レポート/資料

住宅の事前防災を促進する制度設計 ―国土強靱化社会の実現に向けて― 【政策提言レポート(2026年9月)】

[このレポートを書いた研究員]

会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
部署名
基礎研究部
執筆者名
政策提言準備室長 倉瀧 直哉

2026.9.24

要旨
  • 地震・台風等による住宅被害は、建築時に適用された耐震・耐風に関する基準や施工方法によって大きく異なる。平成28年熊本地震では、耐震基準の強化後に建築された住宅の被害が相対的に少なく、令和元年房総半島台風でも、瓦を適切に固定した住宅では屋根被害が抑えられた。これらの事例は、平時の対策によって住宅被害を軽減できることを示しており、その結果として、住宅所有者の修繕・再建費用、保険金の支払い、公費による住宅修理・生活再建支援等、災害後に官民が負担する社会的コストの抑制も期待される。
  • しかし、現行制度では、住宅所有者が自宅の防災性能や改修の必要性を把握する機会が乏しい。加えて、評価・改修に要する費用負担が大きく、特に耐風改修については、税制、融資、保険等の優遇措置も十分ではない。また、防災性能の向上が住宅価格に反映されにくいため、事前防災への投資が進みにくい構造となっている。
  • そこで本レポートでは、既存の住宅性能表示制度に、耐風性能等の防災性能に関する評価項目を追加するとともに、洪水、高潮、土砂災害等の立地上のハザード情報を併せて表示することを提言する。耐震・耐風基準等の強化時期を踏まえ、2001年以前に建築された戸建住宅を重点対象に住宅性能評価を実施し、その費用を公費で負担する。さらに、評価結果に基づく改修支援を促すとともに、一定の防災性能を満たさない住宅については、固定資産税を加重し、その税収を住宅性能評価の公費負担に充てる。また、評価結果を中古住宅の売買時の重要事項説明に活用することで、防災性能が住宅市場で適切に評価される環境を整備する。
  • 自然災害が激甚化する中、発災後の支援に偏った従来の対応から、平時の事前防災を重視する仕組みへ転換することにより、人的・物的被害と社会的コストを抑制し、持続可能で強靱な社会の実現を目指すことが重要である。

1.本政策提言レポート作成の背景

2023年7月に改定された国土強靱化基本計画では、人口減少・少子高齢化、自然災害の激甚化、インフラの老朽化、デジタル技術の発達など、我が国を取り巻く社会環境の変化を踏まえ、基本方針を構成する5つの柱※1の一つとして、「災害時における事業継続性確保を始めとした官民連携強化」が掲げられている。官民連携の代表的な仕組みである災害時応援協定は、発災後の物資供給、人員派遣、応急復旧等を円滑に進める上で重要な役割を果たしてきた。

一方、災害による被害を軽減するためには、発災後の支援体制を整えるだけでなく、平時から住宅の耐震化・耐風化を進め、被害の発生・拡大を抑える「事前防災」の取組が不可欠である。しかし、既存の官民連携は発災後の対応を中心としており、住宅所有者による事前防災投資を促す仕組みは十分に具体化されていない。

以下では、事前防災の重要性を整理した上で、官民連携の代表的な仕組みである災害時応援協定の現状を概観し、発災後の対応から平時の事前防災へ広げる必要性を示す。

1)2023年7月28日閣議決定の国土強靱化基本計画は、①防災インフラの整備・管理、②交通・通信・エネルギー等のライフラインの強靱化、③デジタル等の新技術の活用、④災害時の事業継続性確保を始めとした官民連携強化、⑤地域の防災力の強化を5本柱とする。出典:内閣官房「国土強靱化基本計画」

(1)事前防災の重要性

自然災害の発生自体を防ぐことは困難だが、人的・物的・経済的被害の大きさは、事前防災の有無によって大きく左右される。建築物の耐震化・耐風化、インフラの強靱化、備蓄、避難計画や事業継続計画の策定などを平時から進めることで、災害時の被害をあらかじめ抑えることができる。また、災害後の復旧には多大な費用と時間を要するため、被害が発生してから対応するだけでは限界がある。したがって、事前防災は、災害をなくす取組ではなく、社会や建築物の脆弱性をあらかじめ低減し、人命保護や被害軽減、社会・経済活動の継続につなげる取組と位置付けられる。実際に、過去の災害においても、発災前に講じられていた対策の違いによって被害の程度に大きな差が生じている。

例えば、平成28年熊本地震では、建築時期や耐震性能によって住宅の被害状況に大きな差が生じた。旧耐震基準で建築された住宅ではおよそ半数に重大な被害がみられた一方、耐震基準の強化後に建築された住宅では、被害がわずか6%に抑えられている。

【図1】平成28年熊本地震における木造の建築時期別の被害状況

対象棟数:759棟/877棟/319棟 ※棒中の数値は構成比(%)、点線は各被害区分の境界を示す
出典:国土交通省資料(学会悉皆調査結果による木造の建築時期別被害状況)を基に筆者が作成

同様の傾向は、風災においても確認できる。令和元年房総半島台風では、強風により多数の住宅で屋根瓦等の被害が発生したが、国土交通省の調査では、瓦を適切に固定する「瓦屋根標準設計・施工ガイドライン(以下、ガイドライン工法)」を採用した住宅は、従来工法の住宅と比較して風圧力による瓦の脱落が少ないことが確認されている。

日本損害保険協会によれば、令和元年房総半島台風に係る火災保険の支払保険金は約4,244億円に上った。さらに、損害保険料率算出機構の災害別データに基づき、住宅物件の風雹災に係る支払保険金を抽出すると、その額は約2,655億円となる。仮に住宅物件にガイドライン工法が広く採用され、図2に示した屋根被害率の低減割合と同じ割合で支払保険金が減少すると仮定した場合、約900億円の損失軽減効果が見込まれる※2。

また、上記に加え2019年に発生した7つの台風(第3号、5号、10号、13号、15号、17号、19号)の風災に係る支払保険金を合算すると、約4,288億円となり、上記と同様に仮にガイドライン工法が広く採用されていた場合、2019年に発生した台風による被害だけで、約1,500億円もの損失を軽減できたと推計される※3。

これらは、自然災害による被害は、必ずしも不可抗力として避けられないものではなく、建物の強靱化によってその被害を大幅に軽減することができる可能性を示している。

【図2】ガイドライン工法と従来工法による被害の比較

出典:国土交通省「令和元年房総半島台風を踏まえた建築物の強風対策の方向性参考資料」データを基に筆者作成
注:図2-①は千葉県3市町の住宅1,976棟(築年推定1,002棟)。②はガイドライン工法29棟、非ガイドライン工法203棟。

2)本試算は、支払保険金2,655億円の約88%がガイドライン工法未採用の建物に係るものと想定した上で、同工法を採用していた場合の被害軽減率を約40%として算出したものであり、その結果、損失軽減額は約900億円となった。支払保険金には屋根以外の外壁、窓、家財等の損害が含まれるほか、建物の築年数、劣化状況、立地、風速、飛来物等の影響を考慮していないため、実際の軽減額を示すものではない。

3)損害保険料率算出機構General Insurance Data Spaceで公表されている「2019年度に発生した風水災等による支払」に記載されたデータを使用。風雹水災flag「1」、建物「4」に絞り込んだデータから脚注2の試算方法で算出。

(2)災害時応援協定の現状

内閣府防災担当によると、地方公共団体と民間企業等との災害時応援協定※4の件数は年々増加しており、災害時応援協定システム※5には、令和8年2月時点で11万件を超える協定データが登録されている。

【図3】災害時応援協定システムへの登録協定データ件数の推移

出典:内閣府ウェブサイト「防災分野における地域と企業の連携の新たなあり方検討会」資料より抜粋

災害時応援協定活用として、例えば、平成23年の東日本大震災では、岩手県釜石市において、東海市が災害時応援協定に基づき職員を派遣し、物資供給や避難所運営を支援した。平成30年7月豪雨では、倉敷市において、岡山県建設業協会との協定に基づく道路啓開が、復旧活動の前提となった。さらに、令和8年熊本地震では、内閣府と日本行政書士会連合会との協定に基づき、行政書士が派遣された※6。

災害時応援協定は、主として発災後の支援内容や手続を定めるものであり、住宅被害の発生を事前に防止・軽減する取組まで対象としていない。地震や台風等による被害を抑制するためには、むしろ、住宅所有者が平時から自宅の防災性能を把握し、必要な耐震・耐風改修を行える環境を整備することが重要である。

4)災害時応援協定とは、地方公共団体が他の地方公共団体や民間企業・団体等との間で、物資供給、人員派遣、施設利用、応急復旧等の協力内容を平時に定める協定をいう。出典:内閣府「防災分野における地域と企業の連携の新たなあり方検討会」資料

5)災害時応援協定システムは、地方公共団体が締結した協定の内容をデータベース化し、検索・閲覧できるようにした内閣府のシステム。図3の件数は同システムへの登録データ件数である。出典:内閣府『令和8年版 防災白書』

6)災害時応援協定等による官民・自治体間支援の事例については、内閣府「防災分野における地域と企業の連携の新たなあり方検討会」資料、釜石市『釜石市地域防災計画』、岡山県『平成30年7月豪雨災害検証報告書』等を参照。令和8年熊本地震では、罹災証明書の受付・発行等の迅速化および自治体職員の負担軽減を目的として、内閣府と日本行政書士会連合会との協定に基づき、熊本県行政書士会から宇土市・宇城市へ行政書士が派遣された。その後、被災団体からの要請や熊本県と熊本県行政書士会との調整等により、八代市、甲佐町、氷川町および益城町にも派遣先が拡大された。出典:熊本県「令和8年熊本地震に係る政府非常災害現地対策本部会議・熊本県災害対策本部会議資料」

2.住宅の事前防災への投資が進みにくい構造的課題

前項1.(1)のとおり、地震や台風等による住宅被害と、発災後の復旧・生活再建に伴う社会的コストを軽減するためには、住宅所有者による平時からの耐震・耐風対策を促進することが重要である。しかし、既存住宅では、所有者が自宅の防災性能や改修の必要性を把握しにくいことに加え、評価や改修に要する費用に見合う経済的メリットも見えにくい。このため、必要性を認識していても、具体的な防災投資につながりにくい状況にある。

以下では、住宅の事前防災投資を妨げる構造的な課題として、防災性能を評価する仕組みの不足と、防災性能の向上に対する経済的インセンティブの不足の二点を整理する。

(1)防災性能を評価する仕組みの不足

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