レポート/資料

データドリブンな人的資本経営の実践に必要なHRシステムの整備とは【人的資本・健康経営インフォメーション 2024 No.2】

[このレポートを書いたコンサルタント]

会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
所属名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第四部 人的資本・健康経営グループ
執筆者名
上席コンサルタント 関根 彰吾 Shogo Sekine

2025.3.5

要旨
  • HRシステムを活用したデータドリブン1)な人的資本経営の実践が重要である一方、多くの企業がその活用を十分に行えていない。
  • 経営層や現場マネージャー、従業員などの多様な社内ステークホルダーからの人事へのニーズが変化しているが、HRシステム*2)基盤がそれに対応できていないことが主要な原因の一つである。
  • データドリブンな人的資本経営を実践するには、HRシステム基盤を整備し、各ステークホルダーが必要な情報を必要なタイミングで把握できる仕組みを整える必要がある。
  • HRシステム・データの活用レベルは初級、中級、上級の3段階に分けられ、データドリブンな人的資本経営の実践には最低限中級レベルを目指すことが必要だろう。

1.人的資本経営の広がりとHRシステムにおける課題

経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート[ 1 ][ 2 ]」は、人的資本経営の重要性を示す資料として 日本国内で広く認識された。同レポートの「人的資本が企業価値向上の源泉である」という考えに賛同する多くの日本企業が、自社の競争力を高めるために人的資本経営の実践に注力している。

近年の企業経営においては、様々なデータを活用し客観的な根拠に基づいた判断を行うことで、組織の意思決定や戦略立案・実行の精度を向上させる「データドリブン経営」が求められている。人的資本経営は、「人材を資本と捉え、投資によってその価値を最大化し、持続的な企業価値向上を実現する経営手法」と定義されており、勘や経験に頼りがちといわれる人事領域においても今後はデータドリブン経営が求められていくだろう。

しかし、現状ではデータドリブンに人的資本経営を実践できている企業はごく一部に限られている。このような実践を難しくしている要因の一つとして、人的資本経営において期待されている人事の役割変化に対応して、 既存のHRシステム基盤やHRデータの管理の仕組みをアップデートできていない企業が多いことが挙げられる。伝統的なHRシステムの多くは人事部門の業務を効率的に運用することを主たる目的として設計されてきた が、データドリブンに人的資本経営を推進するためには、人事部門以外の多様な社内ステークホルダーがHRシステムやデータを活用できる仕組みが求められており、ギャップが生じている。

本稿では、以上の問題意識を踏まえ、人的資本経営における人事の役割変化について概観した上で、データドリブンな人的資本経営を実現するために必要なHRシステム基盤やデータの活用法について解説していきたい。

2.人的資本経営の推進における人事の役割変化

人的資本経営の推進における人事の役割は、従来の人事・労務管理を中心としたオペレーション業務から、「 戦略的な情報提供」と「人・組織課題の解決に向けた知見を提供」することに変化している。

本章では、人的資本経営を推進する上で人事への期待役割がどのように変化してきたかを概観していきたい。

(1) 伝統的な人事部門の役割

従来人事部門に期待されていた役割は、主に人事情報の管理や給与計算など、機微な情報を用いて正確かつ効率的なオペレーション業務を実行することであった。こうした業務を遂行するにあたっては、人事部門が機微な情報を閉鎖的に管理し、他の関係者への情報共有を最低限に抑えることが合理的であった。このように、人事部門は経営層や各事業部門とのコミュニケーションを最小限に抑え、決められたルール・仕組みに沿ったオペレーション業務を行う「クローズドな人事」であったといえるだろう。

(2) 人的資本経営を推進する上で求められる人事部門の役割

人的資本経営を実践する上で、人事部門に期待される役割に変化が生じた。従来のオペレーション業務に加えて、社内のステークホルダーとのオープンなコミュニケーションが必要となったのである。(図1)

人的資本経営は人事部門だけに留まらず、経営層や現場マネージャー、従業員を巻き込んで全社的に取組む必要がある。例えば、経営層は中期経営計画で定める経営戦略の実行に向けて、「経営戦略に必要な人材の質・量の拡充や、あるべき組織・企業文化の醸成」を人事部門と連携して行わなければならない。また、現場マネージャーは事業環境や部下の価値観が変化する中で事業の維持・拡大の実現に向けて、「事業戦略の実行に必要なスキルを保有する人材の確保・育成や、一人ひとりのモチベーション管理」の実行が必要となる。さらに、従業員は個人の目指すキャリア・成長目標の実現に向けて、「自律的なリスキリング、職務・ポストの選択を通じたキャリア形成」を求めている。

以上のように、人的資本経営を推進する社内のステークホルダーが広がる中で、人事部門には「各ステークホルダーの意思決定に必要な情報の提供」や「人・組織課題の解決につながる人事の専門的知見の提供」が新たな役割として期待されるようになった。すなわち、これらステークホルダーとのコミュニケーションを重視する「オープンな人事」が求められるようになったのである(図1)・・・

図1.人事部門の役割の変化
図1.人事部門の役割の変化

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