SBTs for Nature目標設定ガイダンス、ツールが改訂
2024.8.26
2024年7月10日、45以上の組織で構成される国際非営利団体のThe Science Based Targets Network(SBTN)は、企業向けの自然に関する科学的根拠に基づく目標設定枠組み「Science Based Targets for Nature(SBTs for Nature)」のガイダンス・ツール類を改訂した。2023年5月に第1版(以下、v1.0)のガイダンスを公開して以来、初のアップデートとなる。最新版のガイダンスはパイロット企業によるフィードバックなどを踏まえて内容が充実化されており、目標設定のプロセスや実施すべき内容も明確になった。
SBTs for Natureは企業およびそのバリューチェーンの自然に対する依存とインパクトについて「Step.1 分析と評価」、「Step.2 結果の理解と優先順位づけ」、「Step.3 計測、目標設定と情報開示」、「Step.4 計画の策定と行動」、「Step.5 進捗状況の追跡」という5つのステップで目標設定を促す枠組みである。目標設定の対象となる自然の領域として「淡水」、「陸域」、「海域」が挙げられており、Step.1とStep.2で焦点を当てるべき事業の絞り込みや優先順位付けをしたうえで、Step.3で3つの自然領域に対して目標を設定する。2023年5月にはStep.1とStep.2の統合ガイダンス、Step.3のうち淡水域の目標設定ガイダンス、陸域のガイダンス草案が公開されていた。
今回新たに公開されたガイダンス類は以下に整理したとおりで、すでに公開されていたガイダンスを改訂したバージョン1.1(以下、v1.1)のほか、草案の公開にとどまっていた陸域に関する目標設定ガイダンスの第1版が公開されている。このほか目標設定を目指す企業に対する準備マニュアル「コーポレート・マニュアル」が公開され、目標設定には社内協力・リソースの確保・プロジェクト管理の3つが肝要であると強調された。
【更新・公開されたガイダンス・ツール類】
- Step.1・Step.2の統合ガイダンスのv1.1
- Step.3(淡水)の目標設定ガイダンスのv1.1
- Step.3(陸域)の目標設定ガイダンスのv1.0
- Step.1で使用する「マテリアリティスクリーニングツール(MST)」
- Step.1で使用する「ハイインパクトコモディティリスト(HICL)」
- SBTs for Nature 準備マニュアル(コーポレート・マニュアル)
以下では改訂された各ガイダンスの主な変更点、ならびに新しく公開された陸域の目標設定ガイダンスの概要を紹介する。
Step.1 「分析と評価」
Step.1では目標設定のために焦点を当てるべき領域を特定するための評価方法が提示されており、対処すべき自然への圧力と最初に着手すべき最優先事項が事業のどの部分にあるかを判断する。v1.1のガイダンスではStep.1の全体の流れや基本的な考え方に大きな変更はないものの、Step.1で実施が求められるタスク(全部で9つ)が示され、目標設定に向け実施すべき内容が体系的に整理された。
このほか、事業が自然に与える影響の重大度(マテリアリティ)のスクリーニング評価に用いるMateriality Screening Tool(MST)もアップデートされ、v1.0では使用が必須ではなかったMSTの使用がv1.1では必須となった。なお、アップデートされたMSTは直接操業の産業分類を入力すると一般的なバリューチェーン上流の候補が表示されるようになり、バリューチェーン上流においても直接操業と同様にマテリアリティのスクリーニングが可能となっている。
Step.2 「結果の理解と優先順位づけ」
Step.2では環境、社会、財務的な要因を組み合わせ、目標設定を行う課題や地域の優先順位付けをするための方法論が提示されている。v1.1のガイダンスでは検討ステップの構成が一部見直された。
Step.2で実施が求められるタスクは全部で9つに細分され、一部の要件は緩和されている。緩和された要件の1つにバリューチェーン上流における目標設定の対象範囲が挙げられる。v1.0ではバリューチェーン上流が国レベルで特定できており、かつStep.3着手までにより詳細な位置が特定できる上流の企業活動は目標設定の対象であったが、v1.1からは現在把握している上流の活動の位置情報が国レベルにとどまる場合は目標設定の対象外となる。ただしトレーサビリティの確保と向上は引き続き求められ、徐々に目標設定の対象範囲を拡大することが推奨されている。
なお、Step.3(目標設定)に進む前に、これまでに実施したStep.1、Step.2についてSBTNによる検証を受ける必要がある。Step.1、Step.2の検証が合格しない場合はStep.3の検証を受けることができないため、留意が必要である。
Step.3 「計測と目標設定と情報開示(淡水)」
Step.3(淡水)では、生物多様性と自然を衰退させる主要な圧力に対する目標設定のために、「圧力と自然の状態を表す具体的な指標」、「健全な状態とみなす閾値」、「望ましい状態を自社の圧力レベルと関連付ける方法」の3つの要素が必要となる。淡水の目標設定プロセスは「モデルの選定」、「ベースラインの計算」、「流域全体が許容できる閾値の特定」、「目標設定」の4つのフェーズに分かれる。大きな変更点はなく、引き続き流域の利害関係者と専門家や有識者、水を管理する当局・省庁との協議など、関係者を巻き込んだ取り組みが重視される内容となっている。
Step.3 「計測と目標設定と情報開示(陸域)」の概要
陸域で設定すべき目標は大きく3つに分かれ、目標ごとに設定の流れが異なる。3つの目標とは自然生態系の直接的・間接的な転換を抑止する「自然生態系の転換ゼロ」、農業による土地占有を削減して生態系の回復のために土地を開放することを目指す「農地面積の削減」、自然の回復につながる行動を地域単位で推進するための「ランドスケープエンゲージメント」である。特にランドスケープエンゲージメントは地域規模のイニシアチブへの参画が求められるなど、自社やそのバリューチェーンだけでなく地域と連携した取り組みが求められることとなった。
概観すると全体的に目標設定のプロセスや実施すべき内容が明確になった印象があるが、依然として目標設定のハードルは高い。目標を設定して認証を得るには、企業はこれまで以上に社内の協力やリソースの確保を含めた体制の強化が必要となるであろう。一方、Step.1やStep.2は企業が自然に与えるインパクトを評価することが可能で、TNFDのLEAPプロセスにおけるスコーピングからLocateフェーズがある程度カバーできる内容になっている。自社が自然に与えているインパクトを把握するため、まずはStep.1とStep.2を試行するのも十分に意義があるといえる。いずれにしてもSBTs for Natureは気候分野のSBTと比較しても考慮すべき内容が多く、長期的に取り組む姿勢が求められる。
【参考情報】
2024年7月10日付 Science Based Targets Network HP:
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/
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この記事は「ESGリスクトピックス2024年度 No.5」(2024年8月発行)の掲載内容から抜粋しています。
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