コラム/トピックス

「食料主権」で小規模農家を主役に グローバル企業から食の決定権を取り戻す考え方とは?

[このコラムを書いた研究員]

新納 康介
専門領域
食料安全保障、マイクロファイナンス
役職名
主席研究員
執筆者名
新納 康介 Kousuke Niiro

2025.9.5

近年、アグリビジネスでは世界中で多国籍企業(orグローバル企業)が台頭し、地域の小規模農家や消費者が食の決定権を奪われる状況になっています。

その中で注目されているのが「食料主権(Food Sovereignty)」という考え方です。

食料主権は、グローバル化の波にさらされる小規模農家や地域コミュニティが、自分たちの手で食料政策を決定し、持続可能な食料システムを築く権利を主張する運動です。

そこで、食料主権の背景や原則、小規模農家や地域社会が食の未来を取り戻すための世界や日本での動向を、わかりやすく解説します。

この記事の
流れ
  • 「食料主権」誕生の背景
  • 食料主権の6つの原則
  • 国際的な食料主権のムーブメント
  • 日本における食料主権の動き
  • まとめ

「食料主権」誕生の背景

1990年代以降、WTOやIMFが貿易自由化や各種規制緩和を推し進め、アグリビジネスにおいては多国籍企業が台頭するなど、新自由主義(規制緩和、民営化、自由貿易)による食料安全保障に向けたアプローチが進められました。しかしながら、その結果、開発途上国の農業は衰退し、それらの国の飢餓の解決に至ることもありませんでした。

そのような中、1996年に国際小農連帯組織であるLa Via Campesina(ラ・ビア・カンペシーナ:農民の道)が、世界食料サミットにおいて「食料主権」の概念を国際的に初めて提唱しました。この狙いは、グローバル化の中で先進国の大企業に支配されつつある途上国の農業の生産、分配、消費のあり方を終焉させ、代わって現場の農業者、とりわけ小農業者、小作農、女性、その土地の民族の、農業と食料に関する「決定権」の回復を目指すことにありました。

そういう経緯から、食料主権は、単なる国家間の政策ではなく、グローバル化の中で脆弱な立場に置かれた農民や消費者が、自分たちの食料のあり方を自分たちで決めるという草の根の運動としての側面があります。

食料主権の6つの原則

食料主権には、以下の6つの主要な原則があります。

  1. 食料は人権である:食料は市場の商品ではなく、すべての人にとって基本的な人権である。
  2. 小規模生産を重視する:小規模農家、漁民、牧畜民などの生産者が食料システムの中心になるべきである。
  3. 環境を尊重する:生態学的に健全で持続可能な農業を推進し、生物多様性を守ること。
  4. 地域経済を強化する:地元の生産者と消費者を結びつけ、地域に根ざした食料システムを構築すること。
  5. 地域社会を尊重する:食料生産における文化的な多様性を尊重し、伝統的な知識や技術を保護すること。
  6. 食料政策を民主的に管理する:消費者や生産者が食料政策の決定に参加する権利を持つこと。

国際的な食料主権のムーブメント

食料主権は、誰が食料を生産し、どのように分配するかというプロセスに焦点を当て、自国の農業を保護し、地元の生産者が持続可能な方法で食料を供給する権利を重視するものです。この概念は世界で多くの小規模農家、先住民、漁民、農業労働者などに支持され、特にラテンアメリカやアフリカ、アジアの多くの国で、現地コミュニティの自給自足と権利を主張する形で根付きました。前述のLa Via Campesinaは、現在81ヵ国に180の地域組織を擁し、2億人の小規模生産者を代表するまでに成長しました。

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現在、エクアドル、ボリビア、ニカラグア、ベネズエラ、ネパール、ブータン、マラウィ、マダガスカルといった国が、食料主権あるいはその原則を憲法に謳っています。また、イタリアには「農業・食料主権・森林省(Ministero dell'agricoltura, della sovranità alimentare e delle foreste)」、フランスには「農業・食料主権省(Ministère de l’agriculture et de la souveraineté alimentaire)」が設置されています。

日本における食料主権の動き

日本政府は食料主権という言葉を公式に使うことはなく、食料安全保障を政策の柱としています。しかし、日本では、La Via Campesinaに加盟している農家の団体があるように食料主権の考え方に共感を示す人もいます。特に、食の安全や環境問題に関心を持つ消費者、小規模農業を営む農家、農業関連のNGOなどの間で、地域に根ざした食料システムや持続可能な農業の重要性が議論されています。具体的には、以下のような動きがあります。

  1. 地産地消の推進: 地元で生産された農産物を地元で消費する運動が盛んです。これにより、食料輸送にかかるエネルギーを減らし、地域経済を活性化させることを目指しています。
  2. 有機農業の拡大: 環境負荷の少ない有機農業への関心が高まり、生産者と消費者が直接つながるマルシェ(市場)などが各地で開かれています。
  3. 食育の普及: 子どもたちに食の大切さや、食料がどこから来ているのかを教える「食育」が推進されています。

これらの取り組みは、食料主権が掲げる「環境の尊重」や「地域経済の強化」といった食料主権の原則と重なる部分があります。

まとめ

最近では、日本国内におけるコメ価格上昇にともない、比較的安価な輸入米がスーパーの棚に並ぶようになりました。また、農林水産省が目論む食料自給率向上とは裏腹に、農業の担い手不足が指摘されています。そのような状況である今こそ「食料主権」の考え方を見つめる意義があると思います。

【参考文献】
髙橋敏也(2012)『食料安全保障への2つの規範的アプローチとその可能性:飢餓・栄養不良問題での食料への権利(the right to food)と食料主権(food sovereignty)』
久野秀二(2011)『世界食料不安時代の到来と食料主権』
Marsha Echols(2024)”Does Food Sovereignty Promote National Food Security?”, Columbia Journal of International Affairs
La Via Campesina(1996)” The Right to Produce and Access to Land”
La Via Campesina ホームページ

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