レポート/資料

「ジョブ型人事指針」から考える、日本企業に求められる人事改革とは ~日本型ハイブリッドモデルの構築 - 伝統と革新の融合を目指して~【RMFOCUS 第92号】

[話を聞かせてもらった専門家]

山田 久 氏
大学名
法政大学経営大学院
所属名
イノベーション・マネジメント研究科
執筆者名
教授 山田 久 氏 Hisashi Yamada

[聞き手]

会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
所属名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第四部 人的資本・健康経営グループ
執筆者名
マネジャー上席コンサルタント 山口 高弘 Takahiro Yamaguchi

2025.1.7

見どころ
ポイント
  • 2024年8月、政府が「ジョブ型人事指針」を発表し、日本企業に従来の雇用慣行・制度からの転換を促した。その背景には、企業価値の源泉が無形資産にシフトし人的資本経営の重要性が増したこと、欧米を中心に人的資本に関する情報開示が進んできたことが挙げられる。
  • しかし、欧米のジョブ型人事をそのまま導入すれば日本企業の競争力向上につながるわけではない。日本企業の従来の強みである品質力を維持しつつ、今後求められる革新力につながる人事制度を構築するには、内部・外部の整合性を十分に図る必要がある。過去に日本企業が「成果主義」の導入で失敗した経験も踏まえ、「日本型ジョブ型人事」を改めて考える局面が訪れている。
  • 「日本型ジョブ型人事」の要諦は、従来のメンバーシップ型人事とジョブ型人事を組み合わせた「ハイブリッドモデルの構築」であり、「ジョブ型人事指針」でも示されているとおり、絶対的な正解は存在しない。各企業の状況に応じて「最適な形を模索する」姿勢が今後求められていくことになるだろう。

1. ジョブ型人事が注目される背景

Q.なぜ今ジョブ型人事が注目されているのか、その背景について教えてください。

2021年に当時の岸田政権が「人への投資」を中核コンセプトに掲げ、人的資本経営への関心が高まりました。人的資本経営とは、人事施策を経営戦略と連動させ、明確なKPIを設定してPDCAサイクルで改善を重ねていく取り組みであり、経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」で提唱されました。昨今、人的資本経営が重要視されている背景には、二つの要因があります。

一つ目は、企業価値の源泉が無形資産にシフトしていることです。過去には工場や設備といった有形資産が企業価値の中心を占めていました。しかし現在では、経済社会のデジタル化が進展する中で、知的財産やノウハウなど、無形資産の重要性が増しています。こうした状況下、米国の企業では無形資産が企業価値の8割以上を占めるようになっている一方で、日本企業では3割程度にとどまっています(図1)。無形資産の多くは人材の知的な活動によって生み出されますが、日本は人材の能力開発等への投資が世界の主要国と比べても少なく、さらに減少傾向にあるという課題があります。このような現状を変えるために、国を挙げて人的資本経営を推進しているのです。

【図1】各国上場企業の市場価値の要因分析
【図1】各国上場企業の市場価値の要因分析
(注)Elsten and Hi(ll 2017)に基づき経済産業省が試算
(出典:経済産業省「通商白書2022年」)

二つ目は、投資家における視点の変化です。無形資産が企業価値の多くを占めるようになったことで、従来の財務指標だけでなく、人的資本に代表される「非財務情報の開示」を求める動きが欧米を中心に進んできました。日本企業もこうした流れに追随し、人的資本情報を魅力的に開示するためにも、人的資本経営に積極的に取り組む必要性が出てきました。

政府は日本における人的資本経営推進の一環として2023年の5月に「三位一体の労働市場改革」を発表し、その中で「企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事制度)導入」を掲げたことが、ジョブ型人事に注目が集まっている大きな理由です。ジョブ型人事制度の導入により、職務ごとに要求されるスキルが明らかになり、労働者のリスキリング(学び直し)が促進されることに加え、高い技能を持つ人材の採用や離職防止が期待されています。

2024年8月に発表された「ジョブ型人事指針」は、既にジョブ型を導入している企業の事例を多数掲載することで、今後ジョブ型人事を導入する企業の参考となることが意図されています。

2. ジョブ型人事と日本型雇用の差異

Q.そもそも従来の日本型雇用とジョブ型人事は何が異なるのでしょうか?

ジョブ型人事と従来の日本型雇用(メンバーシップ型雇用)は、人と仕事の関係性において、根本的に異なるアプローチを取ります。メンバーシップ型雇用では、まず人を採用し、その後に仕事を割り当てます。対するジョブ型人事では、まず仕事(ジョブ)を定義し、その仕事に適した人材を採用します。

メンバーシップ型とジョブ型では、採用や育成といった「人材マネジメント」も大きく異なります。まず採用の面では、メンバーシップ型が新卒一括採用を中心とするのに対し、ジョブ型人事では欠員補充型の即戦力採用がメインです。育成では、メンバーシップ型が「長期的な視点で幅広いスキル習得」を目指すのに対し、ジョブ型では「より専門的なスキルの育成」に焦点を当てます。

日本と欧米では評価についても、大きな違いがあります。欧米では労働市場が発達しており、賃金相場が存在するため、従業員の職種や技能別に外部の労働市場と比較して評価を行うことができます。一方、日本は労働市場が未成熟なため、企業がそれぞれの考え方で評価を行っており、欧米とは根本的に異なります。

以上のように、メンバーシップ型とジョブ型の違いは、人事制度にとどまらず、人材マネジメント全般に及びます。これまでの歴史や労働市場の成熟度が異なる欧米のジョブ型を単純に日本企業に当てはめることの難しさはこうした点にあります。

Q.メンバーシップ型とジョブ型の違いがよく分かりました。難しさはありながら、日本でもジョブ型人事の導入が増加していると聞きますが、現在の状況について教えていただけますか。

確かにジョブ型人事の導入は、増加傾向にあります。パーソル総合研究所が2020年から2021年にかけて実施した調査によると、従業員300人以上の企業のうち、約18%がジョブ型人事を導入しており、さらに40%近くが「導入を検討している」と回答しています(図2)。

【図2】ジョブ型人事制度の導入動向
【図2】ジョブ型人事制度の導入動向
(注)調査対象:企業規模300人以上の日本企業に勤める「経営・経営企画」「総務・人事」担当者、
調査期間 2020年12月25日~2021年1月5日
(出典:パーソル総合研究所「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査」)

また、経団連が2020年度に実施した調査では、2009年までに34%の企業が何らかの形で「ジョブ型要素を導入していた」という結果も出ています(図3)。
これは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてみられた「成果主義」ブームの際にも、報酬制度改革として脱年功型の仕事給(職務給)の導入が行われたことを反映したものと考えられます。

【図3】ジョブ型雇用の導入時期(導入済の割合)
【図3】ジョブ型雇用の導入時期(導入済の割合)
(注)調査期間:2020年8~9月
(出典:経団連「2020年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」

3. ジョブ型人事は魔法の杖ではない

Q.成果主義の導入は失敗であったという論調が多く聞かれますが、その理由についてはどのようにお考えでしょうか?

当時、多くの企業が成果主義を導入した目的は、短期的な仕事の成果を評価や処遇に反映させることで従業員の「評価・処遇への納得度」を高め、モチベーションや生産性の向上につなげることでした。
しかし、多くの企業で人事システムにおける「評価」の部分だけを変更し、他の要素は従来の形を維持したことが失敗を招いた原因となります。採用・育成・評価・配置といった、人事システムの各要素が内部的に整合性を持たなければ、人事制度は適切に機能しません。
つまり、評価制度のみを変更するだけでは不十分で・・・

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