民間企業において求められる自然災害への備え ―リスクを正しく把握し、主体的に判断する力を―
[このコラムを書いたコンサルタント]

- 専門領域
- 地震工学、自然災害、建築
- 役職名
- リスクマネジメント第一部
リスクエンジニアリング第二グループ
グループ長 - 執筆者名
- 鈴木 恭平 Kyohei Suzuki
2025.12.15
日本は地震や台風など様々な自然災害のリスクを抱える国である。企業活動においては、災害による被害は事業停止、設備損傷、供給遅延などを通じて経営に深刻な影響を及ぼすため、「災害が起きても被害を最小限に抑え、早期に再開する仕組みを整える姿勢」が強く求められている。
リスクを正しく把握し、自ら判断する
自然災害への対策を検討するうえで最も重要なのは、自社が直面するリスクを正しく把握し、どの程度の被害を許容するかを自ら判断することである。
災害リスクは地域や事業内容によって大きく異なる。行政が公表するハザードマップや基準値を参照するだけでは十分ではなく、企業自らが立地条件や周辺環境を分析して自社拠点の災害特性を理解し、自社拠点に求めるべき災害対応力を自ら判断することが重要である。
たとえば地震対策では、単に「旧耐震建物を新耐震相当に補強する」だけでは十分とは言えない。日本建築構造技術者協会(JSCA)が示す耐震性能グレードの考え方が、その参考になる。JSCAは建物の耐震性能を「基準級」「上級」「特級」に分類し、建物がどの程度の地震動まで損傷せずに機能を維持できるかを、発注者と設計者が対話しながら定めることを推奨している。
つまり、企業は「どの程度の揺れまで業務継続を可能とするか」「どの程度の被害まで許容するか」を自ら考え、自社建物に求める耐震性能を自ら決定する姿勢が求められる。単に法令を満たすことを目的とするのではなく、事業の重要度・拠点の役割・想定復旧時間などを踏まえて、合理的な水準を設定すべきである。
同様に、水害対策でも主体的判断が不可欠である。国土交通省が公表した「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」では、建築主や管理者が自ら「設定浸水規模」を定め、その規模に応じた対策目標を設定することを推奨している。
企業は、例えば「浸水深50㎝までは止水板や嵩上げなどのハード対策を講じる」「それを超える規模では人命安全を最優先にして業務を停止し、避難を実施する」といった具合に、どの浸水深まで防御するか、どこからは被害を許容するかを自らの判断で明確にする必要がある。こうした判断は、行政が一律に示す基準では代替できず、自社の立地条件や施設の重要度、業務の社会的影響等を踏まえて決定されるべきである。
このように、地震・水害いずれの場合も、企業が主体的に「どこまで守るか」「どこからは被害を受け入れるか」を考えることが、真に実効性ある防災・減災につながる。リスクを正しく把握し、科学的知見と経営判断を組み合わせて自社に最適な対策水準を決めることこそが、災害対応力を高める鍵である。
企業の責任としての災害対策
自然災害への備えは、もはや一部の専門部署だけの課題ではない。総務、施設管理、経営企画などが連携し、全社的に取り組むべき経営課題である。また、企業の災害対策は単なる「防災義務」ではなく社会的責任であり、経営の持続性を守るための投資でもある。自社のリスクを科学的に把握し、どの水準まで備えるかを主体的に判断すること。これこそが、企業を真に強靭にする力である。
(2025年12月4日三友新聞掲載弊社コラム記事を転載)