コラム/トピックス

欧州委員会、ドラギ・レポートを公表 EUの競争力強化に向けて各種提言

2024.11.15

2024年9月9日、欧州委員会(EC)は「欧州の競争力の未来」と題する報告書を発表した。本報告書は、監修した前欧州中央銀行(ECB)総裁で前イタリア首相のマリオ・ドラギ氏にちなみ、「ドラギ・レポート」と呼ばれ、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の要請に基づき作成された欧州の競争力強化に関する提言書である。戦略分野におけるEUの地位低下の原因を特定し、即座に実施可能な政策を提示するなどEUの新たな産業戦略のあり方を示す本報告書は、EUの今後の政策を占ううえで重要な資料である。

以下では本報告書のうち、特にサステナビリティ関連の内容について解説する。

1.報告書の構成

本報告書の構成は、競争戦略を示したパート Aと詳細な分析と提言を記したパート Bから構成される。パートAでは、「(1)開始地点:欧州の新たな景観」「(2)イノベーションギャップを埋める」「(3)脱炭素と競争力合同計画」「(4)安全保障強化と依存縮減」「(5)投資ファイナンス」、「(6)ガバナンス強化」の章立てとなっている。

パートBでは、セクター別政策についてのセクションと横断的政策のセクションに分かれる構成になっている。セクター別政策で取り上げているのは、エネルギー、重要原材料、デジタル化と先進テクノロジー、高速ブロードバンドネットワーク、コンピューティングとAI、半導体、エネルギー集約型産業、クリーンテクノロジー、自動車、防衛、宇宙、医薬、運輸である。横断的政策は、イノベーションの加速、スキルギャップの解消、持続する投資、競争力改革、ガバナンス強化から構成される。

2.サステナビリティ関連

日本における報道では、EV政策の失敗やAIに代表されるテクノロジー面での遅れなどの産業政策の記載内容が取り上げられることが多いが、本報告書は 企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や企業サステナビリティ・デュー・デリジェンス指令(CSDDD)など、サステナビリティ関連規制の是非まで取り上げている。EC委員長の委託ということが示すように、本報告書は二期目を迎えるフォンデルライエン体制での今後の政策に運営に反映されるため、グリーンディールやサステナブルファイナンス政策が変化していく可能性もある。個別のテーマに関する内容は以下のとおりである。

(1)脱炭素に関する基本姿勢

パートAの冒頭で、欧州を待ち構える3つの変容の1つとして、脱炭素とサーキュラーエコノミーへの移行を進めながらエネルギー価格を引き下げることを挙げ、脱炭素に関する章ではエネルギー価格問題を詳細に論じている。

エネルギー価格水準という点でEUと貿易相手国との間に大きな格差があり、エネルギー危機はEU内でもエネルギーコストの加盟国間の格差を拡大させた。貿易相手国と比較した場合のEUとの競争力の差は、価格が非常に高いことだけでなく、EUの価格の相対的なボラティリティの高さと予測不可能性にも関係している。エネルギー価格の高騰は投資全体に影響を与え、経済全体に徐々に連鎖していく。

EUの脱炭素目標は競合相手に比べて野心的であることから、EU企業にとっては短期的にはコスト問題としてのしかかることを認めつつ、脱炭素はエネルギー価格の低下とクリーンテクノロジーの優位性をもたらす機会としており、脱炭素目標自体は堅持している。

(2)炭素国境調整メカニズム(CBAM)

CBAMとはEU域外から輸入される対象製品に対して、EU排出量取引制度(EU-ETS)に基づいてEU域内で生産される対象製品に課される炭素価格に相当する価格を課す制度である。つまりEU-ETSによりEU産製品の価格競争力が奪われないようにするための政策措置であり、域外への製造拠点移転を防ぐものである。しかし、本報告書では、制度設計の複雑さ、加盟国に実施は委ねられていること、しっかりした国際協力があって成り立つことから、CBAMの成功可否については不確実性があると指摘している。また、CBAMの主たる課題として以下を挙げている。

  1. ETSが施設単位に課されるのに対して、CBAMは製品単位の規制であり、施設単位の温室効果ガス(GHG)排出量を製品ごとに換算しなければならない。バリューチェーンに沿って直接および間接の排出量を追跡する必要があるが、入手できるデータは限られており、特に複合型製品では計算が非常に難しい。そのため、CBAMが意図したとおりに運用するためには解決すべき課題が多い。
  2. EUへの輸出事業者は低炭素型製品をEUに供給し、高炭素型はEU以外の市場に販売することで、CBAMのすり抜けが可能である。
  3. CBAM対象製品を対象外の下流製品に加工してからEUに輸出すれば、CBAMの対象にならずにすむため、EU域外に下流製品の工場を移転させるカーボンリーケージが起きる。下流でのカーボンリーケージを防ぐにはバリューチェーン全体の排出量追跡が必要で、製品単位への換算はさらに複雑になる。
  4. CBAMはEUから製品を輸出する企業にとって公平な競争環境に繋がらない。CBAMの対象である炭素集約型製品の輸出を支援するのは、よりグリーンな製品を奨励するという目的とは反するので、ETS認証書等の費用はあくまで企業負担にせざるをえず、コスト競争力で劣ってしまう。

こうしたことから本報告書では、CBAMの段階的な実施期間中の現状を見ながら制度の改善を図ること、もし効果が低ければ2026年から実施される予定のGHG排出量の無償割り当て制度の段階的廃止の延期を検討すべきとしている。特に製品レベルでの排出量算定が企業にとっては相当の重荷という観点から、その軽減策として排出量算定の共通規格策定への主導権発揮、適切なITソリューションの提供、輸入業者向けモニタリング・報告・検証(MRV)プロセスの単純化などを挙げている。

(3)重要原材料(CRM)

本報告書は、原材料から最終製品までのバリューチェーン全体を網羅する協調戦略が欧州に必要であると強調している。EUは重要原材料法(CRMA)に基づき、34の重要原材料を指定している。同法を通じて、重要原材料に関してEU域内採掘、域内加工、再利用の割合を向上させる目標の設定、大企業による調達リスクアセスメントの義務化などの措置を導入している。

本報告書で提案されている対策として、「採掘からリサイクルまでのEUレベルでの包括的な戦略の策定」「重要な原材料バリューチェーンを支援する金融ソリューションの開発」「欧州における廃棄物とリサイクルの真の単一市場の創設」「特定の重要鉱物の戦略的備蓄」などが挙げられている。

注目すべきは、CRMAを超えた政策として製品がレジリエントで持続可能な方法で調達されたかどうかに関する統一規格の確立に言及している点である。法律で求められている情報だけでなく、重要原材料の環境フットプリントを明らかにし、フットプリントが高すぎるものはEU市場に入れさせないことを提言している。EUの森林破壊防止規則(EUDR)はこれを先取りしたものともいえるが、本報告書は重要鉱物に対してもEUと同水準のESG基準を満たさせるべく、輸入関税を検討することを提言している。

(4)サステナビリティ規制

本報告書は基本的に、EUの規制の多さが企業の競争力を阻害する可能性があるという見方に立っている。また、EU指令の実施運用に際して加盟各国の法制度に委ねられるという仕組み上、国により運用が異なる弊害もある。そのため、EUのガバナンスの改善が重要課題の一つとして取り上げられており、そこでやり玉に挙がっているのがサステナビリティ規制である。

企業が負担に感じている代表的な法規制としてCSRD、CSDDDなどの各種デューデリジェンス枠組み、一般データ保護規則(BDPR)、廃棄物および包材廃棄物規制などが挙げられている。さらに本報告書は大企業以上に中小企業に重い負担を課していることを問題視しており、例えばCSRDでは中小企業向け簡易版が示されてはいるが、企業規模に比して負担が重すぎると批判している。

この指摘に対して、欧州サステナビリティ開示基準(ESRS)を管轄している欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)や投資家サイドでは反発もある。欧州投資信託協会(EFAMA)は、企業が直面している厳しい規制上の負担に関する本報告書の結論を支持しているものの、CSRDの要件を緩和し、実施を遅らせると、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の下で銀行やファンドマネージャーによる効果的な持続可能性報告が困難になり、投資家の信頼を損なうことになると懸念している。

他方、報告義務を課される企業側においては、サステナビリティへの移行には賛成しているという前提のうえで、本報告書が提言する報告義務の整理を歓迎する反応もある。

3.EU圏内での反応

本報告書は、EUが競争力を強化し、米中に対抗できるよう投資を年8,000億ユーロ(約127兆円)増やすことを提言し、共同債の定期発行への同意も求めた。共同債の発行増加などの今回の提言のうち最も野心的な部分の実践は、ドイツやオランダなどの財政統合への反対が強い国々からの猛反発に遭うことが予想される。

一方、欧州産業界は歓迎の意とともに、提言の早期実施に期待を示している。ビジネスヨーロッパ(欧州産業連盟)は、本報告書は今後のEUの戦略・政策形成に重要な役割を果たすと評価した。欧州鉄鋼連盟は、欧州委のフォン・デア・ライエン委員長が2期目就任100日以内に策定するとした「クリーン産業ディール」に報告書の提言を取り入れ、迅速な具体策の実施を訴えた。※1

本報告書で提示された提言は法的拘束力を持たないが、最終的にはドラギ氏に本報告書の提出を求めたフォン・デア・ライエン氏と新委員会が、多くの提言のうちのどれを推進するかを決定することになる。それによっては、EUに進出している日系企業も大きな影響を受ける可能性があり、今後も注視する必要がある。

【参考情報】参考情報:2024年9月9日付 European Commission HP:
https://commission.europa.eu/topics/strengthening-european~

※1 2024年9月10日付リリース
https://www.eurofer.eu/press-releases/concrete-implementation~

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この記事は「ESGリスクトピックス2024年度 No.8」(2024年11月発行)の掲載内容から抜粋しています。
ESGリスクトピックス全文はこちらからご覧いただけます。
https://rm-navi.com/search/item/1919

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