コラム/トピックス

南海トラフ地震の発生確率の本質を考える

[このコラムを書いたコンサルタント]

長島 睦
専門領域
災害(火災、地震、風水災等)
リスク診断・コンサルティング
役職名
関西支店 
リスクマネジメントグループ 
マネジャー・上席コンサルタント
執筆者名
長島 睦 Atsushi Nagashima

2025.11.25

2025年9月に地震調査研究推進本部から「南海トラフ地震活動の長期評価」について一部改訂が公表され、南海トラフ地震の発生確率が見直された。

南海トラフ地震の発生確率について、これまでは過去の地震規模(隆起量)や発生間隔等をもとに、今後30年以内に地震が発生する確率を「80%程度」としていたが、計算方法を見直したうえで、次の2種類の計算結果が示されている。

  • すべり量依存BPTモデル(地震発生間隔と隆起量データを用いた計算方法)では「60~90%程度以上」
  • BPTモデル(多くの海溝型地震で採用されている発生間隔のみを用いた計算方法)では「20~50%」

これら2つの確率値は大きく違っているように思われるかも知れない。しかし、今回の発生確率の見直しに際して、地震調査研究推進本部が公開した資料において、いずれのモデルによる評価結果とも、Ⅲランクに該当する(わが国では今後30年以内の地震発生確率に基づきランク分けを行っており、海溝型地震の場合、確率の値が26%以上の場合、最も高い「Ⅲランク」に該当すると整理している)ことが言及されている。また、防災対策の推進等に際して、具体的な確率の数値を示す必要がある場合は、「疑わしいときは行動せよ」等の考え方に基づいて、「今後30年以内で60~90%程度以上」を強調することが望ましいとも言及している。

ご存じのとおり、南海トラフは、東は駿河湾から西は日向灘にかけて広がる大陸プレートと海洋プレートの広大な境界面であり、過去1400年間では約90~270年の間隔で繰り返し大きな地震が発生している。南海トラフ沿いに発生した地震としては、1605年の慶長地震、1707年の宝永地震、1855年の安政地震、および近年発生した昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(1946年)が該当する。現在は、昭和南海地震の発生から既に79年が経過しており、いつ発生しても全くおかしくない状況であることに変わりはない。

阪神淡路大震災以前、地震の専門家は関西圏に多数の断層があることを知っていた一方、一般の人々はそのようなことを知らず、「関西は地震の起こらない地域」という誤った認識を持ってしまっていたことがあった。その反省から、正しくリスクを把握してもらうために地震の発生確率の公表が始まった。今回、公表された2つの地震の発生確率は、数字だけに着目すると大きく違っているように感じるかもしれず、BPTモデルに基づき算出された「20~50%」という数値を引き合いに出し、南海トラフ地震の発生リスクは小さくなったと感じる方も少なくないかもしれない。しかし、本質的なメッセージは、計算方法の見直し以前から変わらず、「南海トラフ地震の発生は差し迫っている」ということである。

「リスクを正しく把握してもらう」という目的から始まった「地震の発生確率の公表」ということを踏まえると、国に対しては、より分かりやすい情報発信の在り方を検討いただきたいと考えるが、一方で、各読者におかれては今回示された2つの数字に惑わされることなく、メッセージの本質を理解いただくとともに、事業者の方々は、従業員やその家族の安全確保と事業継続の道について、いま一度思いを巡らし、「今そこにある危機」に備えていただきたい。

(2025年11月6日三友新聞掲載弊社コラム記事を転載)

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