安心・安全な企業を目指すうえで注目を集めている “安全文化”①
[このコラムを書いたコンサルタント]
- 専門領域
- 安全文化醸成、安全管理全般、災害リスク関連の体制強化・支援に強み
- 役職名
- リスクマネジメント本部 リスクマネジメント第一部長 主席コンサルタント
- 執筆者名
- 関口 祐輔 Yusuke Sekiguchi
2024.3.21
組織事故とは
イギリスの心理学者James Reasonは、彼の著書『組織事故』(原題『MANAGING THE RISKS OF ORGANIZATIONAL ACCIDENTS』)の中で、事故には以下の2種類があると述べています。
- その影響が個人レベルで収まる事故(個人事故)
- その影響が組織全体に及ぶ事故(組織事故)
組織事故の発生は、個人事故に比べて少ないものの、一度組織事故が起こると発生する損害は甚大であることが多いです。また、組織事故が起こり得る業界は、鉄道運輸業や医療、化学産業に限らず、原子力産業、航空運輸業、金融業など、非常に多岐にわたっており、あらゆる企業において組織事故の防止がリスクマネジメントの観点から重要であるといえます。
組織事故がなぜ甚大な損害をもたらすものなのか。ポイントは、技術進展に伴う装置やシステムの「規模」の拡大にあります。近年の技術進展の過程で、多くの産業において、扱っている装置・システムの規模や複雑性が拡大しています。例えば装置産業においては、年々扱っている装置が大型化かつ高度化しています。また、業界問わず多くの産業において、ITを活用したシステム導入が推進されており、1つのミスや事故を契機に、その影響がシステム全体に波及する危険性が大きくなっています。このように、扱っている装置やシステムの規模拡大に伴い、危険の度合いも拡大する一方であるため、事故に対する防護(安全措置など)をなるべく多重化することで、管理体制の強化を図っているのが一般的です。
一方で、どれだけ防護を多重化したとしても、事故を必ず防止することにはつながりません。防護が気づかぬ間に劣化していることもあれば、特定の従業員が業務を優先し意図的に、または意図せず防護を外してしまうこともあります。防護の多重化によって制御されていたものが、ヒューマンエラーなどの「潜在的な危険性」が発現した結果、すべての防護を突破してしまった場合、様々な方面に対し甚大な被害をもたらす事故が発生することは容易に想像できます。
安全文化とは
“安全文化”という言葉が初めて使われたのは、1986年に発生したチェルノブイリ原発事故の原因・対策について検討を行っていたINSAG(International Nuclear Safety Advisory Group)により作成されたレポート内でした。当該レポートでは以下のように定義されています。
『原子力発電所の安全の問題には、その重要性にふさわしい注意が最優先で払われなければならない。安全文化とは、そうした組織や個人の特性と姿勢の総体である。』(訳文出典:平成17年版 原子力安全白書)
また、同レポートでは、“Safety Culture”という用語の定義に際し、「組織の在り方だけでなく、意識・態度に関連するものでもあること」「個人と組織、両方に関係するものであること」「安全に関するすべての課題に対し、相応しい知覚と行動を発揮して対応すること」を盛り込むよう注意が払われた旨が記載されています。
以上のとおり、最初は原子力業界にて定義された「安全文化」でしたが、その後、「安全」という言葉に関わりをもつ多くの企業において定義され、安全文化の醸成に向けた取組みが推進されてきました。特に多様化している組織においては、考慮すべき多くの要素が安全に対して影響を与えていると考えられます。そのため内的・外的要因を含め、多面的に自社の安全文化を捉えていくことが重要視されつつあります。
例えば昨今ではグローバル化に伴い様々な国籍・民族が入り混じる組織が増加傾向にあります。このような組織においては、ダイバーシティを意識した組織づくりが必要となってきています。
また大企業などにおいては、部署ごとや、階層ごとで異なる文化(いわゆるサブカルチャー)が形成されていることがしばしばです。加えて、監督機関や世論、市場など、社外のステークホルダーも組織の安全文化に影響を与えることも考えられます。特に、株主等から利益追求に向けた強い圧力がかかった場合、組織として安全よりも利益優先となりがちです。このように、組織内外を問わず様々な要因を考慮して、安全文化を考えていく必要があります。