地震リスクを正しく認知するためには
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- 建築耐震工学、災害リスク管理学
- 役職名
- 総合企画部 リスク計量評価グループ チーム長
- 執筆者名
- 堀江 啓 Kei Horie
2013.7.9
「今後50年以内に90%以上の確率で起こる」という数字が2013年5月にマスコミ各社から報じられた。南海トラフ沿いで起きる巨大地震の発生確率である。この数字を聞いて妙だと感じたのは私だけだっただろうか。情報の発信源である文部科学省の地震調査委員会から公表された報告書上の数字は、「今後30年以内に地震が起きる確率は60〜70%程度」だったからだ。実はこの2つの数字が意味している内容は同じである。期間を長くして計算すれば確率は高くなり、短くすれば確率は低くなる。
マスコミ各社が報じた数字は、行動経済学でいうところの一種のフレーミング効果を利用したものである。フレーミング効果とは、情報の提示方法や表現によって、意思決定や判断が影響を受けることをいう。例えば、手術で医者から生存率が90%と言われれば受けることを選択する人が多いと思うが、死亡率が10%と言われるとどうだろう。先の地震発生確率の例では、マスコミ各社が報じた確率90%以上という数字に、強いインパクトを感じるのではないだろうか。ちなみに今後10年以内とした場合の確率は20%程度となる。この確率も表現を少し変えて、サイコロを1回振って1の目が出る確率よりも若干高いといえば、だいぶ印象が変わるのではないだろうか。
いずれにしても、南海トラフ沿いの地震はこれまでに周期的に繰り返して発生しており、そのような歴史的な活動状況から算定された確率の信頼性は高く、近い将来に発生するものとして備える必要がある。
さて、発生確率の次に問題となるのは、その影響の大きさである。内閣府の中央防災会議から、あらゆる可能性を考慮した最大クラス(マグニチュードM9クラス)の巨大地震が発生した場合の被害想定に関する最終報告が5月28日に公表された。この被害想定では複数のシナリオによる検討が行われ、その結果、最悪となるシナリオケースでは、死者数は約32万人、建物全壊および焼失棟数は約240万棟、経済被害は約220兆円と推計されている。ところが、このM9クラスの地震の発生確率は、同時期に公表された前述の地震調査委員会による報告とは必ずしもリンクしていない点に注意が必要となる。前述の地震調査委員会は、マグニチュードM8以上の地震の発生確率を評価したものである。一方、M9クラスの地震は過去数千年間に発生したことを示す記録はこれまでのところ見つかっていないため、発生確率の定量的な評価は行われていない。
リスクを正しく認知するためには、まずは2つの情報を定量的に把握することが基本となる。①事象の発生確率と②事象の結果の大きさである。その上で、悪いことは起きない、起きても自分は大丈夫、不都合な情報には目をつぶる、といった様々な認知のバイアスを排除して、客観的な判断に基づく対策を進めていくことが必要となる。東日本大震災以降、各種機関から地震リスクに関する新しい見解が次々と示されたが、情報が正しく伝わっていない可能性や、その情報量の多さに惑わされることがある。したがって、情報を分かりやすく整理して提供していくことや、行政、一般市民、企業、そして専門家との間で相互に情報を共有し、意思疎通を促すためのリスクコミュニケーションの充実がますます求められてきており、地震リスクの専門家として今後もその一翼を担っていきたいと考えている。
以上