レポート/資料

教育・保育現場における職員を守るための熱中症の予防と対策【RMFOCUS 第94号】

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[このレポートを書いたコンサルタント]

古勝 乃璃子
会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
部署名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第四部
社会保障・医療福祉グループ
執筆者名
テクニカルアドバイザー 古勝 乃璃子 Noriko Kokatsu

2025.7.1

要旨
  • 気候変動による極端な高温化を見据え、熱中症リスクの高い教育・保育現場では、職員への熱中症対策の強化が改正労働安全衛生規則上、急務である。
  • 各施設においては、熱中症リスクが高まりやすい活動内容を見直しの上、その実施時期や方法の再考による未然防止策、および改正労働安全衛生規則の内容を基にした「体制整備」、「手順作成」、「関係者への周知」による被害軽減策に努めることが施設運営上不可欠である。

近年、気候変動による過酷な暑熱環境の影響で、熱中症による死亡者数が5年移動平均で1,000名を超える高水準で推移している。地球温暖化が進行すると、極端な高温が発生するリスクが増加すると予測されるため、熱中症対策の強化が求められ ている。

国は、2024年4月に気候変動適応法およびその改正法を施行した。この法改正により、「熱中症対策実行計画」が法定の閣議決定計画に格上げされ、熱中症警戒情報の法定化や熱中症特別警戒情報の創設、市町村長による暑熱避難施設(クーリングシェルター)の指定、熱中症対策普及団体の指定などが新たに設けられ、法的裏付けのある積極的な熱中症対策が進められている1)

各事業者においては、改正労働安全衛生規則により、従業員に対する熱中症対策が、2025年6月1日から罰則付きで義務化された2)。本稿のテーマである教育・保育現場においても、運動会や屋外イベントなどでWBGT(暑さ指数)が28度以上、または気温が31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間以上の作業を職員に行わせる場合には、「体制整備」、「手順作成」、「関係者への周知」が必要とされるようになった。これを怠ると、労働安全衛生法22条違反となる可能性がある。

本稿では、改正労働安全衛生規則の内容を基に、教育・保育現場における「職員」の熱中症予防と対策について考察する。

なお、既に熱中症弱者として示されている「こども」については、こども家庭庁の事故防止ハンドブックによる注意喚起および啓発の推進、文部科学省、環境省による「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き(令和6年4月追補版)」とそのチェックリストが公表されるなど、各省庁から既に熱中症対策の強化が推進されているため、本稿では対象外とする。

1. 熱中症発生のメカニズムと教育・保育現場における熱中症のリスク要因

(1) 熱中症発生のメカニズム

熱中症のリスクを理解するために、まずその生理学的な発生の仕組みを説明する。通常、体温が上がると、自律神経の働きにより末梢の血管が広がる。これにより、顔が赤くなるなど皮膚の表面に多くの血液が流れるようになる。この血流によって体内の熱が外に逃げやすくなり、汗が蒸発する際の気化熱で体温が下がる。しかし、昨今の夏季のように蒸し暑く、温度が高い環境では、身体を冷やすために血流が皮膚に集中してしまい、重要な臓器へいくはずの血流が減少する。これに加え、大量に汗をかくことで水分や電解質が失われ、全身が脱水状態になる。

脱水により、脳への血流も不足すると体温調整機能が正常に働かなくなり、また、心臓への血流も不足するため、全身に血液を十分に供給できなくなる。結果として体表面に熱を放出する能力が低下するため、熱の産生と放散のバランスが崩れてしまい、急激な体温上昇により熱中症が発生する3)(図1)。

【図1】熱中症発生のメカニズム

熱中症発生のメカニズム
(出典:環境省「熱中症環境保健マニュアル2022」3)

(2) 熱中症になりやすい3要因

環境省熱中症予防情報サイトによると、熱中症を引き起こす条件は、「環境」、「からだ」、「行動」の三つの要因に分類できる(表1)4)

環境要因とは、高温、多湿、風が弱い等の条件をいう。前述したように、外気温が高くなると熱を逃がしにくく、湿度が高くなると汗が蒸発しにくくなるため、熱中症のリスクが高くなる。

からだの要因とは、二日酔いや朝食抜きなどで、既に水分や電解質が不足した脱水症状態、高齢者や乳幼児などの熱中症弱者の場合等の条件をいう。

行動要因とは、激しい労働や運動などによる急激な体温上昇や長時間の屋外作業、水分補給できない状況等、熱の産生と放散のバランスが崩れてしまうような条件をいう。

【表1】熱中症を引き起こす3要因とその条件

3要因 条件
環境 ・気温が高い ・日差しが強い ・急に暑くなった日 ・湿度が高い ・締め切った屋内 ・熱波の襲来 ・風が弱い ・エアコンの無い部屋
からだ ・高齢者や乳幼児、肥満の方 ・下痢などの脱水状態 ・糖尿病や精神疾患といった持病 ・低栄養状態 ・二日酔いや寝不足などの体調不良
行動 ・激しい筋肉運動 ・水分補給できない状況 ・慣れない運動

(出典:環境省熱中症予防情報サイト「熱中症の基礎知識」4)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

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