緑川・白川流域に学ぶ「流域治水」最前線 ―認知度53.1%に達した背景にある官民連携の力―【リサーチレター(2026年10月)】

- 専門領域
- 気候変動、自然資本、
サステナブル経営、
情報開示、ビジネスと人権 - 役職名
- 上席研究員
- 執筆者名
- 衣笠 功次郎 Kojiro Kinugasa
2026.10.27
MS&ADインターリスク総研は2026年9月2日、熊本県庁防災センターにおいて、国土交通省九州地方整備局熊本河川国道事務所(流域治水課、河川管理課)および熊本県(河川課、防災推進課、農村計画課、農地整備課)の皆さまに、「流域治水」とグリーンインフラに関するヒアリングを実施した。
当社が全国5流域の住民を対象に行ったアンケート調査「流域治水とグリーンインフラ(Eco DRR)に関する住民の意識について(アンケート調査結果2026)では、緑川・白川流域における「流域治水」という言葉の認知度が53.1%に達し、他の調査対象流域と比較して高い結果となった。そこで、本ヒアリングでは、この結果の背景にある具体的な工夫や知見を現場のご担当者から伺うことで、「流域治水」取組みを進展させるためのヒントを探ったものである。本レターを、流域治水を進める行政・民間事業者・住民の方々にお読みいただき、施策推進に活用頂ければ幸いである。
| 部課名 | 役職 | 氏名 敬称略 |
|---|---|---|
| 国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所 流域治水課 |
課長 | 河東 立 |
| 国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所 流域治水課 |
専門官 | 宮崎 純志 |
| 国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所 流域治水課 |
流域調整係長 | 川原 顕太郎 |
| 国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所 河川管理課 |
課長 | 藤野 隆 |
| 国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所 河川管理課 |
第一係長 | 前田 慎一郎 |
| 熊本県 土木部 河川港湾局 河川課 |
課長補佐(計画調査担当) | 宮田 一起 | 熊本県 土木部 河川港湾局 河川課 計画調査班 |
技師 | 福島 秀斗 |
| 熊本県 知事公室 危機管理防災局 防災推進課 |
主幹(地域防災推進担当) | 甲斐 博旨 |
| 熊本県 農林水産部 農村振興局 農村計画課 調査計画班 |
主幹(調査計画担当) | 池部 亘一郎 |
| 熊本県 農林水産部 農村振興局 農村計画課 |
技師 | 古閑 心太郎 |
| 熊本県 農林水産部 農村振興局 農地整備課 |
参事 | 村田 龍星 |
1. 「流域治水」の周知 ― 高い認知度を支える地道な積み重ね
緑川・白川流域では、菊陽町の「広報誌による防災特集【図表1】」、熊本河川国道事務所主催の「緑川フェスタ【図表2】」、阿蘇市や大津町による「ハザードマップの全戸配布」など、きめ細かな周知活動が重ねられてきた。
熊本河川国道事務所の担当者は、高い認知度の背景として、熊本県が全国的に見ても水災害の発生頻度が高い地域であることを挙げ、「当事者意識の高さが影響しているのではないか」と分析する。加えて、水災害を経験した地域では地区単位の防災協議会が組成される例も多く、こうした地域コミュニティの活動が認知の土壌を形成しているとの見方も示された。例えば、平成28年熊本地震や令和2年7月豪雨における球磨川水災害を目の当たりにして、町内自治会・自主防災クラブ・民生委員児童委員協議会・社会福祉協議会・大江小学校父母と教師の会などが集まって作られた「大江校区防災連絡会」がある。厳しい災害経験を、地域の力に変えてきた熊本の姿勢がうかがえる。他の流域よりも高い認知度を示した結果は、こうした一つひとつの積み重ねが着実に実を結んでいる証左と言える。
また、自然豊かな地域資源を活用し、市境を超えた交流ができる「かわまちづくり」の取組みもあり、住民が川に親しみ、治水に関心を寄せるきっかけとして、「かわまちづくり」は重要な役割を果たしているという。整備された河川空間で防災学習やイベントを行うことで、治水への関心が育まれ、地域の防災意識が高まっていく好循環が、熊本ではすでに生まれ始めている。まさにハード対策とソフト対策の両面で取り組む「流域治水」の理想的な形の一つである。

住民が川に親しみ、治水に関心を寄せるきっかけの好例の1つとして、熊本河川国道事務所主催の「緑川フェスタ」がある。建設業関連の民間事業者も多数参加し、川遊びや建設機械の展示など、行政単独では出しにくい「親しみやすさ」を演出している。令和7年度の来場者数は約700人であった。日常に防災を溶け込ませるイベントに民間事業者が参加することは、地域への情報発信力にもつながっており、着実に認知拡大を後押ししている。
アンケート調査では依然として46.9%が「言葉を知らない」と回答しているが、これは裏を返せば、まだまだ伸びしろがあるということでもある。担当者らは「事実として受け止め、学校への出前授業を通じて、家庭内に広がるなどの地道な周知を続けることが重要」と口をそろえる。「流域治水」という言葉自体が令和2年に生まれた比較的新しい概念であり、平成29年改訂の学習指導要領には反映されていないことも一因に挙げられ、次の指導要領改訂(令和8年)で「流域治水」という言葉が盛り込まれ、次世代教育が進むことも期待されるなど、広い視野で可能性を語られた。
2.「自分ごと化」への挑戦 ― 関心喚起の工夫と地域差
緑川・白川流域では、小学校での「VR・ARを活用した体験型防災訓練」や阿蘇ジオパーク推進協議会※1と連携した情報発信など、住民の関心を引く工夫が重ねられている。毎年、日吉東小学校の4年生を対象に継続的な防災学習を実施しており、参加した子どもたちのアンケートでは理解度の向上が確認されているという。また、大江小学校では、実際に水災害を経験した地域住民が講師を務めるなど、地区防災協議会と一体となった取組みも進んでおり、次世代への着実なバトンリレーが行われている。
国土交通省が創設した「流域治水オフィシャルサポーター制度」に登録する民間事業者との連携も着実に広がりつつあり、「5年前にはなかった動きが、ここ数年で急速に広がってきている」との実感が語られた。行政と民間事業者がタッグを組む土壌が、熊本にはすでに育っている。
一方、「流域治水に協力・参加したいものはない」とする層が43.7%に上る現状について、「治水は行政が担うものという受け止めが根強く、住民が自分ごととして捉えにくいことが背景にあるのではないか」と分析しつつも、「まずは知ってもらうことが第一歩であり、認知度の高さは、その土台がすでに整っていることの表れ」との前向きな受け止めも示した。自治体ごとの浸水リスクの違いによって住民の関心度に温度差が生じることは「当然のこと」とした上で、各自治体のまちづくりの方向性に寄り添いながら、流域治水の視点を織り込んでいく取組みを着実に進めると語られた。

※1)阿蘇地域の自然環境や草原景観、湧水などの地域資源を保全・活用し、その魅力を伝えることで、持続的な地域づくりを進めるための協議会。
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3. 治水機能とまちづくりの連動 ― 「かわまちづくり」の可能性
白川水系では、上下流の交流促進や河川の利活用による地域活性化、景観向上を通じた都市空間づくりが進み、緑川水系でも整備が完了した御船町の御船地区のほか、宇土市の走潟地区、甲佐町の甲佐地区においても「かわまちづくり」事業が展開されている。
担当者は、「かわまちづくり」は地域や自治体からの要望を起点に立ち上がる事業であるとし、整備後の利活用状況や住民満足度を通じて、その多面的な価値を評価していると説明。継続的な維持管理を地域主体が担っていく体制づくりが今後の課題であるとしつつ、「賑わいの創出を通じて維持管理へのメリットを実感してもらうことが事業継続の鍵になる」との考えを示した。
甲佐地区では、野球場やサッカーグラウンドを整備した河川敷の利用人数が年々増加している。さらに、家族連れの利用空間を求める声が上がったことから、下流に幅広い年齢層の住民が憩う場を整備する計画が進んでいる。
また、都市・地域再生等利用区域の指定を受けた白川の一部区間や阿蘇立野ダム周辺では、河川区域内での営利活動も可能となっており、民間事業者が参画しやすい環境整備も進んでいる。
4. グリーンインフラの維持管理とコミュニティ支援
緑川水系における治水事業の歴史は古く、加藤清正が天正16年(1588年)に本格的に始めたとされている。なかでも、轡塘(くつわども)により、河川の合流点の堤防間(高水敷)を広くとり、水勢を弱めて洪水をゆるやかに流すための工夫が凝らされている。こうした歴史的な治水施設の保全が市町村によって進められてきた。
また、熊本河川国道事務所とNPO法人「天明水の会」が連携して、緑川下流域にある天明中学校での講義が行われるなど、地域コミュニティと連携した自然資本の保全活動も進む。同講義では、上流にある森林整備活動も行われ、森林が持つ水源涵養機能の維持によって、流域全体の水災害リスクが低減されることを学習するきっかけにもなっている。
この活動を支えるのが「河川協力団体制度」だ。認定団体が河川内の除草や維持管理を担う仕組みが機能している一方、担当者からは「担い手の高齢化と人材不足」が課題として挙げられた。アンケート結果でも、緑川・白川流域の30.8%が「地域コミュニティの人的・財政的な余力の充実」を必要と回答しており、担当者は、民間事業者が防災学習の出前授業などに関わることへの期待を語った。
5. 水災害に関する情報提供とDXの活用
熊本市や甲佐町でのワンコイン浸水センサの設置など、DXを活用した情報発信の取組みが進んでいる。ワンコイン浸水センサとは、低コストかつ小型の装置で、浸水状況をリアルタイムに把握できるセンサである。「浸水しやすい場所の把握や通行止めの判断に役立っている」「水防団と情報を共有し、出動判断の参考にしている」といった具体的な効果が語られた。
特筆すべきは、熊本市がこうした浸水センサの情報を、水防団など活動主体との共有にとどめず、市民向けにもホームページで公表している点だ。行政内部での活用にとどまりがちなリアルタイム情報を住民へ届けている。
住民アンケートでは「リアルタイムの情報共有」を求める声が緑川・白川流域で39.1%に上るが、担当者は「発信はしても高齢者に届きにくい」という課題を指摘する。高齢者にとっては、依然として防災無線や紙媒体、水防団による直接的な声かけが重要な役割を果たしているという。
また、リアルタイム情報を発信するサイトが乱立する現状については、「情報が増えることは歓迎する一方、どの情報を見ればよいか住民が迷わないように整理することが必要」との指摘があった。民間事業者によるツール開発では、「独自の付加価値」をわかりやすく示すことが、今後の連携拡大の鍵になりそうだ。
6. グリーンインフラ普及の壁 ― 「田んぼダム」・「雨庭」の実装課題と支援の広がり
熊本県では「田んぼダム※2」の普及拡大に取り組んでいるが、貯水機能を発揮するには田んぼの畦畔(けいはん)・あぜの補強が必要となり、そのコスト負担が農家の取組み拡大を阻む要因になっているという。
行政側の推進体制にも課題がある。「田んぼダム」を担当する部署では、通常業務に加えて農家一戸一戸への働きかけを行う余力の確保が難しいと担当者は語る。「雨庭※3」については、さらに根本的な課題として、県内に所管部署自体が存在しないことが挙げられた。「雨庭」はいまだ事業として不透明な部分が多く、予算要求から予算化、人員配置に至る一連の流れがまだ整っていないため、マンパワーも予算も割り当てにくいという構造的な壁があるという。
効果を可視化することにも、実は難しさが伴う。「田んぼダム」や「雨庭」の効果は、降雨の強さや時期、立地条件によって大きく変動するため、担当者は「定量的な数値を示し、それが独り歩きすることには慎重であるべき」との考えを示した。
特に「田んぼダム」は、農家が田に水を張る田植えから夏場(5~8月)にかけてしか効果を期待できず、台風が多い9月・10月には機能しないという季節的な制約がある。「雨庭」についても同様で、効果が発現するケースは場所に応じて異なると語る。そのため、数値だけが強調されることに危険もはらむ。効果の発信には、正確さと丁寧な説明の両立が求められている。
ただ、県担当者からは「予算制度については国土交通省がしっかり作ってくれている。あとは我々側の体制の問題」という声もあり、予算面での支援の枠組み自体はすでに用意されていることへの安心感がうかがえた。
こうした行政の体制面の課題を補う存在として期待が高まっているのが、2026年4月に発足した一般社団法人「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」だ。MS&AD、サントリー、肥後銀行、熊本県立大学、熊本大学といった地域の民間事業者・金融機関・学術機関が参画するこのプラットフォームは、会員からの会費をもとに「雨庭」の導入や整備の支援を担う。
県担当者からは「行政だけでは補いきれないマンパワーや資金面を補完してくれる存在として、非常にありがたい」と歓迎の声が上がっており、官民が手を取り合いながら「雨庭」普及にむけた課題を乗り越えていく機運が、熊本ではすでに芽生え始めている。

※2)水田の水門や堰板に放水量を調節する仕組みを設け、雨水を一時的に通常量よりも貯留する取組み
※3)雨水を一時的に貯留し、ゆっくり地中へ浸透させる構造を持つ植栽空間
7. おわりに
「流域治水」という言葉が生まれてからまだ数年という中で、緑川・白川流域は他の調査対象流域(多摩川、鶴見川、天竜川下流・菊川、馬込川)の中で最も高い認知度を獲得している。今回のヒアリングを通じて、その背景には、行政による地道な広報活動、「緑川フェスタ」に象徴される官民一体のイベント運営、実体験を通じた次世代への教育、そして民間事業者を含む多様な主体との連携という、地に足のついた積み重ねがあることが浮き彫りとなった。
ただし、グリーンインフラの普及にむけた体制・予算の制約や、高齢者へのリアルタイム情報の到達といった課題も存在する。こうした課題に対しても、国による制度の整備や、産学連携プラットフォームの発足を足掛かりに、解決に向けた動きは着実に進んでいる。
今回のヒアリングでは、行政と民間事業者で協働できる可能性が多く語られた。MS&ADグループにおいても、「流域治水」の普及、「グリーンインフラの実践」および「地域のレジリエンス向上」に引き続き取り組んでいく。
この度の令和8年熊本地震によって被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、災害対応のなか、ヒアリングをお受けいただいた行政の皆様にも感謝申し上げます。
本誌は、2026年9月2日に実施した自治体等へのヒアリングでの発言内容と公開情報に基づいて作成しております。
また、本誌は、読者の方々にお役立ていただくことを目的としたものであり、事案そのものに対する批評その他を意図しているものではありません。
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