コラム/トピックス

通報が少ない海外拠点は本当に安心か――内部通報制度を「経営のセンサー」にする視点

[このコラムを書いた研究員]

土居 英一
専門領域
倫理、AI
役職名
マネジャー上席研究員
執筆者名
土居 英一  Eiichi Doi,Ph.D. 博士(学術)

2026.10.27

海外拠点のガバナンスやコンプライアンス体制を整える際、検討事項のひとつとなるのが内部通報制度です。「日本と同じ窓口を置けば十分」と考えていませんか。実際に各国の制度を比べると、企業に求められる対応は大きく異なります。

また、国内外を問わず、通報件数が少なければ問題も少ないとは限りません。特に海外拠点は、国内より役職員数が少ない企業も多く、絶対件数だけでは「少ない」と見えやすい場合があります。

本稿では、1.通報件数の見方、2.国ごとに異なる通報制度、3.通報後のデータ取扱いや報告という3つの視点から、海外拠点の内部通報制度を考えます。

この記事の
流れ
  • 海外拠点整備のひとつとして内部通報制度に着目
  • 通報が少ない拠点は安心なのか
  • 国ごとに異なる「内部通報制度」のルール
  • 海外拠点の内部通報制度では「法規制」と「通報件数」の2つの視点が重要
  • 内部通報を「経営のセンサー」に

海外拠点整備のひとつとして内部通報制度に着目

内部通報制度は、不祥事の早期発見や通報者保護を支える仕組みのひとつです。海外拠点で制度を整備する際には、グループ共通の制度をどこまで適用し、どこを各国の制度に合わせるかを整理する必要があります。

その際には、窓口の設置や通報者保護だけでなく、通報件数をどう見るか、通報後の情報をどのように扱うかまで含めて考えることが重要です。

通報が少ない拠点は安心なのか

さらに、もう一つ別の注意点があります。それは、通報件数が少ないことを「問題が少ない」と評価してよいかという点です。これは海外に限らず、国内でも共通する課題です。資源業を営むA社では、公表資料によれば、2025年度に3千件以上の業務上の懸念が寄せられ、本人が直接起票した案件の40%は匿名でした。件数だけを見れば、問題が多い企業と思うかもしれません。

ただし、声を上げる仕組みが実際に使われ、健全さの維持につながっている可能性もあります。反対に、通報が極端に少ない拠点では、本当に問題が少ない場合もありますが、制度を知らない、使っても解決しないと思われている、報復を恐れている等で通報を控えている可能性もあります。海外拠点では役職員数自体が少なく、通報の絶対件数も小さくなりやすいため、件数だけでなく、その背景まで見ることが大切です。

国ごとに異なる「内部通報制度」のルール

海外では、内部通報制度そのものについても国ごとにルールが異なります。EUでは一定規模以上の民間法人に内部通報チャネルの整備が求められます。

一方、シンガポールや英国では、一般企業に内部通報窓口の設置を一律に義務付ける制度ではなく、上場規則や金融・保険分野の規制などによって義務や要請が定められています。台湾では公的部門等を対象とした法はありますが、民間企業一般を対象とする包括的な制度はありません。しかし、業界によっては通報制度の設置義務があります(例えば保険業界)。

つまり、同じ「内部通報」でも、企業に課される義務が違うのです。

海外拠点の内部通報制度では「法規制」と「通報件数」の2つの視点が重要

海外拠点の制度運用では、大きくは「法規制」と「通報件数」の2つの視点が重要です。ただし実務上は、法規制を、通報前の「制度そのもの」と、通報後の「データ取扱いや当局報告」に分け、これに「通報件数」を加えた3点(冒頭文の1.から3.の3つの視点の通り)で見ると分かりやすいでしょう。

例えばベトナム、中国、EUなどでは、通報に含まれる個人データを日本本社もしくは日本へ送る際、それぞれの個人データ保護・越境移転規制を確認する必要があります。重要な事故について、業界の監督当局への報告が必要な場合もあります。グローバル窓口を一本化していても、情報をどこへ送り、誰が調査し、どの当局へ報告するか、国ごとに異なる場合があります。制度運用は、単に「世界共通の受付窓口を設ける」だけでは完結しないといえます。

内部通報を「経営のセンサー」に

近年、EU諸国、中国など、各国で内部通報制度に関する法律の成立が進んでいます。グローバル企業は、自社が関与する諸国の法規制への適合と、制度高度化を一体で進めることが大切です。海外拠点を持つ企業の当該制度の担当部門には、法令改正やデータ規制を追うだけでなく、どの国のどの部署で声が上がり、どこで沈黙しているかを見ることをお勧めします。

内部通報制度は、不祥事が起きた後の受付窓口だけではありません。各国の制度差を正しく理解し、通報の量や質を丁寧に見ることで、現場の変化を早く捉えられたり、問題を未然に防げたり、経営のセンサーとして活用できたりする余地があると考えます。ただし、その大前提は通報者の保護や情報漏洩の防止を徹底し、被害の予防・救済や問題の是正につなげることです。

会員登録でリスクマネジメントがさらに加速

会員だけが見られるリスクの最新情報や専門家のナレッジが盛りだくさん。
もう一つ上のリスクマネジメントを目指す方の強い味方になります。

  • 関心に合った最新情報がメールで届く!

  • 専門家によるレポートをダウンロードし放題!

  • お気に入りに登録していつでも見返せる。