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人的資本開示におけるガバナンスとリスク管理 ~SSBJ基準の適用を見据えた現状・課題と好事例の紹介~【RMFOCUS 第94号】

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[このレポートを書いたコンサルタント]

徳永 満博(左)、椿 健人(右)
会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
部署名
リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第四部
人的資本・健康経営グループ
執筆者名
上席コンサルタント 徳永 満博(左) Mitsuhiro Tokunaga
コンサルタント 椿 健人(右) Kento Tsubaki

2025.7.1

要旨
  • 有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示基準として採用が見込まれるSSBJ基準が2025年3月に公表され、最短では2027年3月期からプライム上場企業の一部に適用される見通しである。
  • 個別のテーマ別基準が未策定の人的資本に関しても、SSBJ基準を適用する場合には、一般基準の四つのコア・コンテンツである「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」に沿った開示が求められる見込みである。
  • そのうち、人的資本に関する「ガバナンス」「リスク管理」は開示だけでなく取組実態も不十分であることがうかがえ、さらなる高度化が今後の課題になる。
  • 本稿では、SSBJ基準の適用を見据えて、人的資本における「ガバナンス」「リスク管理」の取り組みをどのように進め、また開示に備えていくべきか、「人的資本調査2024」1)の企業の取組実態を踏まえ、課題の提示や好事例の紹介を行う。

1. SSBJ基準の概要と人的資本開示への影響

(1) SSBJ基準の概要

2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、日本初のサステナビリティ開示基準となる、次頁表1の三つの基準(以下、「SSBJ基準」)を公表した。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が定める世界的な共通ルールとなるIFRSサステナビリティ開示基準(以下、「ISSB基準」)の日本版として、整合性を保つことを基本方針として策定された。

金融商品取引法に基づく有価証券報告書上のサステナビリティ開示基準としてSSBJ基準の適用対象企業や適用時期などについては、金融庁の金融審議会に設置された「サステ ナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」にて議論され、最短で2027年3月期からプライム上場企業の一部(時価総額3兆円以上)から適用を開始し、将来的にはプライム市場に上場する全企業を対象に適用することが検討されている3)

なお、今回、テーマ別基準として気候関連のみ公表されたが、ISSBでは、次のテーマ別基準の策定候補として、①生物多様性、生態系および生態系サービスと②人的資本の二つを検討している。これらは現時点でテーマ別基準を策定することが確定してはいないものの、気候関連基準に次ぐテーマ別基準としてこれらが策定された場合、SSBJにおいても、同様の内容を取り込むことが想定される。

【表1】SSBJ基準を構成する三つの基準

構成 目的・位置付け
サステナビリティ開示ユニバーサル基準
「サステナビリティ開示基準の適用」(以下、「適用基準」)
サステナビリティ情報開示に関する基本的な事項や全体像として、全体に関わる概念的な内容や情報開示の基本原則などを定める
サステナビリティ開示テーマ別基準第1号
「一般開示基準」(以下、「一般基準」)
サステナビリティ関連のリスクおよび機会に関して開示すべき事項(コア・コンテンツ)について定める。個別のテーマ別基準が存在しない場合に適用する
サステナビリティ開示テーマ別基準第2号
「気候関連基準」(以下、「気候基準」)
気候関連のリスクおよび機会に関する情報の開示について定める。現時点で唯一のテーマ別基準として適用する

(出典:参考文献2)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

(2) SSBJ基準における人的資本開示

三つの基準のうち一般基準は、「財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかの意思決定に有用な、当該企業のサステナビリティ関連のリスクおよび機会に関する情報の開示について定める」ことを目的とする。一般基準はサステナビリティに関する個別のテーマ別基準が定められていない場合に適用されるが、人的資本についてSSBJ基準に従って開示する場合には、テーマ別基準としてこれが発表されるまでは、一般基準に従って開示することになる。具体的には、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の四つの「コア・コンテンツ」(表2)に基づく開示のルールが定められている。

【表2】一般基準におけるコア・コンテンツと主な開示要求事項(SSBJ基準)

コア・コンテンツ 開示要求事項
ガバナンス
  • リスクおよび機会の監督に責任を負うガバナンス機関または個人
  • リスクおよび機会をモニタリングし、管理し、監督するために用いるガバナンスのプロセス、統制および手続きにおける経営者の役割
戦略
  • 企業の見通しに影響を与えると合理的に見込みうるリスクおよび機会
  • リスクおよび機会が企業のビジネス・モデルおよびバリュー・チェーンに与える影響
  • リスクおよび機会の財務的影響(定量・定性)
  • リスクおよび機会が企業の戦略および意思決定に与える影響
  • リスクに関連する企業の戦略およびビジネス・モデルのレジリエンス(不確実性に対応する企業の能力)に関する評価(定量・定性)
リスク管理
  • リスクを識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセスおよび関連する方針に関する情報
  • 機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセスに関する情報
  • 上記のリスクおよび機会に関するプロセスが、全体的なリスク管理プロセスに統合され、用いられている程度、ならびにその統合方法および利用方法に関する情報
指標及び目標
  • 企業の見通しに影響を与えると合理的に見込みうるリスクおよび機会に関する指標(適用されるSSBJ基準が要求する指標など)
  • 戦略的目標の達成に向けた進捗をモニタリングするために設定した目標および企業が活動する法域の法令により満たすことが要求されている目標

(出典:参考文献2)を基にMS&ADインターリスク総研作成)

2. 人的資本における現行の開示ルールと課題

(1) 有価証券報告書における開示とSSBJ基準との差異

我が国の上場企業は、2023年1月31日に公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」において、有価証券報告書上の「サステナビリティに関する考え方及び取り組み」欄におけるサステナビリティ情報の開示が義務化されている。この有価証券報告書における現行の開示ルールの中でも、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の四つの構成要素に基づく開示が求められており、SSBJ基準の四つのコア・コンテンツと開示の枠組みは整合している。しかしながら、現行の開示ルールではこれら四つの枠組みにおける各開示事項は抽象的な定めになっているのに対して、SSBJ基準ではより具体的な開示事項を定めていることから、現行の開示ルールに適合しているだけでは必ずしも十分とはいえない。

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