
欧州委員会、持続可能な繁栄を確保するための「競争力コンパス」を公表
2025.3.13
2025年1月29日、欧州委員会(EC)は、昨年の12月に発足したフォン・デア・ライエン体制2期目の政策の方向性を示す「競争力コンパス(A Competitiveness Compass for the EU)」を公表した。ECの政策実施の指針となる戦略的かつ明確な枠組みを目指す。
本指針は前欧州中央銀行(ECB)総裁および前イタリア首相のマリオ・ドラギ氏が発表した「欧州の競争力の未来」(通称「ドラギ・レポート」※1)と、元イタリア首相のエンリコ・レッタ氏による「レッタ・レポート」に基づいている。ドラギ・レポートは、EUの競争力低下に警鐘を鳴らし、米国との成長性・生産性の差を埋めるため、毎年国内総生産(GDP)の5%に及ぶ投資を行い、脱炭素とデジタル化を進めるべきと提言した。同様にレッタ・レポートは、単一市場を強化し、脱炭素化とデジタル化を進めるべきとしている。
本政策文書は、域内産業のイノベーションの停滞や製造業の空洞化を是正すべく、以下の3領域について、産業政策、通商政策、域内市場の統合深化、EU予算、EUと加盟国の政策調整など、幅広い政策を競争力強化の観点から修正する提案となっており、今後2年間の法制化や取り組みの道筋を示している。
領域1 | 米中とのイノベーション格差の是正 スタートアップやスケールアップ向けの環境整備、 ベンチャーキャピタル市場の創設、 デジタルインフラへの投資、研究開発の促進など。 |
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領域2 | 脱炭素化と競争力強化の両立 産業・経済・通商政策と脱炭素化政策の統合、 安価なエネルギーの提供、クリーンテック製造業の強化など。 |
領域3 | 過剰な域外依存の軽減と安全保障の強化 域外国とのパートナーシップの推進、防衛産業能力の強化、 緊急時に備えた域内連携など。 |
これらの領域は、「規則の簡素化」、「EU単一市場への障壁引下げ」、「競争力へのファイナンス」、「スキルと質の高い雇用の促進」、「EUと加盟国での政策調整」からなる分野横断的手段によって補完される。
「規則の簡素化」では、2月26日に発表される「オムニバス草案」により、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミー法を主に簡素化**。企業の事務負担を25%以上、中小企業の事務負担を35%以上削減する目標を設定した。大企業のサプライチェーン上にある中小企業が、立法者の意図しない過剰な報告要求を受けないよう配慮したものだ。中小企業の定義も改正し、中堅企業の負担も軽減されるようにする。他にも、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、REACH規則、EU医薬品枠組み、農業補助金の簡素化も含まれる。同時に、行政のデジタル化を進めることで、政府レベルでの簡素化にも注力する。
「EU単一市場への障壁引下げ」では、EU域内市場を活発化させるため、障壁となる規制や手続を改善。また、「水平単一市場戦略」により、中小企業やスタートアップを含め、企業が業界規格を迅速に策定できるようサポートし、イノベーションを促進する。
他に、「競争力へのファイナンス」では貯蓄から投資へのシフトとEU資金へのアクセス合理化、「スキルと質の高い雇用の促進」では人材投資、生涯学習、スキル開発、公正な流動性、海外からの高度人材獲得等を、「EUと加盟国での政策調整」では「競争力政策調整ツール」(CCT)の導入を表明した。
CCTは、ドラギの競争力調整フレームワーク(CCF)をモデルにした、EU諸国とECで構成されるフォーラムである。ドラギによれば、CCFは、ドラギの提案を実施するための中期的な「競争力行動計画」について、必要に応じて調整・合意し、実施するものであったが、CCTは「競争力コンパス」において、より中心的な役割を果たしている。EU全体に影響を与える産業政策と投資の決定は、主に国家政府によって行われ、資金提供されることを前提としている。CCTはECが加盟国の産業政策を評価し、EU目標との合致を求めるものであり、ECの権限が拡大する内容となっている。
加盟国の政策を調整するために、規制とEU予算という2つの主要な手段がある。ドラギ・レポートは予算の大幅な拡大を示唆していたが、競争力コンパスではその代わりに、既存の資金の再配分を提案し、将来的には小幅な増額を期待している。同時に規制の削減や、EUレベルの資金増で賄えるレベルを超えて産業政策を拡大することも望んでいる。このため、CCTによる加盟国間の調整は極めて重要であると同時に、非常に困難なものとなっている。提案がどこまで加盟国に受け入れられるか今後の議論が注目される。
計画では、まず2月26日に、エネルギー集約型産業の脱炭素化とクリーンテクノロジーの生産拡大を支援する複数年計画「グリーン産業ディール」、ならびに前述のオムニバス草案を発表する※2。グリーン産業ディールでは安価なエネルギーの推進案も示される見込みであり、トランプ大統領が米国のクリーンテック向け補助金を削減しようとしている中で、EUの政策動向を占うものとして注目される。またEU域内事業やバリューチェーンを通じてEUの各種開示規制に関係がある日系企業はオムニバス草案の動向も注視する必要がある。
【参考情報】
2025年1月29日付 European Commission HP
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_339
1)詳細は本誌2024年度第8号(2024年11月)の記事「欧州委員会、ドラギ・レポートを公表 EUの競争力強化に向けて各種提言」参照
https://rm-navi.com/search/item/1932
2)本記事は2025年2月20日に執筆しており、その詳細の内容は反映できていない