コンサルタントコラム

中国・日本人学校の事件を受けて改めて考える海外駐在員の安全管理とは

[話を聞いたコンサルタント]

奥村武司
専門領域
危機管理、ERM(全社的リスクマネジメント)
役職名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第三部長 兼 第五部長
主席コンサルタント
氏名
奥村 武司 Takeshi Okumura

2024.9.30

この記事の
流れ
  • 海外赴任する前に理解しておくべきことはたくさんある
  • リスクの種類やレベルは常に変化している
  • “日本の常識”は“海外の非常識”と考える
  • まずは国や地域ごとのリスクアセスメントと緊急時の対応計画の整備を
  • 今般リスクが顕在化したことで、企業が問われる責任のレベルが上がった

中国では今月(9月)18日、現地の日本人学校に通う男子児童が登校中に、刃物を持った男に襲われて亡くなった事件が起き、現地で暮らす日本人の間には不安が広がっています。
2022年度末の時点で、海外における日本の現地法人数は24,000社を超える中※1、今回の事件は、こうした日系企業にとって海外で生活する上でのリスクを改めて強く認識させるものとなりました。
海外に進出している企業や駐在員は、今回のようなリスクにどのように対策したらいいのか?企業の危機管理に詳しいMS&ADインターリスク総研の奥村武司・主席コンサルタントに話を聞きました。

海外赴任する前に理解しておくべきことはたくさんある

ーー中国で日本人学校に通う男子児童が登校中に襲われて亡くなる事件が起きました。こうした海外生活に伴うリスクに対して、個人レベルで備えることができるものでしょうか?

奥村)今回の中国のケースでいうと、おそらくほとんどなかったと思います。ただ、あくまで一般論として言えば、駐在員や帯同家族が現地で暮らすうえでとるべき行動、知っておかなければいけないことはものすごくたくさんあります。(反日感情が高まるような)気を付けるべき特定の日、気を付けるべきエリア、気を付けるべき行動などがありますので、会社側として社員や帯同家族に教育しておくべきですし、駐在する社員の側はそのルールに従って「日本とは違うんだ」という意識をもって行動し続けなければなりません。ただ残念ながら、そうした教育をしっかり行った上で海外に社員を送り出している日本企業ばかりではありません。

一方で、個人レベルでできることでいえば、外務省の情報は当然見ておく必要がありますし、現地の大使館や領事館がそのエリアに限定した情報を発信しているので、これは必ず見ておくべきです。そのほか、現地日本人会、商工会、JICA、JETROといったところも情報を持っているので、人的パイプを構築しておくことも重要です。

リスクの種類やレベルは常に変化している

ーー今回の事件を受けて、企業や駐在員が改めて考えておいた方がいいことはありますか?

奥村)そもそもですが、企業が海外に駐在員を派遣する際、どの国でも同じレベルの安全対策を講じて送り出しているわけではありません。例えば、中南米に派遣する場合は、中国やタイといった国に派遣する場合より数段高いレベルで安全対策を検討・実施しているはずです。つまり、国や地域ごとにリスクを評価し、それに対応する対策をセットで準備して人を送り出したり、現地で事業を運営したりしているわけです。

したがって、国や地域ごとのリスクレベルというのは定期的に見直さなくてはなりません。中国は、比較的治安のいい国だとされています。在留邦人に危害が加えられるようなこと、誘拐されるような事件は、これまで多くありませんでした。ただ、今回の事件を含めた現地の環境変化、リスク認識の変化を受けて「リスクの評価を見直すかどうか」というタイミングなのではないかと思います。

これは中国に限った話ではなくて、ほかの国や地域においても日々環境は変化しています。ですから、企業は今までの経験などから「この国や地域は怖いよね」と考えるのではなく、日々のリスクの変化に応じて評価を見直していかなければなりません。ただ、臨機応変にそれぞれの国や地域で、リスクの状態の変化に応じて駐在員の安全対策に反映させることができている企業は多くありません。

“日本の常識”は“海外の非常識”と考える

ーーそもそも海外への社員派遣にあたって想定しておくべきリスクには、どのようなものがありますか?

奥村)それは国や地域によって全く違います。文化とか法律の違いに起因するリスクもあれば、日本とはそもそも圧倒的に治安のレベルが違う場所もあります。

文化の違いの例では、ある時期の日本では笑って済まされてしまっていたような行為が、アメリカではセクハラと認識されていたとか、治安のレベルの違いでは、日本では深夜に繁華街を出歩くことに大きな危険はないけれど、海外ではあるエリアを夜中に歩くこと自体が非常識とされていて、”襲われても仕方ない”とさえ考えられているといったようなことがあります。

「日本の感覚のほうが、世界的には非常識」というくらいに考えておく必要があると思います。

まずは国や地域ごとのリスクアセスメントと緊急時の対応計画の整備を

ーー海外における安全管理対策ができていない企業は、まずはどんなステップを踏んでいけばいいでしょうか?

奥村)まず、事業展開をしようとする地域において、日本とはどんな環境の差があり、どういうところにリスクがあるのか、現地で生活し事業を営むうえでのリスクアセスメント(リスク評価)をちゃんとやるということです。そうすることで、こういうリスクがあるけれど、日本の仕組みを持っていったらうまく機能しないとか、対策として全然足りないということがわかってきます。ここがまずは大事です。

もう一つは、どんな対策を施しても何かが起きてしまうことはあるので、その際に、海外で発生した危機への対応体制をちゃんと作っておくことです。それは現地の体制もそうですし、発生した危機の第一報を受け取る国内側もそうです。誰が情報を一番に受け、その後、どういうアクションをとっていくのか。いろんな人を巻き込まないと解決はしていかないので、どこに相談し、どこに報告するのかということを「緊急時の対応計画」として策定しておく。

リスクアセスメントと緊急時の対応計画という2つが、まずはスタート地点だと思います。

ーーその2つが整ったら次に進むべきステップはありますか?

リスクの評価をして対策を検討して体制を作っても、今回の事件のようなリスクは滅多に顕在化しません。ですので、実際にリスクが顕在化した場合に、あらかじめ整備した体制や計画が適切に機能しないということもあり得るので、社内の危機対応に携わる部署を巻き込み、可能であれば社外の関係者も参加して、実際に想定されるシナリオに沿って模擬訓練を実施することが次のステップです。

実際にやってみると、うまく回らなかったり、効率的ではなかったりする部分が把握できます。あらかじめ作っていた計画を見直して、さらに訓練を定期的に実施することで、危機への対応体制を継続的にブラッシュアップし続けることが重要です。

今般リスクが顕在化したことで、企業が問われる責任のレベルが上がった

ーー海外における安全上のリスク対策ができていない企業が多いということでしたが、今回の中国における事件を受けて、改めて企業はどのような意識を持つ必要がありますか?

奥村)今回の事件の前と後で駐在員やその家族を取り巻くリスクが大きく変わったかというと、変わっていないと思うんです。

これまでは今回のようなリスクを感じている人もいたかもしれませんが、表には出てこなかった。ただ今回、具体的な事象としてリスクが顕在化してしまったので、これ以降は「そんなリスクは認識していませんでした」とは言えないわけです。

だから、もし今後同じような事件が起きてしまったら、それはリスクを認識しつつ手を打っていなかったという意味で、まさに経営のとして不作為、リスク対策が適切に講じられなかったという判断が下ることになります。その意味では、今回の事件が企業の(中国に滞在する)海外駐在員の安全対策の在り方に与える影響は極めて大きいと感じます。

※1)経済産業省「海外事業活動基本調査」(2022年度実績)

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