“粘り強さが、地球を熱く”してしまう?暮らしを便利にする金属製品と地球温暖化の関係とは
[このコラムを書いた研究員]
- 専門領域
- 気候変動
- 役職名
- マネジャー上席研究員
- 執筆者名
- 坪井 靖展 Yasunobu Tsuboi
2025.1.8
流れ
- “粘り強い”鉄はどうやってつくられる?
- 金属部品を熱処理することで出る“あるモノ”とは?
- “地球にやさしい”新たな熱処理の方法
- 便利さの追求と“地球へのやさしさ”は両立できる?
毎日のように料理で使うフライパンや切れ味鋭い包丁、畑で土を掘り起こす時に使うスコップなど、様々な特性を持つ金属製品は私たちの暮らしを便利にしています。ところで、「粘り強さ」、「強さ」、「長持ちする性質」といった金属製品の特性が、いったいどのように作られているかご存じでしょうか?そして、その方法は地球温暖化とも関係があるんです。いったいどういうことなのか、わかりやすく解説します。
“粘り強い”鉄はどうやってつくられる?
人間に“粘り強い”人がいるように、鉄にも“粘り強い”鉄があるのをご存じでしょうか?自動車のエンジンを例に、どんなところに粘り強い鉄が用いられているのかを説明したいと思います。
自動車のエンジンには、クランクシャフトという金属部品があります。クランクシャフトは、エンジン内で燃焼が起こることで急な温度変化や衝撃を受けます。もし壊れてしまったら大変です。このため、クランクシャフトには「靭性(じんせい)」、いわゆる「粘り強さ」が必要です。
粘り強さのほかにも、ギアはエンジンの力を伝える重要な部品のため、「高い強度」と「耐久性」が求められます。
これらの「粘り強さ」、「強さ」、「長持ちする性質」は、どうやって生まれるのでしょうか。
鉄は、含まれる炭素の量によって、鋳鉄、鋼、鉄の3つに分かれます。それぞれ硬さが異なりますが、それだけで性質が決まるわけではありません。そこで、「焼入れ」という方法を使います。これは、鉄を特定の温度まで加熱し、その後に水や油で急に冷やすことです。刀を作るときによく見る方法ですね。
この焼入れをすると、鉄は焼入れ前より2~3倍硬くなりますが、その反面、割れやすくなってしまいます。そこで、「焼き戻し」を行います。もう一度加熱し、ゆっくり冷やすことで、鉄の組織が安定し、粘り強さが出るのです。
金属部品を目的に合った性質にするために、焼入れ、焼き戻しの他にも、焼きなましや焼きならしといったさまざまな熱処理があります。これらの熱処理を行う設備を「工業炉」と言います。
金属部品を熱処理することで出る“あるモノ”とは?
金属部品を熱処理する際には、主に重油や天然ガスを燃料として工業炉を加熱するため、CO2が発生します。電気を使う炉もありますが、日本では多くが化石燃料で発電されているため、やはりCO2が出てしまいます。工業炉は金属部品の熱処理以外にも鉄鋼業や化学工業でも使用されていて、日本全体の13.5%のCO2が出ていると言われています。
でも、金属部品の熱処理がないと、自動車の耐久性が下がったり、ハサミが切れにくくなったりして、身の回りのものが使いづらくなってしまいます。熱処理は私たちの生活を快適に保つために必要です。
それでも、地球温暖化を防ぐためにCO2を減らすことが大切です。では、工業炉からのCO2を減らすにはどうしたらいいのでしょうか。
“地球にやさしい”新たな熱処理の方法
NEDOのグリーンイノベーション基金事業では、工業炉をカーボンニュートラルにするための取り組みが進められています。その方法には、電気炉の導入と水素やアンモニアへの燃料転換があります。しかし、それぞれに課題があります。
電気炉導入の課題
大量の電力を消費するため、特別高圧電力の契約や新しい受電設備の設置が必要です。さらに、再エネ電力の活用も考慮する必要があります。
燃料転換の課題
水素やアンモニアを利用するためには、専用のバーナーの開発が求められます。また、水素やアンモニアが鋼材に与える影響の解明とその防止策の確立が重要です。さらに、水素やアンモニアを燃焼させた際に発生する窒素酸化物(NOx)の排出を抑制する技術も必要です。
便利さの追求と“地球へのやさしさ”は両立できる?
水素燃料は、火がとても熱く、燃えるのが速いという特徴があるため、窒素酸化物(NOx)が多く出ます。工業炉の大手メーカーは、大手自動車メーカーと協力し、水素燃料の特性を活かしたバーナーを作ることで、この問題を解決しました。
アンモニア燃料は、燃えるのが遅く、火があまり熱くならないので、安定して燃やすのが難しいです。また、窒素酸化物(NOx)も発生するので、それを減らす技術が必要です。大学と協力し、アンモニアだけで安定して燃やす技術も開発しています。
排ガス除去や鋼材への影響の調査研究など、まだ課題はありますが、工業炉メーカー各社の努力により、CO2を出さない熱処理の実現に向けて技術は進歩していくものと思われます。
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