
11人に1人が飢餓?“食べ物が足りなくて困る”ことが引き起こすこととは?
[このコラムを書いた研究員]

- 専門領域
- 食料安全保障、マイクロファイナンス
- 役職名
- 主席研究員
- 執筆者名
- 新納 康介 Kousuke NIIRO
2025.3.4
流れ
- 人が生きていくために必要最低限のエネルギー摂取量は?
- 人が生きていくために必要な栄養素は?
- 飢餓・餓死と食料安全保障のレベル
- 治安の悪化を引き起こす「食料不安」
- 食料不安から政権転覆に発展した「アラブの春」
- 日本の第二次世界大戦後の食料危機
- まとめ
11人に1人。これは、世界で飢餓に直面した人の割合です(2023年の国連まとめ)。こうした中、各国政府は長い間、食料安全保障に取り組んできました。それでも、様々な事情で“食べ物が足りなくて困る”状態、つまり食料安全保障の欠如が見られるケースがあります。そして、こうした状態は様々な問題を生み、他国へも影響を及ぼす可能性があります。
今回は食料安全保障の欠如がどんなことを引き起こすおそれがあり、なぜ国際的に食料支援が行われているのかを探ってみます。
人が生きていくために必要最低限のエネルギー摂取量は?
“食べ物が足りなくて困る状態”(食料安全保障の欠如)について考える前に、そもそも、人が生きていくためには、1日にどのくらいのエネルギーをとる必要があるのか考えてみましょう。
食物から得られるエネルギー摂取量が、その人が生きていくために充分かどうかを判定するための一つの基準として基礎代謝(Basal Metabolic Rate、BMR)という考え方が用いられます。基礎代謝量は体の大きさや年齢、性別などによって変わります。国連食糧農業機関(FAO)は栄養不足の限界値として、エネルギー摂取量を基礎代謝量の1.54倍と定義しています。

日本の成人男子に当てはめて考えてみると、基礎代謝量は概ね1,500kcal/日ですので、その1.54倍の2,310 kcal/日が生きていくために必要なエネルギー摂取量の目安ということになります。
人が生きていくために必要な栄養素は?
生き物が食べて、生命を維持する活動のことを「栄養」と呼び、その活動の源になる物質のことを「栄養素」といいます。栄養素には、五大栄養素(炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル)と食物繊維、水などがありますが、これらには上記のエネルギーの他に、体を作る成分や体の調子を整える成分が含まれています。
栄養状態は、消費量に対して摂取量が少なければ「低栄養」、過剰であれば「過栄養」となり、いずれも身体の機能維持に不都合となり、長期間にわたって続くと何らかの健康障害を引き起こします。なお、低栄養はやせ細るだけでなく、免疫機能も低下していることから、過栄養よりもハイリスクです。
飢餓・餓死と食料安全保障のレベル
何らかの理由で持続的に食物の摂取が不足すると、体の組織構成成分が分解され、体重が減少します。このような状態を「飢餓」といい、それによる死を「餓死」といいます。
国連世界食糧計画(WFP)は、国・地域が、「食料が充分にある状態」から「壊滅的な飢餓」までを「総合的食料安全保障レベル分類」(Integrated Food Security Phase Classification、IPC)として次の5つの段階で示しています。
- 食料が充分にある状態:ほとんどの人が1日に2,100kcalを超える摂取ができる。
- 食料不安:ほとんどの人が1日あたり2,100kcalの摂取にとどまり、かろうじて食料ニーズを満たす状態。
- 急性食料不安:食料の選択肢は限られており、人口の10~15%が栄養不足に陥り、人々の収入に深刻な支障をきたす状態。
- 人道的危機:極端な食料不足に直面し、飢餓による死亡のリスクが急速に高まっている状態。
- 壊滅的飢餓:少なくとも、1万人のうち2人が餓死または病死する。1日当たりのカロリーは極端に不足し、20%の家庭が極度の食料不足に直面する。
治安の悪化を引き起こす「食料不安」
WFPが上記の2で示した「食料不安」は、価格高騰による食料へのアクセスの困難から生じることが多く、それは人々の社会に対する不満を増大させ、暴動に関与する動機となります。
食料価格の高騰が起きた2007~2008年には、ハイチ、アルゼンチン、インドネシア、カメルーン、エジプトなどで暴動が発生しました。このような現象が起きた国は30を超えたといいます。食料不安を理由とする抗議行動や暴動の発生は、地域紛争や騒乱が起こる兆候として注意する必要があります。なぜなら、これがやがて国全体に反政府運動として広がる可能性があるからです。
食料不安から政権転覆に発展した「アラブの春」
2010年12月、チュニジアで始まった民主化運動(ジャスミン革命)は、アラブ諸国に広がり「アラブの春」に発展しました。その理由の一つとして、当時の小麦を中心とした食料価格の高騰が挙げられます。「アラブの春」において、チュニジアのベンアリ大統領、エジプトのムバラク大統領、リビアのカダフィ大佐、イエメンのサレハ大統領が政権の座を追われることになったという事実は、食料不安が政権転覆の火種となりうることを示しています。
日本の第二次世界大戦後の食料危機
日本も深刻な食料不足に直面し、治安が悪化したという過去があります。特に第二次世界大戦後、植民地の喪失、農業資材・労働力の喪失、および冷害や風水害による農作物の供給不足が日本国民に飢餓をもたらし、「一千万人餓死説」まで流布されたそうです。1946年には、東京で食料配給の遅滞に対する大規模な抗議デモが起こりました。そのような時期をUNICEFや米国からの食料援助で乗り越えて現在の日本があります。
まとめ
WFPは、世界のほとんどの飢餓は、紛争が主な原因と指摘しますが、飢餓は紛争の引き金にもなりえます。また、一国の食料不安は国内の紛争や騒乱の種となるだけでなく、テロ、難民などの二次的な問題を生み、その問題が他国に波及する可能性さえ指摘されています。したがって、他国への食料安全保障改善に向けた支援は、自国の国家安全保障上のリスク低減にもつながるのです。

その点に着目すると、前回のコラム(開発途上国だけの問題ではない飢餓と食料不安 ~国際貢献と自国の問題解決に関する世界の現状は?~)で述べた、なぜ先進国が国内の食料不安を抱えながらもWFPへの寄付や食料援助などの国際協力を行うのかの理由が見えてきます。実際に、外務省は、日本の食料援助の実施目的として「紛争予防」、「開発途上国の安定」を挙げています。
【参考文献】
・Hendrix, C and Brinkman, H. (2013) “Food Insecurity and Conflict Dynamics: Causal Linkages and Complex Feedbacks” Stability International Journal of Security & Development.
・Melanie Sommerville, Jamey Essex & Philippe Le Billon. (2014) ”The Global Food Crisis’ and the Geopolitics of Food Security” Geopolitics.
・大和総研(2023)『食料危機がもたらす新興国への影響』
・昭和館学芸部(2023)『「昭和の食の移り変わり~食卓を中心として」の概要』
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