米CPSCの措置から考える製品安全に関する企業の社会的責任
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 役職名
- コンサルティング第一部 CSR・法務第一グループ マネジャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 井上 知己 Tomomi Inoue
2013.2.27
CPSC(米国消費者製品安全委員会)は、米国における消費者用製品について製品リコールを含む規制を取り扱う公的機関ですが、昨年、このCPSCが個別製品について過去にほとんど見られない強硬措置をとった事案があります。ある製品について製造業者や販売業者に対して製品の即時販売停止と購入者への全額払い戻しなどを求め行政上の告発を行ったもので、この製品は当該製造業者の唯一の製品であり、製造業者に廃業の危機を生じさせるにもかかわらず実施されました。
この製品というのは5mm程度の小さなボール状の強力なレアアース磁石の集合体で、多数のボールを組み合わせることで様々な形を作ることができるデスク製品であり、米国では2009年の発売以降ヒット商品となっています。一方、子供が複数の磁石を誤飲した場合、体内で磁石が引き合い、腸の閉塞や穿孔など重大な事態となり、CPSCによると、この製品による事故が年々増加し、うち11件で胃や腸の緊急外科手術が必要となりました。
この事案は、製品安全に関して企業が社会に対してどれほどの責任を果たすべきか想起させます。というのは、今回の強硬措置の対象は玩具ではなく、特に規制のない大人向けデスク製品に対してのものであったからです。この製品には、指示警告(警告ラベル等)により子供への危険性も示されていましたが、実際上の製品のリスクは、指示警告のみでは足りず、社会に許容されなかったと考えられます。米国では、ここまで強硬措置が必要なのか、親の責任はないのかなど反対意見を含めた議論も呼んだものの、結局は販売停止が実現し、CPSCと関係業界が一定のルール作りをしていく流れとなっているようです。
企業の社会的責任を規定するISO26000(社会的責任に関する手引き)においては、製品の製造等に携わる事業者が果たすべき製品安全に関する社会的責任についても述べられていいます。その最も重要なエッセンスのひとつは、ISO/IEC Guide51にあるように、製品設計において製品の危険性を最小限に抑えるため、製品によるあらゆる危害の可能性を想定した上でリスクアセスメント(リスクの洗い出し・評価)を実施すること、その上で、本質的安全設計、安全防護対策(安全装置など)、使用者への情報提供の順序(いわゆる「3step Method」)によりリスクを低減し、安全な製品を提供することを通じ、広く社会の期待に応えていくことにあります。
今回の事案に則して考えれば、設計段階のリスクアセスメントにおいて、例えば次のような思考プロセスを含めた検討を行った上、その結果も踏まえて製品化の可否を判断していれば、リスクが社会に許容されず製品化は困難との結論に至っていた可能性もあるものと考えられます。
- (1) 予見可能な誤使用についてより幅広い検討(例えば、デスク上の使い捨てライターによる子供の火遊び火災の事例も踏まえれば、今回のようなデスク製品でも子供による誤使用(=誤飲)がありえるのではないか。)
- (2) 安全対策についての考察(例えば、本質対策として磁力を弱めればリスクは低減できるが、どのような形にも出来るという本製品の特性を維持できない。安全装置等は本製品になじまない。誤飲されにくいように大きさ、形状、色等を工夫できないか。)
- (3) 残留リスクの大きさについての検討(例えば、特段の対策をせずとも指示警告をすれば許容されるというほど、残留リスクは小さくないのではないか。)
これらは、いずれもすぐに答えが出せるようなものではなく、ある意味、限界域での判断が求められます。今回の事案は、企業が製品安全に関する社会的責任を全うするためには、このような限界域での判断により、製品化の断念もあり得べきことを示唆しているといえます。
以上