要と考える。
以上