人的資本経営におけるWell-beingと従業員エンゲージメントの重要性と向上策【RMFOCUS 第98号】
[このレポートを書いた研究員]

- 会社名
- MS&ADインターリスク総研株式会社
- 部署名
- 基礎研究部 受託調査グループ
- 執筆者名
- 上席研究員 山崎 太斗 Taito Yamazaki
2026.7.1
- 企業は人的資本を競争優位の源泉と捉え、経営戦略と人財戦略を連動させる人的資本経営に取り組んでいる。大企業は人的資本開示も求められている。
- Well-beingと従業員エンゲージメントは人的資本経営において重要な要素である。近年はファイナンシャル・ウェルビーイングや、人生における選択の自由(自己決定)が注目されている。
- Well-beingと従業員エンゲージメント向上のためには、従業員一人ひとりの価値観やキャリア志向を尊重し、多様な生き方やキャリアパスを主体的に自己決定できる環境整備が効果的である。
- 人事制度や福利厚生制度だけでは、Well-beingと従業員エンゲージメントを向上させるには不十分である。制度整備だけではなく、日々のコミュニケーションの質を高めることも重要である。
1. 大企業に求められる人的資本経営
近年、企業経営において人的資本の重要性が高まっている。とりわけ大企業においては、人財を持続的な競争優位の源泉として捉え、戦略的に人財を育成・活用する人的資本経営に取り組むことが求められている。その背景には、「人材版伊藤レポート」(後述)において、経営戦略と人財戦略を連動させることの重要性が示されたこと、また、「人的資本可視化指針」により、人的資本に関する取り組みや成果を、ステークホルダーに分かりやすく開示する方法が示されたことが挙げられる。特に大企業は、社会的影響力が大きく、情報開示を求められることが多いことから、人的資本経営を単なる人事施策ではなく、経営そのものの課題として取り組まなければならない段階に来ている。
経済産業省によると、人的資本経営は、「人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されている。人的資本経営推進のきっかけとなったのは、「人材版伊藤レポート」である。同レポートは、2020年1月に経済産業省内に設置された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」において、コーポレート・ガバナンスの観点、持続的な企業価値向上の観点、および投資家目線の観点で議論が行われ、同年9月に報告書として公表されたものである。また同レポートでは、企業価値の持続的向上につながる人財戦略のあり方がまとめられており、3つの視点と5つの共通要素が論じられている(図1)。その後、人的資本経営を実行するための具体策を解説した「人材版伊藤レポート2.0」が2022年5月に公表された。
【図1】「人材版伊藤レポート」で挙げられている、3つの視点と5つの共通要素
2022年を基にMS&ADインターリスク総研作成
2. 従業員エンゲージメントの重要性
「人材版伊藤レポート」および「人材版伊藤レポート2.0」には、人的資本経営におけるWell-beingと従業員エンゲージメントの重要性が明示的に記載されている。本稿ではWellbeingと従業員エンゲージメントが、両レポートにおいてどのように取り上げられているかを整理し、これらが企業価値向上に寄与するという研究を紹介する。また、Well-beingと従業員エンゲージメントにおいて「従業員一人ひとりへの理解とアプローチ」がカギを握るという考え方にも触れる。
(1) 人的資本経営に影響を与える「Well-beingおよび従業員エンゲージメント」
人的資本経営におけるWell-beingと従業員エンゲージメントは、図1【共通要素4】で挙げられている「従業員エンゲージメント※1)」と関連する。「人材版伊藤レポート2.0」は、人的資本経営の要素である社員(従業員)エンゲージメントを高めるための取り組みを挙げている(表1)。そのうち、Well-beingとの関連性が高い要素は、「【取組5】健康経営への投資とWellbeing」である。社員の安全確保や健康配慮は法的義務であるが、それを超えて健康経営を実践することは、社員の健康保持・増進、企業イメージの向上だけでなく、組織の活性化・業績向上も期待できる。その際、Well-beingを高める視点を取り込むことが推奨されている。
| 取組 | 概要 |
|---|---|
|
【取組1】 社員のエンゲージメントレベルの把握 |
CEO・CHROは、中長期的な組織力の維持・向上を目指し、自社にとって重要なエンゲージメント項目を整理し、社員のエンゲージメントレベルを定期的に把握する |
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【取組2】 エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント |
CEO・CHROは、エンゲージメントレベルが高い社員に対して、社員のキャリアプランと会社のニーズを一致させる形で、成長に資するアサイメントを提案することで、エンゲージメントの更なる向上につなげる |
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【取組3】 社内のできるだけ広いポジションの公募制化 |
CEO・CHROは、社員が異動または退職するポジションについて、可能な限り公募を行い、社員が自律的にキャリアを形成し、高いエンゲージメントを形成し、高いエンゲージメントレベルで働ける環境を整備する |
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【取組4】 副業・兼業等の多様な働き方の推進 |
CEO・CHROは、社員が企業・社会に貢献しようとする主体的な意思を最大限に尊重し、社内外の副業・兼業を含む多様な働き方を選択できるよう、環境を整備する |
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【取組5】 健康経営への投資とWell-beingの視点の取り込み |
CEO・CHROは、社員の健康状況を把握し、継続的に改善する取り組みを、個人と組織のパフォーマンスの向上に向けた重要な投資と捉え、健康経営への投資に戦略的かつ計画的に取り組む。その際、社員のWell-beingを高める視点も取り込んでいく |
出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」
2022年を基にMS&ADインターリスク総研作成
(2) Well-beingと従業員エンゲージメントが企業価値の向上に寄与する研究
一橋大学大学院教授である小野浩氏と、一橋大学大学院特任教授でありIGS代表の福原正大氏が共同座長を務める人的資本理論の実証化研究会が、人的資本と企業価値の関係を示すフレームワークを公表している。このフレームワークでは、「①人的資本(能力)」を企業価値の源泉とし、企業価値において「②人的資本(能力)の発揮度」が上昇要因、「③人的資本(能力)起因のリスク」が下落要因として、企業価値へ寄与するとしている(図2、表2)。Well-beingとエンゲージメントはこのうち「②人的資本(能力)の発揮度」に該当し、企業価値向上要因として作用する。
(3) Well-beingの五つの分野
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Well-beingにはいくつか定義があるが、ここではギャラップ社※2)の定義を紹介する。同社はWell-beingを、「単なる健康や経済的な豊かさだけでなく、キャリア・人間関係・経済・身体・地域社会の五つの分野で満たされている状態」と定義している(図3)。昨今はその中でも、ファイナンシャル(経済的な)・ウェルビーイングに注目が集まっている。日本版Wellbeing Initiativeが発表したWell-beingの調査によると、現在および5年後の生活評価(Well-being実感)に対する影響要因の第一位は、「所得に対する主観的感情」であった。「所得に対する主観的感情」とは、客観的な収入額ではなく、現在と将来に関して資産や所得にゆとりがあり、安心感をもってそれらをコントロールできている状態のことをいう。これがファイナンシャル・ウェルビーイングに該当する。なお、第二位は、「人生における選択の自由」となっている。
【図2】人的資本が企業価値に与える影響についての概念図
| 要素 | 概要 |
|---|---|
| ①人的資本(能力) | 経営戦略上重視するスキルを指す。スキルを習得し、業務で用いることが求められる |
| ②人的資本(能力)の発揮度 | 従業員が持つ能力やスキルがどれだけ実際の業務や価値創出に活かされているかを示す |
| ③人的資本(能力)起因のリスク | 従業員の離職やスキルミスマッチなど、人的資本の発揮を妨げ、企業価値の減少リスクとなるもの |
出典:人的資本理論の実証化研究会「企業価値を向上させるファイナンシャルウェルビーイング戦略
~若年層・女性活用に焦点を当てて~」2025年を基にMS&ADインターリスク総研作成
【図3】ギャラップ社による五つの分野
職場での取り組みポイント<前編>」2022年12月27日
(4) 従業員エンゲージメントの定義
従業員エンゲージメントの定義について、ギャラップ社は「従業員が職場や仕事に対してどれだけ熱意を持ち、積極的に関与し、貢献しようとしているかを示す心理的な状態」と定義している。これは従業員と企業との間で、個々の従業員が組織の戦略・目標を理解しており、自発的に組織に貢献するという関係性を意味する。組織が戦略や目標を掲げるだけ、または個人が力を発揮するだけではエンゲージメントは成立しない。なお、エンゲージメントには、「ワークエンゲージメント」と「従業員エンゲージメント」があり、表3の説明のとおり両者は異なる。
| エンゲージメント | 概要 |
|---|---|
| ワークエンゲージメント | 仕事の内容と個々の従業員の関わり合い。主体的に仕事に取り組んでいる心理状態を表す。「熱意」「没頭」「活力」の三つが揃っている状態 |
| 従業員エンゲージメント | 企業・組織と個々の従業員の間の関わり合い。会社への理解や相思相愛に基づいた、会社と組織に対する自発的な貢献意欲 |
出典:新居佳英、松林博文『組織の未来はエンゲージメントで決まる』2018年
を基にMS&ADインターリスク総研作成
3. Well-beingと従業員エンゲージメント向上のポイント
Well-beingと従業員エンゲージメントは、従業員の生産性や創造性、企業への定着率、さらには企業価値向上にも直結し、人的資本経営の成功において重要な要素である。しかしこれらは、単なる制度導入だけでは不十分である。従業員一人ひとりの価値観やキャリア志向、ライフステージ、健康状態、職場環境への期待などが多様化しているなか、企業からの一方向的なアプローチでは個々のニーズを捉えにくい。したがって、Well-beingと従業員エンゲージメントを高めるためには、企業が従業員一人ひとりの特性を理解し、その状況に応じたきめ細かな対応が必要だと考える。
(1) 企業が従業員のWell-beingにアプローチする際のポイント
前述2.(3)での日本版Well-being Initiative調査の結果のとおり、Well-beingを実感する影響要因の第一位は「所得に対する主観的感情」で、第二位は「人生における選択の自由」となっている。主観的Well-beingは、生活満足度、希望、尊厳といった内面的な幸福感を重視する概念であり、健康状態などの客観的Well-beingとは異なる。
これらの結果から、従業員のWell-being向上には、企業が単に待遇や制度を整えるだけではなく、従業員一人ひとりの価値観やキャリア志向を尊重し、多様な生き方やキャリアパスを主体的に自己決定できる環境を整備することが重要である。
(2) 企業が従業員エンゲージメントにアプローチする際のポイント
従業員エンゲージメントについて、企業と従業員の関係を表したものが図4である。企業は従業員に対して「従業員エクスペリエンス(従業員体験)」を提供し、その結果、従業員は「従業員エンゲージメント(企業への貢献意欲)」として企業に貢献する。この関係によって、企業の業績や生産性が向上したり、離職率が改善されたりする。企業が得られた成果は、さらに人財への投資や福利厚生の拡充として活用することで、新たな従業員エクスペリエンスにつながる好循環が生まれる。
【図4】企業と従業員の関係性
4. HRテック、人事データの活用
前述のとおり、従業員一人ひとりへのアプローチは、Wellbeingやエンゲージメント向上に重要である。しかし、一人ひとりを理解するには上司や同僚の人的リソースだけでは限界があるため、HRテックやデジタル化された人事データを活用することがソリューションの一つとなりうる。従業員の特性をデータで把握し、適切な施策へつなげるといった動きは広がりつつある。本章では、HRテックと人事データの活用について説明する。
(1) HRテックとは
HRはHuman Resourceの頭文字を取った略語である。日本語に訳すと、「人財」や「人的資源」といった言葉に置き換えられる。つまり、HRテックを直訳すると、「人財や人的資源に関する専門技術」という意味となり、一般的には業務効率化ツールという印象が強い。
HRテックの主要分野について、『日本一わかりやすいHRテクノロジー活用の教科書』では、HRテックの導入は次の三つの段階に分けて取り組むべきと述べている。第一段階は、勤怠管理や給与管理など、全企業で導入すべきHRテックである。第二段階は、ストレスチェックや産業医選任が求められる従業員数50名以上の企業が導入すべきHRテックである。第三段階は、経営課題に応じて、AIやビッグデータなどを活用した高度なHRテックである。Well-beingと従業員エンゲージメントの重要性を踏まえると、今後のHRテックはAIやビッグデータの活用が進展することにより、単なる業務効率化ツールの枠を超えて、企業に新たな付加価値をもたらすステップに入ると考える。
(2) 人事データとは
一般的に人事データは、従業員の属性や評価が対象になる。ピープルアナリティクスにおける人事データは、これらに加えてより広範なデータを収集し、経営判断や人財戦略に活用されている。『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』によると、データ分類は表4のとおりになる。
| No. | データ分類 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | オペレーショナルデータ | 採用、退職などの人事オペレーションに関わる静的データ |
| 2 | センチメントデータ | 従業員のモチベーションや感情の変化を追跡するためのデータ |
| 3 | パーソナリティデータ | 従業員の性格特性や適性検査結果などのデータ |
| 4 | アクティビティデータ | 従業員の企業内活動に関するデータ |
出典:一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会著、北崎茂編著
『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』2020年を基にMS&ADインターリスク総研作成
5. 日々のコミュニケーションの質を高めることも重要
ここまで、企業が従業員一人ひとりの多様な生き方やキャリアパスを自己決定できる環境を作ることが重要という話をしてきた。しかし、人事制度や福利厚生などによる環境整備だけでは、Well-beingと従業員エンゲージメントを向上させるには不十分な可能性がある。そこで注目すべきなのが、職場におけるコミュニケーションの質である。企業は人事制度や福利厚生制度、社内SNSなどを整備してきたものの、日本の従業員エンゲージメント水準は依然として低い水準にある。制度整備だけではなく、日々のコミュニケーションの質を高めることも、従業員エンゲージメントを高めるために重要だといえる。
以上
参考文献・資料等
- ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会「今、なぜ、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」が重要なのか?~ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会の活動を交えて~」2025年
- 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」2020年
- 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」2022年
- 人的資本理論の実証化研究会「本研究会の基盤となる考え方」(最終アクセス2026年5月14日)<https://hc-cv-research.jp/>
- 内閣官房、金融庁、経済産業省「人的資本可視化指針(改訂版)」2026年
- Human Bridge「【人事にまつわる課題】ウェルビーイングを意識した経営とは?職場での取り組みポイント<前編>」(最終アクセス2026年5月14日)<https://www.human-b.co.jp/hbcolumn/wellbeing1.html>
- 新居佳英、松林博文『組織の未来はエンゲージメントで決まる』英治出版、2018年
- 榊裕葵『日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書』日本法令、2019年
- 一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会著、北崎茂編著『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』日本能率協会マネジメントセンター、2020年
※1)「人材版伊藤レポート2.0」では「社員エンゲージメント」と表現されている。「社員エンゲージメント」は「従業員エンゲージメント」と同義であるため、ここでは「社員(従業員)エンゲージメント」と表記している
※2)ギャラップ社とは、1935年に設立された、米国に本社を置く世界的な世論調査・コンサルティング会社である。創業以来、同社は世論調査を得意とし、従業員のエンゲージメント、企業文化、リーダーシップなどに関する調査、分析、コンサルティングを提供しており、世界幸福度ランキングのデータ元として知られる
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