コンサルタントコラム

コラム:ソーシャルインフレーション ~その現状、要因と今後の展望~

2024.7.17

はじめに

世界的なインフレーション(物価高)が企業活動や消費者の生活に影響を及ぼす一方で、保険業界を中心に注目を集めているもう一つのインフレーションがあります。すなわち、「ソーシャルインフレーション」と呼ばれる現象です。

ソーシャルインフレーションについて統一 された 定義はありませんが、一般には「(損害賠償責任保険の)保険金支払いが一般的な経済的インフレーションを上回って上昇すること(1)」とされています。この現象は米国を中心に欧州や豪州など他の地域でも発生しているといわれています。

その背後には、賠償額や訴訟費用の高額化や訴訟件数の増加があるといわれており、製造物責任(PL)をはじめとする損害賠償リスクを有する事業者にとって、見過ごせない現象です。

そこで、今年度のPLレポートでは4回にわたってソーシャルインフレーションについて取り上げ、その現状と要因、今後の展望についてみていきます。

図1 ソーシャルインフレーションの全体像

1.ソーシャルインフレーションの現状

(1)いつから起きているのか

ソーシャルインフレーションそのものは新しい現象ではありません。米国の著名投資家であるウォーレン・バフェットは、株主に向けた 1977年の手紙でソーシャルインフレーションがもたらす影響に言及しています(2)

再保険会社スイスリーの資料によると(3)、1970年代後半のほか、1980年代半ば、2000年代半ばにおいて、賠償請求の代理変数(紫色の曲線、1975年前後では15%超)が消費者物価指数(紺色の曲線、1975年前後では5%程度)を大きく上回っており、これらの時期においてソーシャルインフレーションが起きていたと考えられます。

図2 損害賠償保険金の代理変数、消費者物価指数などの5年平均を示したグラフ

また、現在のソーシャルインフレーションは2019年ごろから発生しているものと捉えられます。上掲グラフで示されているとおり、2019年から2023年までの5年間においては賠償請求の上昇が16%であるのに対し、物価上昇は4%と差異が生じており、両者の差は年々拡大しています。

(2)どこで、どのように起きているのか

ソーシャルインフレーションは、米国において顕著といわれます。その背景の一つとして、1,000万ドル(約15億円)を超える「Nuclear Verdict(核評決)(4)」 の規模および頻度の増加が指摘されます(5)

米国商工会議所の調査(6)によると、2010年から2019年までの10年間で核評決の中央値は27.5%上昇し、核評決の件数も増加傾向にあるとされています。また、核評決が出された分野をみると、製造物責任がもっとも多く23.6%となっており、次いで自動車賠償責任(22.8%)、医療賠償責任(20.6%)という順になっています。

核評決の規模(中央値)をみても、製造物責任がもっとも大きく1億9,160万ドルであり、自動車賠償責任(3,680万ドル)、医療賠償責任(3,380万ドル)を大きく上回っています。これらのデータから、製造物責任分野における核評決が全体的な核評決の規模および頻度に影響を与えている可能性が考えられます。

一方で、核評決以外にも、ソーシャルインフレーションとの関連が考えられる要素を挙げることができます。一つは、和解金額です。次の表に示すとおり、過去数年においては集団訴訟に関して100億ドルに匹敵する規模で和解がなされた事例が相次いで報じられています。

1兆円規模での和解事例(7)

報道時期 争われた内容 和解金額(※最大、円換算は当時)
2020年6月 農薬の発がん性 109億ドル(約1兆1,600億円)
2022年11月 医療用麻薬のまん延 100億ドル(約1兆5,000億円)
2023年4月 ベビーパウダーの発がん性 89億ドル(約1兆1,700億円)
2023年6月 PFASによる飲料水汚染 125億ドル(約1兆8,000億円)

もう一つは、訴訟件数です。次のグラフは製造物責任に限ったものですが、連邦地方裁判所に提起された訴訟件数を示したものです。1985年以降、概ね増加傾向にあることが読み取れます。なお、2020年に24万件超と大幅に増加していることが目を引きますが、このうち約20万件は特定製品(軍用耳栓等)に関する訴訟であり、大幅増は一時的なものではないかと考えられます。

図3 連邦地方裁判所の PL訴訟件数(8)

おわりに

核評決の規模および頻度の増加、大型和解事例の続出、訴訟件数の長期的な増加傾向は、米国特有の法制度(民事陪審制度、懲罰賠償制度、クラスアクション、弁護士成功報酬制度など)を背景としつつ、社会、経済の要因も相まって生じています。

次号のPLレポートでは、社会および経済の要因に着目し、その内容を詳述します。

1)トーア再保険株式会社「再保険用語集」より引用

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