コラム/トピックス

TNFDのLEAPアプローチの活用イメージ③ Evaluate(評価)フェーズに沿った「駿河台緑化プロジェクト」の整理

2024.4.12

企業や金融機関が自然に関連する組織のリスク・機会を把握し、その適切な管理および情報開示を行うフレームワークの構築と主流を目指すTNFD。TNFDは2022年6月、企業や金融機関が自然関連のリスク・機会について管理および情報開示するためのフレームワークのベータ版v0.2を公開しました。

このシリーズ記事では、TNFDベータ版v0.2で追加された内容や、LEAPアプローチの活用方法を具体的に例示することを目的に、MS&ADグループの事業会社である三井住友海上が実施した「駿河台緑化プロジェクト」の取組実績をLEAPアプローチに沿って、3回に分けて整理を行います。

この記事では、以下の表1に示したLEAPのEvaluate(評価)フェーズに沿って、駿河台緑化プロジェクトの取組実績を整理します。

【表1】LEAPアプローチのEvaluate(診断)のフェーズ(出典:参考文献(1)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

E1 関連する環境資産と生態系サービスの特定

駿河台緑化プロジェクトでは、駿河台ビルと新館の緑地の保全管理、環境コミュニケーション施設の管理や、都市域での生物多様性保全・企業緑地の取り組み・神田駿河台地域の自然について普及するための取り組みを展開しています。ベータ版v0.2に掲載されている生態系資産の一覧(図1)の中では、特に「土地」、「大気システム」、「陸上生態系」と関連していると考えられます。

【図1】生態系資産の一覧(出典:参考文献(2)を基にMS&ADインターリスク総研仮訳・作成)

神田駿河台地域の「土地」に対して、依存していると同時に、ビル全体としては負の影響を与えている可能性もあります。「大気システム」に対しても、依存していると同時に、ビル全体としては負の影響を与えている可能性があります。緑地の生態系サービスで、二酸化炭素の吸収・固定や、都市域のヒートアイランド現象の緩和に貢献することで正の影響を与えている可能性もあります。「陸上生態系」には、ビル全体としては負の影響を与えている可能性がありますが、緑地を介した生物のハビタットとエコロジカル・ネットワークの形成による正の影響も考えられます。

また、ベータ版v0.2に掲載されている生態系サービスの一覧(図2)を参照すると、「淡水供給」、「大気浄化」、「気候変動調整」などに依存していると考えられました。一方で、「レクリエーション関連サービス」、「視覚的アメニティサービス」、「教育、科学、研究サービス」などの文化的サービスや、都市における「洪水緩和」や、「生育地の個体数と生息環境の維持」といったサービスには、正の影響を与えていると考えられました。

【図2】生態系サービスの一覧(出典:参考文献(2)を基にMS&ADインターリスク総研仮訳・作成)

E2 依存関係と影響の特定

E1での検討では、関連している可能性がある生態系資産として「土地」、「大気システム」、「陸上生態系」が、依存している可能性がある生態系サービスとして「淡水供給」、「大気浄化」、「気候変動調整」が特定されました。これらを、ベータ版v0.2に掲載されている「自然の変化の要因と測定可能な影響要因」(図3)における変化の要因に当てはめて考えると、「陸域生態系の利用」、「淡水利用」、「温室効果ガス排出」といった影響要因となっている可能性が考えられました。

【図3】自然の変化の要因と測定可能な影響要因(出典:参考文献(2)を基にMS&ADインターリスク総研仮訳・作成)

E3 依存関係の分析

E2での検討を踏まえて、本稿では特に関連が深い影響要因である「陸域生態系の利用」について(ⅰ)新館建設段階における依存関係の分析を行いました(図4)。主要な影響要因は「陸域生態系の利用」であり、新館建設前後の緑地面積の変化で計測できると考えました。陸域生態系の利用によって、そもそも神田駿河台地域の陸域生態系の生息地となりうる土地を、ビル建設全体で考えれば緑地以外の目的で使用している負の影響が考えられました。しかしながら、駿河台ビル建設前から全域が緑地以外の目的で使用されていた土地であったため、むしろ緑地の面積の増加による神田駿河台地域の陸域生態系の生息地の範囲が増加するという正の影響が大きいと考えられました。

【図4】駿河台緑化プロジェクトの新館建設時における依存関係の分析(出典:参考文献(3)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

また、新館建設時に皇居の自然の状態を参照し、樹木の密度の適切化、生物の生息地としての質向上を目的とした樹種変更や多様性の増加を行ったことにより、生息地としての質が向上し、正の影響を及ぼしたと考えられました。このことによる事業・社会への影響としては、神田駿河台地域における鳥類を中心とする生物種の個体数と生息環境の維持・向上に正の影響を及ぼしたと考えられ、「生息地の個体数と生息環境の維持」に対する正の影響が考えられました。

(ⅱ)操業段階においても、緑地面積の大きな変更はなく維持しているとともに、鳥類相のモニタリング調査やその結果に応じた緑地の保全管理のマネジメントを継続しており、神田駿河台地域における陸域生態系の「生息地の個体数と生息環境の維持」に対して正の影響を及ぼしているといえます。

E4 影響の分析

最後に、駿河台緑化プロジェクトの影響を分析するためのインディケータや指標、分析の手法について整理しました(表2)。

【表2】駿河台緑化プロジェクトの影響分析(出典:参考文献(3)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

まず、影響要因「陸域生態系の利用」については、インディケータとして緑地面積の変化を採用しました。指標は、駿河台ビルおよび新館の緑化面積(ha)で、実測に基づいた図面をGISに取り込み、緑地の日常管理による変更を適宜反映させることでGISから常時計測が可能な体制を整えました。次に自然の状態のうち、生態系については、緑地面積をインディケータに設定しました。指標は、駿河台ビルおよび新館の緑化面積(ha)で、GISで管理する図面から計測することとしました。次に自然の状態のうち、生物種については、植物の在来種の割合と、誘致目標種として設定した鳥類の種の内累積で確認された種の割合を、インディケータとして採用しました。植物の在来種の割合は、駿河台ビルおよび新館の樹木について、全体の樹木の本数のうち、在来種の樹木の本数が占める割合を算出する形としました。前述したGISへの取り込みの際に、図面と紐づいた形の樹木のリスト(以下、「樹木管理台帳」)も落とし込みました。樹木管理台帳のデータを用いてこの指標値を算出しました。

誘致目標種として設定した鳥類の種のうち累積で確認された種の割合については、駿河台ビルおよび新館の複数箇所に設置したセンサーカメラでの撮影データを用いて指標値を算出しました。

最後に、生態系サービスについては、特に「レクリエーション関連サービス」について検討しました。環境コミュニケーション施設ECOMへの来訪者数(人)を指標に設定しました。

LEAPプロセスの「評価」の視点から考える駿河台緑化プロジェクトの意義

今回のシリーズ記事では、ベータ版v0.2で追加された内容や、LEAPアプローチの活用イメージを具体的に整理することを目的に、「駿河台緑化プロジェクト」の事例をLEAPアプローチの一部に当てはめて整理を行いました。今回はLEAPアプローチの活用イメージを具体的に整理することが目的であったため、駿河台緑化プロジェクトの、神田駿河台地域との接点で検討と整理を行いましたが、本来であればプロジェクトのバリューチェーン全体の活動と接点がある他地域についても検討する必要があることには留意が必要です。

今回は適用しなかったLEAPプロセスの「評価」の視点から考えると、駿河台緑化プロジェクトは単なる社会貢献活動に留まらず、MS&ADグループに機会をもたらしている事業であるといえます。機会として挙げられる事項には複数ありますが、例えば再開発の計画段階で、駿河台緑化プロジェクトを盛り込んだ構想を事前に神田駿河台まちづくり協議会でも共有したことで、協議会に参画する住民、大学、企業などとの合意が形成され、ステークホルダーとの関係構築に繋がりました。これは、LEAPアプローチにおいて重視されているステークホルダーエンゲージメントという観点からも、適切な過程を経ています。また、再開発においては、東京都に対して「都市再生特別地区」に係る申請を行い承認されましたが、駿河台緑化プロジェクトを盛り込んだ計画であったことも、一定役割を果たしたといえるでしょう。このことは、三井住友海上の分散していた本社機能の統合の達成と、継続した財務的ポジティブインパクトにも繋がっています。

自然関連リスク・機会の管理や情報開示の意義や重要性を示す事例としての活用

それ以外にも、民間事業者が所有・管理する緑地の認証制度であるABINC認証、SEGES認定、東京都江戸のみどり登録を受ける等、優良事例としてプロジェクトを継続してきました。更に2022年9月には、駿河台ビルおよび新館の緑地が「自然共生サイト(仮称)」に認定されました。「自然共生サイト(仮称)」とは、2030年までに陸と海の30%の保全を目指す国際目標である「30by30目標」の達成に向け、環境省が2023年からの制度開始を目指している制度であり、保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM:Other Effective areabased Conservation Measures)(注1)を認定する仕組みです。

以上のように駿河台緑化プロジェクトは、MS&ADグループに複数の機会をもたらし、企業価値の向上に貢献しており、自然関連リスク・機会の管理や情報開示の意義や重要性を示す事例であるといえます。

今回のシリーズ記事は、特に自社アセットについてTNFDに沿った検討を行う際に一定参考になると考えています。今後検討着手可能な事業部門、アセット等からLEAPアプローチの試行を進める上で、参考にしていただければ幸いです。

【参考文献・資料等】
1)TNFD“The TNFD Nature-Related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.2”2022.6
2)TNFD“The TNFD Nature-Related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.2 Annex1”2022.6
3)TNFD“A Landscape Assessment of Nature-related Data and Analytics Availability Discussion Paper”2022.5

注)
1)2018年に開催されたCOP14において「保護地域以外の地理的に画定された地域で、付随する生態系の機能とサービス、該当する場合は文化的・精神的・社会経済的・その他地域関連の価値とともに、生物多様性の域内保全にとって肯定的な長期の成果を継続的に達成する方法で統治・管理されているもの」と定義された概念。環境省はOECMとして、民間等の取り組みにより保全が図られている地域や、保全を主目的としない管理が結果として自然環境を守ることにも貢献している地域を認定する制度構築を目指している

本記事は、MS&ADインシュアランス グループがご提供するリスクマネジメント情報誌『RMFOCUS』83号( 2022年10月1日発行)の特集記事「TNFDのLEAPアプローチの活用イメージ~三井住友海上駿河台ビル緑地の事例~」を再編集したものです。

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