コンサルタントコラム

「認知バイアスの罠」とは?防災・避難行動を妨げる脳の働き

[このコラムを書いた研究員]

新納康介
専門領域
食料安全保障、マイクロファイナンス
役職名
主席研究員
執筆者名
新納 康介 Kousuke NIIRO

2024.9.9

この記事の
流れ
  • 人は自らが思っているほど合理的には行動ができない
  • どうして人は山で道に迷って遭難してしまうのか
  • 自然災害からの避難は、それぞれの主体的な行動に委ねられている
  • 避難指示は認識していても「自分は被害に遭わないと思った」
  • 「正常性バイアス」はそもそも人間に備わった機能
  • まとめ

認知バイアスという言葉を聞いたことはありますか?自然災害が起きて避難指示が発令されても、自宅に居ながら避難行動をとらなかった人が6割以上に上るというデータがあります。これは認知バイアスの作用の一例です。なぜ、命の危険が迫っているのに、避難をしないのか?そこには、人間の脳のメカニズムが関係しているともいわれています。いったいどういうことなのか?ここでは「認知バイアスの罠」について解説します。

人は自らが思っているほど合理的には行動ができない

直感、偏見、錯覚、一方的な思い込み、誤解などにより、人は自らが思っているほど合理的には行動ができないことが明らかになっています。そのような心理現象を「認知バイアス」と呼びます。例えば、人は常に賢い消費者でありたいと思っていながら、「今、一番売れているというからその商品をつい買ってしまった」、「今、お買い得というからつい食品を買いすぎてしまった」、ということを後悔することがあります。その時は正しいと思った判断や行動を、後に悔やむケースには、認知バイアスの罠が潜んでいることがあります。

どうして人は山で道に迷って遭難してしまうのか

認知バイアスは、時に人の命にかかわる事態を招くことがあります。例えば、登山における遭難の原因は、「道迷い」が多いとされています。登山中に道に迷った際は「来た道を戻る」ことが登山における鉄則なのですが、それが実際にはできていないことがあるようです。なぜ鉄則が守れないのでしょうか。

その原因として、登山者が道に迷った際に、「楽をしたい」、「面倒くさい」、「どうにかなるだろう」などの、来た道を戻るという行動を邪魔する考えが浮かぶことが指摘されています。その考えによって登山者が誤ったルートを進みつづけ、その結果、遭難してしまうということです。これが認知バイアスの罠なのです。

自然災害からの避難は、それぞれの主体的な行動に委ねられている

海や山でのレジャーでなくても、人は自宅に居ながらにして命の危険に遭遇することもあります。豪雨による洪水はその一つです。洪水に対しては、自宅が浸水して身動きが取れなくなる前に避難をすることが必要です。しかし、自治体から避難指示が発令されても、なかなか避難行動を起こさない人の存在がたびたび報告されています。

内閣府「避難情報ガイドライン」には、「自らの命は自らが守るという意識を持ち、自らの判断で主体的な避難行動をとることが必要」とされています。しかし、同ガイドラインの理想ほどには個々人の避難に対する意識は一様ではないという現実があります。

避難指示は認識していても「自分は被害に遭わないと思った」

2022年に実施したインターリスク総研のアンケート調査によれば、過去に市区町村から警戒レベル4の避難情報(避難指示)が発令された自然災害に対して、自宅に居ながら避難行動をとらなかった人が半数を超える約66%にのぼりました。同じ調査では、自宅外に避難をしなかった人たちの90%超が、「避難指示が出ていること」を認識していました。

それでも避難をしなかった理由は「自宅は安全だと思った」が約54%、「自分は被害に遭わないと思った」が約25%、また避難をしなかったことに「特に理由はない」という回答も約15%ありました。ちなみに警戒レベル4では、「全員が速やかに危険な場所から避難する」ことが求められています。

「正常性バイアス」はそもそも人間に備わった機能

日本赤十字社は、災害時の避難を妨げる認知バイアスの一つとして、「正常性バイアス」を挙げています。正常性バイアスに陥ると、人はすぐに避難しないといけないときに、「自分は大丈夫だろう」、という避難行動を邪魔する考えが浮かぶことが指摘されています。なぜそのようなことになるのでしょうか。

実は人間の脳には、体調の変化、気候の変化、生活・社会環境の変化等のストレスから脳自身を守るメカニズムが備わっており、ストレスが生む心の負担を軽くする(自分は大丈夫と思う)ことによって人間は日々健全に過ごすことができるといわれています。ところが、そのメカニズムが肝心な時に正常性バイアスとしてはたらき、危機意識を軽減してしまうのです。

まとめ

人は様々な決断の瞬間に遭遇します。それに対して人は素早く合理的な結論を出したいのですが、認知能力に限界があり、神羅万象、現在過去未来、全てのことを知ることはできず、判断能力にも限界があり、時間も足りません。これは「限定合理性」と呼ばれますが、そこに認知バイアスが介入する隙があるのです。

今回は、認知バイアスの一つとして、防災・避難行動を妨げる、つまり人の命にかかわる可能性もある正常性バイアスについて述べました。本稿で述べたもの以外にも、様々な認知バイアスがあることが研究によって明らかになっています。ご興味を持たれた方におかれましては、いろいろ調べてみることをお勧めします。

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自然災害時の避難に関する実態と意識について ~アンケート調査結果より~ リサーチ・レター2022年第1号
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