ビジネスと人権 第14回フォーラム参加報告 ―人権取り組みの現場としての企業への期待― 【サステナブル経営レポート(2026年1月)】
[このレポートを書いたコンサルタント]
- 会社名
- MS&ADインターリスク総研株式会社
- 所属名
- リスクコンサルティング本部
リスクマネジメント第五部
サステナビリティ第二グループ - 執筆者名
- 上席コンサルタント ルドン 絢子
2026.1.5
- 2025年11月24日から26日にかけ、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開催された第14回国連ビジネスと人権フォーラムに参加した。今回の参加者は過去最多の4,600人以上で、国際的な情報交換の場となった。
- 全体テーマは「危機と変革の中でビジネスと人権の行動を加速する」。地政学的緊張や規制の後退、AIをはじめとする技術変化といった複合的危機の中で、制度や方針の整備段階を超え、企業が人権尊重の取組みをいかに加速させるかに焦点が当てられた。
- 国家の役割が不安定化する中、企業の自主的判断と実行力がこれまで以上に問われ、特に救済の実効性、紛争地や先住民の権利に関わる高度な人権デューデリジェンス(高度DD)、FPICの実践、AIと人権といった実務的論点が多く議論された。
- 日本企業にとっては、法制度の遅れと対話の不足を直視し、サプライチェーンの脆弱性や公正な移行への配慮を含む「コンプライアンスを超えた」人権統合を急ぎ、救済の実効性と高度DD/FPICの実装を先手で進めることが競争力と信頼維持の鍵となる。
【写真1】パレ・デ・ナシオンの大会議室


1.はじめに
2025年11月24日から26日にかけ、ジュネーブの国連欧州本部(パレ・デ・ナシオン)で第14回国連ビジネスと人権フォーラム(UN Forum on Business and Human Rights)が開催された。世界各国の政府、企業、NGO、先住民族代表など延べ4,600人以上が参加し、「危機と変革の中でビジネスと人権の行動を加速する」というテーマの下で熱心な議論が交わされた。多様な関係者が集まるビジネスと人権に関する世界最大級のフォーラムである。各セッションや対話を通じて浮き彫りになった主要なポイントは以下のとおり。
- 先住民族の「FPIC(Free, Prior and Informed Consent、自由意思による事前の情報提供と同意)」の徹底が議論に上がった。気候変動への対策や開発プロジェクトの推進に際し、影響を受ける先住民族コミュニティから事前に自由意思による同意(あるいは不同意)を得る重要性が再確認された。
- 紛争や危機下など困難な状況における高度な人権デューデリジェンス(企業による人権上のリスクの特定・防止・軽減のための継続的取り組み)の実践が焦点となった。企業は単にリスクを洗い出すだけでなく、被害の救済まで踏み込む努力が必要だとの指摘がなされた。
- ここ数年、世界的に人権関連の規制強化や訴訟リスクの増大が顕著になっているが、フォーラムの中では「人権尊重の徹底は法順守以上の価値を生み、競争力の源泉となり得る」との認識が広がり、積極的に人権課題に取り組む企業ほど長期的な成功に繋がるとの分析も示された。
【写真2】セッションの風景


2.フォーラム全体の雰囲気と国際的論点
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ウクライナ紛争をはじめ各地の人道危機、気候変動や環境破壊、サプライチェーンの複雑化による労働搾取など、企業を取り巻く人権リスクはかつてなく多層化している。初日の全体会合では、国連人権高等弁務官フォルカー・テュルク氏が「地政学的緊張の高まり、気候変動への対応不足、人権規制の後退が進む中でも、人権への責任を緩めることは企業自身にとっても大きなリスクである」と警鐘を鳴らし、技術革新(特にAI)の急速な進展がバイアスや差別といった新たなリスクを生んでいる点も指摘した。会場には各国政府高官、企業のサステナビリティ担当者、NGO活動家、先住民族コミュニティの代表など多様な顔ぶれが集まり、緊張感と期待が入り混じる中、「世界は今どこに向かっているのか」を探る熱気が漂っていた。
その後の各セッションでも、国連ビジネスと人権作業部会の専門家は「世界が危機にあっても人権尊重の義務と責任は一時停止することはできない」と強調し、各国政府と企業に「大胆なリーダーシップと行動」を呼びかけた。参加者からは「危機を口実に企業の取り組みが腰砕けになってはいけない」との声が相次ぎ、困難な時期だからこそ人権へのコミットメントをテコに社会をより良く変革する好機と捉える前向きな姿勢が共有された。
【表1】今回のフォーラムで注目したポイント
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(出典:当社作成)
なお、実践的・具体的なテーマを定めた各セッションでは、仕組み作りから一歩進んだ、施策の「実効性」に焦点が当たり、例えば移住労働者の権利に関するあるセッションでは「ビジネスと人権の議論はこの14年で随分進展したが、問題の特定ばかりで解決策や被害者救済が追いついていない」との指摘がなされていた。各国の規制が増え、企業は人権リスクに注意を向けるようになったが、被害者の救済にどこまで踏み込むべきなのか、筆者もコンサルティングの現場で、判断に戸惑う現場担当者らの声を多く聞く。一方、国際的には、企業が十分に把握できていない被害者の声をどう拾うかが議論されており、そうした広い射程を前提に「被害者救済」を考えるフェーズにある。被害者救済の文脈では、人権擁護活動が制約される風潮や多様性・包摂へのバックラッシュ(反動)を懸念する意見が出る一方で、それに抗い各地で進む革新的な取り組み事例などが紹介され、先進的な取組みや、市民団体の各種サービスなど、企業にとって有益なツールや情報サイトの共有をはじめとした幅広い知見の共有がなされた。
さらに、AIによる人権侵害について議論するセッションでは、生成AIの開発現場などで人権影響評価を組み込む必要性が叫ばれ始める一方で、「依然として新たな領域ではデューデリジェンスの議論が足りない」という声や、事業者側がどのようにこの問題に対処しているのかといった実践面の共有があった。「課題の洗い出し」にも、「解決・救済の実行」にも、世界的に両面で未だあるべき姿と現実の間のギャップは存在するものの、各企業は最善を尽くし、新たな課題に試行錯誤を続けている。
3.FPICの議論と企業への示唆
フォーラムで特に印象深かったテーマの一つが、先住民族の権利と企業活動の関わりである。その中核に据えられた概念が「FPIC(エフピック)」― Free, Prior and Informed Consent(自由意思による事前の情報提供と同意)である。これは主に先住民族が伝統的に居住・利用してきた土地や資源に影響を及ぼす事業について、先住民コミュニティの側が事前に十分な情報提供を受けた上で自由な意思による合意または不同意の決定を行う権利を指す。国連の「先住民族の権利に関する国際宣言」でも明記された基本原則であり、企業にとっては鉱山開発やインフラ建設、森林資源の利用などで直面し得る重要課題である。
日本ではFPICという用語自体あまり馴染みがないかもしれないが、たとえば日本企業でも開示例が増えつつある「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」でも、FPICの原則を尊重するよう求められている。
「搾取からエンパワーメントへ」と題されたセッションでは、各国の先住民族リーダーや人権専門家から「FPICの尊重なくして真の持続可能なビジネスなし」との力強いメッセージが発せられていた。例えばアジア太平洋地域の先住民族の代表者は、自らのコミュニティが大型開発プロジェクトから一方的に排除され、環境破壊と生活破壊に直面した事例を共有し「同意なき開発は現代の植民地主義である」と厳しく糾弾した。これに対し、ある多国籍企業の担当者は「当社では新規プロジェクトの際、影響を受ける可能性のある先住民族コミュニティの特定とエンゲージメントを人権デューデリジェンスの初期段階に組み込んでいる」と発言し、国際的に求められるFPICの事前協議と同意プロセスを、企業の実際の手続きに統合する重要性を強調していた。なお、会場からは、企業側の表明する方針と現場レベルでの実践との乖離を指摘する声も上がった。あるNGO関係者は「FPICは一度ハンコをもらえば済む“一回限りの行為”ではなく、事業ライフサイクル全体を通じた継続的対話プロセスだ」と述べ、紙の上の同意ではなく真に当事者の意思を尊重した関与が不可欠だと訴えた。
この指摘は多くの日本企業にとっても示唆的だ。企業が行う海外プロジェクトでは、しばしば法令遵守のみに焦点を絞り、「現地政府の許可は得たので問題ない」という姿勢でプロジェクトを進行する例がある。現地にどのような問題があるのか認識がない場合、政府の許可を「青信号」と考え、肝心の先住民コミュニティとの直接対話や信頼醸成が二の次となってしまう。特に、当該地域における先住民コミュニティが政府と対立している場合、企業側が政府の許可のみを頼りにプロジェクトを進行することが、深刻な人権侵害に繋がるケースもある。
フォーラムでの議論から浮かび上がったFPIC実践のポイントは、「真のパートナーシップ」と「権利擁護者の保護」である。議論の中で強調されていたポイントの一つは企業と先住民コミュニティの関係を単なる事前協議ではなく長期的なパートナーシップと位置付ける視点だ。先住民族側のパネリストは「同意はスタートでありゴールではない。合意形成後も環境変化や世代交代に応じて対話を継続することが重要だ」と述べ、企業が定期的な説明や協議の場を設けること、合意内容の履行状況をともにモニタリングする仕組みづくりを提案した。また別の登壇者は、合意形成に至るプロセス自体が当事者にエンパワメント(主体的な力の付与)をもたらし、プロジェクトの質を高める効果があると指摘し、FPICを「リスク管理」ではなく「共同価値創造」の機会と捉える発想転換を呼びかけた。
なお、今回のフォーラムでは権利擁護者(Human Rights Defenders)の保護に関するセッションもあり、先住民族の権利を主張する人々が企業や当局から嫌がらせや報復(いわゆるSLAPP訴訟や暴力等)を受けるケースが各地で報告された。フォーラムでは「人権擁護者を守ることは企業の責任の一部」と位置付けるべきとの提案がなされ、具体的には、企業がプロジェクト反対の声に耳を傾け建設的に対応すること、意見表明を理由に解雇や訴追といった不当な圧力を加えないこと、万一現地で脅迫などが生じた場合には速やかに当局、あるいは適切な相談先となる国際機関と連携し保護措置を講じること、といったガイドライン整備の必要性が議論された。この点については、日本企業にとっても海外事業で留意すべきポイントとなるだろう。特に新興国でインフラ・資源ビジネスを展開する際、反対意見を敵視せず、対話を尽くした上で事業を進める姿勢こそが現在、国際的に求められている。
このように、FPICは単なる手続き義務ではない。企業が人権尊重を現実の世界で不足なく実行出来ているかどうかが問われるもので、特に現地のライツホルダーの状況を実際に確認したうえで、その権利を尊重した取り組みが実際に出来ているかどうかが見える、一種のリトマス試験紙と言える。
【表2】FPIC実践のポイント
| Free(自由意思) | 外圧・誘導を排除し、独立した支援者へのアクセスを保障 国や対立勢力など、コミュニティ側の状況を踏まえたアクセスを 検討する |
| Prior(事前性) | 許認可・着工の前段から開始、十分な時間枠を、事業者ではなく コミュニティの側が決める |
| Informed(十分な情報) | 母語・文化適合の資料で、選択肢・影響・代替案を明示 |
| Consent(同意の本質) | Yes/Noどちらも正当。集団的合意(代表性の確認)を尊重 |
| 代表性と文化適合 | 慣習的ガバナンスの正統な代表と合意し、聖地・季節・時間に即 す |
| 救済メカニズム | コミュニティ専用の窓口を設置し、アクセス可能性とエスカレー ションを保障 |
| Benefit-sharing / Co-governance |
公平な利益配分を明文化し、共同意思決定の仕組みを設ける |
| 累積的影響の評価 | モニタリングでは同地域の既存・並行プロジェクトを含めた累積 的影響を評価 |
やってはいけない行為
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(出典:当社作成)
4.高度な人権デューデリジェンスと企業実務への含意
今年のフォーラムでは「デューデリジェンス(DD)」の実務に関して知見の共有も豊富であった。人権デューデリジェンスとは、企業が自社やサプライチェーン上の人権リスクを特定し、防止・緩和策を講じ、対処状況を開示していく一連の取り組みを指す。2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」で企業責任として明示されて以来、企業の行動原則として定着してきたが、近年は欧州を中心にこのDDを法的に義務付ける動きが本格化している。
今回のフォーラムでは、この人権デューデリジェンスを一歩進めた「高度な(Heightened)人権デューデリジェンス」の必要性である。これは平時・通常環境での基本的なDDに加え、紛争や深刻な人権リスク下では一層踏み込んだ対応が求められるという考え方である。
「最も困難な状況下での実効的なデューデリジェンス」をテーマとしたセッションも組まれており、実際にそうしたデューデリジェンスを数多く実施してきた企業関係者や団体関係者の知見が共有された。たとえば紛争地や内戦状態にある地域で事業を展開する企業は、自社のサプライチェーンが人権侵害に加担していないかを徹底的に洗い出し、場合によっては事業継続か撤退かの厳しい判断を迫られる。ミャンマーや中東の紛争影響地域で事業を行う企業関係者は、「通常の監査チェックリストが全く機能しない状況下で、従業員やコミュニティの安全をいかに確保するか」の葛藤を語っていた。そこでは、社内に紛争・人権専門の助言グループを設置しリアルタイムでリスク評価を行った事例や、現地NGOと連携して被害救済の独立メカニズム(第三者苦情処理機関)を構築した例などが紹介された。
欧州は、ウクライナ侵攻以降、実際に紛争地で従業員をはじめとした事業に関わる人々の人権をどう守るのか、通常のデューデリジェンスが機能しない状況で、人権デューデリジェンスを継続し、さまざまな現場の問題に対応してきた知見がある。ある欧州多国籍企業の担当者は「ウクライナ侵攻以降、ロシア事業からの撤退に際し従業員や下請企業への救済措置に最後まで責任を負うよう求められた」と述べ、従来は想定外だった地政学リスクへの対応として「事業から退出する際の人権ケア」まで企業責任が論じられている実情を共有した。
なお、高度なDDの文脈では、グローバルサプライチェーン全体を網羅するためのテクノロジーの活用も議題に上っており、膨大な数のサプライヤーを擁する企業では従来型のアンケート調査や現地監査だけでは限界があることから、AIやデータ分析を駆使したリスク検知ツールの導入が進んでいる。あるテック企業は、自社開発のプラットフォームでサプライヤーに関する公開情報や画像をクローリングし、人権リスクの兆候を自動抽出する実証実験を紹介した。これに対し参加者からは「効率化には有用だが、結局は現地の声を直接聞く質的調査と組み合わせねば見落としが出る」との指摘があり、デジタル技術と人間の知見を融合させたアプローチの必要性で概ね意見が一致した。筆者はこのやり取りから、デューデリジェンスが単なるチェックリスト作業ではなく、技術革新を取り入れつつも現場主義を貫くバランス感覚が求められていると感じ取った。
5.コンプライアンスを超えて
FPICにせよ、高度な人権デューデリジェンスの実施にせよ、企業実務への含意として興味深かったのは、「コンプライアンスを超えて(Beyond Compliance)」というキーワードで象徴される発想転換である。
フォーラムでは各種の規制対応に追われがちな企業担当者に向け、「コンプライアンス(法令順守)のためのデータ収集から脱却せよ」という厳しいメッセージが投げかけられた。すなわち、目的が規制クリアや報告書作成になってしまっては本末転倒であり、真の目的である「現場の人々の人権状況の改善」に焦点を戻すべきだという。
最近では、買収や統合の際にも対象企業の過去の人権侵害への救済責任が問われるケースが出てきており、ノルウェーのOECDナショナル・コンタクト・ポイント(NCP)が石油企業の合併案件で「合併後も前身企業の人権侵害に対する救済責任を負うべき」との勧告を出したとの報告もある。国際的にこうした「責任の継承」まで視野に入れた議論が進みつつある状況で、経営陣自らがこうした状況を認識し、人権尊重をリスク管理と企業価値向上の両方にかかる戦略と捉え直し、必要なリソースを投下していく覚悟が不可欠だ。
フォーラム初日の全体会合では、「人権をコアビジネスに統合した企業ほどブランド力や従業員エンゲージメントが高まり、長期的なレジリエンス(強靭性)が増す」と紹介された。OECD関係者からは「小さな改善でも積み重ねればサプライチェーン全体の人権状況を大きく変え得る。サプライヤー任せにせず企業自ら関与を深めよ」との呼びかけもあった。人権への配慮はコストではなく投資であり、リスク回避策であると同時に企業の競争優位を左右する要素になりつつあるという視点は非常に重要である。フォーラム全体を通じ、規制強化やリスク増大への対応策に留まらず、より前向きに人権課題を捉えるべきだというメッセージが明確に発信されていたこと、そして、それを裏付ける各種調査結果が出始めている。施策を推し進めねばならない多くの企業人権担当者にとって、こうした情報は、社内の合意形成を後押しするものとなるだろう。
6.日本企業にとっての課題と今後の方向性
日本企業にとっては、この分野で取り組むべき課題はなお山積している。企業による人権対応は欧州を中心に法制化が進む中、日本政府は2022年にようやく「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したものの、これは法的拘束力のないソフトローに留まる。実効性ある措置は企業に委ねられているのが実情である。法整備がない中で、人権について「どこまでやればよいかわからない」というのが多くの企業に共通する悩みだ。
また、人権への配慮をコストではなく投資と捉えて自主的に施策を進めようとしても、企業風土や意識面で欧米とのギャップもある。たとえば「ステークホルダーエンゲージメント(利害関係者との対話)」という言葉一つ取っても、人権課題を投資と捉え真摯に取り組む欧米の企業では、労働組合はもちろん、地域コミュニティ、市民団体など「声なき声」に耳を傾ける仕組みづくりが進んでおり、フォーラム開催中の3日間、あちこちのセッションでグローバル企業の代表が「人権デューデリジェンスの肝は当事者(労働者や地域住民)との対話だ」と明言する場面を何度も見た。ある企業のケースでは、サプライチェーン上の労働者を保護するため現地労組やNGOと定期協議の場を設け、労働環境の改善策を協働で立案しているとの報告もあったが、残念ながら日本では、サプライヤーとの契約関係やCSR報告書上の形式的なやり取りに留まり、本当の意味での対話に踏み込めていない企業が多い。
筆者は、日本企業こそ「人権リスクに対する脆弱性」を直視すべきだと感じた。というのも、日本企業は多くの場合グローバルバリューチェーンの中で中核的役割を果たしており、自社が直接問題を起こしていなくとも調達先や販売先での人権問題が結果的に自社の信用失墜や法的責任に波及するリスクが高まっているからだ。フォーラムでは「もはや自社の壁の内側だけ見ていては危うい」というメッセージが幾度となく発せられた。特に気候変動対策(例:脱炭素社会への移行)に絡んで各国で「公正な移行(Just Transition)」が叫ばれる中、急激な産業構造転換の影で職を失う労働者や影響を受ける地域社会への配慮が欠かせないとの議論もある。石炭火力から再生エネルギーへの転換期にあるアジアでは、代替雇用の創出や技能訓練を企業が支援する動きも出ているという。日本企業もエネルギー・資源分野で同様の課題に直面するのは避けられず、単に収益や効率だけでは測れない「人間の安全保障」への視点が求められている。フォーラムで痛感したのは、こうした広義の人権リスクに先手を打って対応策を講じることこそが、企業経営の安定にも繋がるという点である。
以上のように、日本企業にとっては法制度面の遅れ、人権に関する理解や認識および対話姿勢の不足、リスク認識の甘さといった多重の課題が浮かび上がる。しかし筆者は悲観ばかりしているわけではない。フォーラムには日本からの参加者もおり、投資家からのESG(環境・社会・ガバナンス)要請や取引先からの要請に応じ、人権対応を本気で強化しようとする企業も増えつつある。
フォーラムのクロージングで人権理事会副議長が強調していた通り、「危機は変革への契機となり得る」―世界が困難に直面する今だからこそ、企業とステークホルダーが結束し、人権という普遍的価値を軸に持続可能な未来への道筋を描くことが求められている、という言葉は重い。国際社会の流れを他人事と捉えず、自ら主体的に人権課題に取り組む姿勢へと転換できるか、日本企業の真価が問われている。
【参考情報】
フォーラムの個別のセッションの内容は、下記のウェブページで知ることができる。
- 14th United Nations Forum on Business and Human Rights、OHCHR 公式サイト
https://www.ohchr.org/en/events/sessions/2025/14th-united-nations-forum-business-and-human-rights - UN Forum on Business and Human Rights to drive leadership amid global crises、OHCHR 公式サイト
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2025/11/un-forum-business-and-human-rights-drive-leadership-amid-global-crises - Call for inputs - Indigenous Peoples Free, Prior and Informed Consent, Business and Human Rights、OHCHR 公式サイト
https://www.ohchr.org/en/calls-for-input/2025/call-inputs-indigenous-peoples-free-prior-and-informed-consent-business-and - IHRB at the UN Business and Human Rights Forum 2025、IHRB 公式
https://www.ihrb.org/latest/ihrb-at-the-un-business-and-human-rights-forum-2025 - UN Forum on Business and Human Rights 2025 - insights, Juliane Hilf, Marlen Vesper-Gräke, Iris Hammerschmid
https://sustainability.freshfields.com/post/102lwdb/un-forum-on-business-and-human-rights-2025-insi ghts - Sharpened Due Diligence: What the 2025 UN Forum Means for Businesses and the Guture of Human Rights in Supply Chains、Oonagh van den Berg
https://www.linkedin.com/pulse/sharpened-due-diligence-what-2025-un-forum-means-oonagh-durmf
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