自然を“測る”から、企業の行動を“つなぐ”へ ~Nature Footprintが拓く、自然関連対応の次のステージ~ 【RMFOCUS 第99号】
[このレポートを書いた専門家]

- 早稲田大学
理工学術院創造理工学部環境資源工学科 - 教授 伊坪 徳宏 氏

- MS&ADインターリスク総研株式会社
リスクマネジメント第五部長 兼 フェロー - 寺崎 康介
2026.10.2
- TNFD対応の進展を踏まえ、Nature Footprintが果たす役割と意義を整理する。
- LCA注1)を基盤に、自然への影響をバリューチェーン全体でとらえる考え方を示す。
- 種の多様性のうち個体数/種数を示す既存指標(MSA、PDF、STARなど)とE/MSY指標との違いと実務上の意味を論じる。
- 共同研究の成果と今後の社会実装、高度化の方向性を展望する。
気候変動対応に続き、企業経営における重要課題として急速に存在感を高めているのが、「自然資本」「生物多様性」である。とりわけ、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示提言が公表されて以降、多くの企業が自然関連課題の把握や評価に着手し始めている。
一方で、その実態を見ると、現時点では定性的な整理やハイレベルなリスク把握にとどまるケースも少なくない。自社拠点周辺の自然関連課題は把握できても、原材料調達を含むバリューチェーン全体で何が起きているのか、どこに重要な影響が集中しているのか、さらに何を優先して改善すべきなのかまで認識している企業は、まだ限られている。
こうした課題意識の下で開発が進められているのが、 Nature Footprint(ネイチャー・フットプリント)である。 LCA(Life Cycle Assessment)注1)の考え方を基盤に、バリューチェーン全体にわたる自然への影響を定量的に把握し、さらに生産拠点や原材料生産地などの位置情報を踏まえて重要な地域や事業プロセスを見極めることを可能にする。単なる開示のための評価にとどまらず、産業界、金融機関、消費者、行政など、多様な主体の対話と行動の軸になることが期待されている。
MS&ADインターリスク総研は2023年より、LCA研究の第一人者である早稲田大学の伊坪徳宏教授と共同研究を進め、Nature Footprintの重要な要素の一つである、拠点のロケーション情報に基づく土地改変による絶滅リスク算定の実現に取り組んできた。その成果は2026年6月に環境科学分野のトップジャーナルであるEnvironmental Science & Technology誌に掲載されたほか、「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム」(BRIDGE)注2)のもと2024年10月から1年半にわたり実施された「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」でも基盤技術として活用されている。今後はいよいよ本格的な社会実装に向けたフェーズに移行することを目指している。
なぜ今、Nature Footprintなのか。従来手法と何が違うのか。そして、企業、金融機関、社会の対話と変革のための意思決定プロセスをどう変えていくのか。伊坪教授と、MS&ADインターリスク総研の寺崎が対談した。
1.TNFD以降、自然関連対応は次の段階に入った
寺崎)最近、企業の自然関連対応は明らかに次の段階に入ってきたと感じています。少し前までは、CSR的な取り組みの延長線上で語られることも多かったと思いますが、今はそうではありません。TNFDの開示提言が公表されて、企業も自然関連課題の評価に動き始めています。しかし、重要なのは「開示のためにどう整えるか」だけではなくて、その先で企業として何を把握し、どう対話し、どこを変革していくのかだと思っています。
伊坪教授)まさにその通りですね。開示は一つの入口ではありますが、本質はそこではありません。自然関連課題について、企業、金融機関、行政、消費者といった多様な主体が、何を基準に議論するのか。その共通の評価軸になる情報が必要です。
2026年7月に熊本で行われたグローバル・ネイチャーポジティブ・サミットでも、政府との連携の下で開発してきたNature Footprintを産業界に実装していくという取り組みに対して、非常に大きな反響がありました。特に、産業界から消費者へ、あるいは金融機関へ情報発信していくうえで、その共通の評価軸になる手法が求められていることを強く感じました。
寺崎)評価手法が単なる分析ツールではなく、社会の中でいろいろな主体をつなぐ“共通言語”になるということですね。
伊坪教授)はい。自然関連課題は、特定の企業だけで完結するものではありません。上流の生産現場、下流の消費、資金を供給する金融機関、地域社会、政策とのつながりの中で見ていかないといけない。だからこそ、科学的でありながら、多様な主体が共有できる評価手法が必要になるわけです。
2.共同研究の出発点 ―LCAに“場所”の解像度を持ち込む
寺崎)私たちが2022年に伊坪先生に共同研究の相談をした際の問題意識も、まさにそこにありました。従来のLCAはバリューチェーン全体を評価できる非常に強力な考え方ですが、 CO2排出は1トンあたりの気候変動への影響量は全世界で共通です。生物多様性についても、被害係数注3)(たとえば土地を1ha改変した場合の生物種の絶滅リスクへの影響量)は国単位で値が決まっていました。一方で当時は草案段階だったTNFD提言を踏まえれば、自然関連課題を扱うには、より高解像度 で「どこで土地改変や資源利用などのインパクトが生じているか」を考慮することが極めて重要になります。
たとえば原材料調達でも、同じ作物であっても、どこの農地でつくられているのか、どこの森林を改変したのかによって、生物多様性への影響は大きく変わる。そこで、原材料生産地などのロケーション情報を踏まえて自然影響を測る「ロケーションベースLCA」を構築すべき、というのが共同研究の最初の出発点でした。
伊坪教授)寺崎さんからの提案は非常に重要でした。従来のL CAでは、ライフサイクル全体を幅広くカバーすることが優先されてきた一方で、原材料調達地や農地、森林、工場立地といった 「場所」に起因する影響の解像度を十分に高めきれていなかった側面があります。
しかし、自然への影響を考えると、まさにその部分が重要になる。農地が違えば影響は異なるし、森林の場所が変われば影響も変わる。自然関連課題では、地域的な解像度を高めることの重要性が一気に高まったわけです。
寺崎)最初は土地改変のインパクトに絞った被害係数の共同研究から始まりましたが、そこからBRIDGEでの「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」に広がっていった流れも大きかったですね。
伊坪教授)そうですね。MS&ADインターリスク総研との共同研究で、まずロケーション情報に基づく土地改変評価の重要性と実装可能性が見えてきた。すると次に、土地だけでなく、水や気候変動も含めて、自然生態系に対する影響をより包括的に見ていく必要があるという認識がはっきりしてきました。
その開発を一気に加速するために、政府との連携の下で、 BRIDGEへと展開していったわけです。産学官の枠組みの中で、多様な専門家とともに開発を進めることができたのは非常に大きかったと思います。
3.Nature Footprintとは何か ―LIMEを発展させた統合的な枠組み
寺崎)Nature Footprintは、カーボンフットプリントやウォーターフットプリントの延長線上で理解されることもありますが、実際にはもっと広い概念ですよね。
伊坪教授)はい。Nature Footprintは、企業活動が自然に与える影響を、できるだけ包括的に把握しようとする枠組みです。土地利用だけでなく、水利用、気候変動を通じた影響も含めてとらえる。そして、それをバリューチェーン全体で評価できるようにすることが重要です。
この開発の背景には、長年の環境影響評価手法LIME (Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)注4) の研究蓄積があります。LIMEは 1998年から、日本の環境影響を網羅的に評価することを目的に研究開発を進めてきました。2010年から始まったLIME3(図1)ではグローバルサプライチェーンの評価も視野に入れてきましたし、生物多様性や一次生産、植物成長などに関する評価の知見も積み重ねてきました。
寺崎)そこに、今回のNature Footprintでは、さらに自然関連分野の専門家の知見が加わったわけですね。
伊坪教授)その通りです。LIMEで得た知見を基盤にしながら、拠点のロケーション情報をより精緻に扱うために、生物多様性の専門家、地理情報の専門家、水資源の専門家など、様々な研究者の力を結集する必要がありました。
そうした専門家の方々に参加いただけたのは、これまでの研究を通じたネットワークがあったからこそですし、自然関連課題を本当に社会実装するには、単一分野の知見だけでは足りないという認識が共有されていたからだと思います。
寺崎) 自然の問題は、やはり一つの要因だけでは語れませんからね。
伊坪教授)ええ。環境問題は本質的に多面的です。土地利用だけ見ればよいわけでもないし、水だけでもない。しかも、それぞれの主体がバラバラの指標で議論していては、なかなか対話が進みません。
多様な主体が議論を共有するためには、ある程度統合された指標が必要です。Nature Footprintは、そうした意味でも、科学的な基盤を持ちながら、実務上のコミュニケーションを支える枠組みとして位置付けられると思っています。
4.LCAの強み ― 製品・サービスのボトムアップ評価を、企業全体の判断につなげる
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寺崎)Nature Footprintの大きな強みは、LCAの強みをそのまま自然関連評価に活かせるところにあると思っています。 LCAは、製品やサービスの評価が非常に得意です。つまり、製品やサービスを起点にバリューチェーンをたどり、ボトムアップで影響を積み上げて、統合的に評価することができる。そして、その結果を企業全体の判断材料として経営層に返していくことができる。現場の情報をボトムアップで集め、それをトップダウンのアプローチにつなげられるところが、非常に大きいと思うのですが、いかがでしょうか。
伊坪教授) まさにその点は重要です。LCAは、製品・サービス単位の評価を積み上げて、企業活動全体の姿を見せることができます。自然関連でもそれは大きな意味を持ちます。
たとえば、どの製品群が上流で大きな影響を持っているのか、どの原材料が重要なのか、どの国・地域が相対的に重要なのか。そうした情報をボトムアップで積み上げることで、企業としての優先順位を整理できるようになります。
寺崎) しかも、Nature Footprintは従来のLCAに比べて解像度の高い評価ができるので、優先順位の特定だけで終わらず、それを踏まえてサイトレベルの改善策を実行し、全体の Nature Footprint影響量の削減を図るというサイクルにつながるのも大きいですね。
伊坪教授) はい。そこが非常に大きなポイントです。たとえば、特定の調達先や拠点で改善を行ったとき、その効果がバリューチェーン全体の影響にどう反映されるのかが見える。これは企業にとって非常に重要です。
サイトレベルの改善が全体の評価に結びつかなければ、現場での努力が経営や開示の文脈で評価されにくくなってしまう。 Nature Footprintは、その接続を可能にするところに大きな意味があります。
5.拠点のロケーション情報に基づく評価が、なぜ重要なのか
今回の共同研究では、Nature Footprintの重要な要素として、拠点のロケーション情報に基づく土地改変による絶滅リスク算定に取り組みました(図2)。この点は実務的にも大きな意味があったと思っています。
伊坪教授)国レベルの平均値による評価は、全体像を俯瞰するスクリーニングには有効です。ただし、それだけでは限界があります。特に中国やアメリカのように広大な国では、場所が違えば被害係数が大きく変わることがあります。国平均で見れば、過大評価にも過小評価にもなりうるわけです。
一方で、生産拠点や原材料生産地などのロケーション情報に基づく評価ができれば、どの地域がホットスポットなのか、どこに優先的に働きかけるべきかが見えてきます。これは、評価精度の問題であると同時に、アクションの相手を明確にするという意味でも重要です。
寺崎) そこは、実務上とても大きいですね。どの国のどの地域で、誰と対話し、どう改善していくのかが見えないと、結局のところ行動につながりません。
伊坪教授) その通りです。場所が特定できると、コミュニケーションの相手が明確になります。実際にどの相手と話をし、どんな提案をし、どう改善できたのか。そこまでつながると、企業としてもストーリーを持って説明できますし、改善の定量的な裏づけも持てます。
また、すでに調達デューデリジェンスなどでトレーサビリティを高めている企業にとっては、その取り組みが全体評価の改善にどうつながったのかを示せる点でも大きいと思います。
6.既存指標との違い ― 生態系の“重要性”と“十全性”を峻別する
寺崎) 自然関連の評価では、平均生物種豊富度( MSA: Mean Species Abundance)や、種の消失割合(PDF: Potentially Disappeared Fraction)、種の脅威削減と回復(STAR: Species Threat Abatement and Restoration)など、様々な指標が使われています。ここは読者の関心も高いところだと思いますが、Nature Footprintとの違いをどう整理すると分かりやすいでしょうか。
伊坪教授) まず重要なのは、何を示す指標なのかを混同しないことです。近年、国際的にもNature Positive Initiative(NPI)が開発しているSoN(State of Nature)、すなわち 「自然の状態指標」に関する議論が進んでいますが、その中でも「生態系の状態や十全性を見る指標」と、「どこが重要かを示す指標」は、分けて考える必要があります。
この観点で見ると、MSAやPDFは、生態系の十全性や状態変化を示す指標です。どの程度、生態系の健全性が損なわれているのかを把握するうえでは有用です。しかし、これらは生物多様性の重要性を実質的に示す指標ではない。経営上、どこを優先すべきか、どこがより重大かを見極めるための指標としては限界があります。
寺崎) MSAは個体数ベースで生態系の完全性や十全性を見ている指標ですし、PDFも種を対象にしているとはいえ、以下の定義を踏まえるとMSAとかなり似た振る舞いとなります。 MSAやPDFは、ツンドラや砂漠のようなあまり人の手が入っていないがそもそもの生物種数が少ない場所の値が高くなる一方、開発の脅威に曝されている熱帯林などは、種数の絶対値は非常に多いにもかかわらず値が低くなる傾向があります。そのため、重要性を直接示す指標とは言いにくいという課題があります。
伊坪教授) そうです。その意味で、生物多様性の重要性を実質的に示しうる指標として中心になるのは、E/MSYとSTARだと考えています。
E/MSYは、Extinctions per Million Species-Yearsの略で、日本語では「100万種年あたりの絶滅種数」と表現できます。絶滅リスクを共通の尺度で表す考え方で、どれだけ種の絶滅リスクが高まるのかを把握しやすい。
またSTARは、種の脅威軽減や回復可能性に着目した指標として有用です。
寺崎) そのうえで、E/MSYを採用された背景には、国際的な共通言語としての位置付けも大きかったとうかがっています。
伊坪教授) はい。LIMEでは、EINESという日本独自の絶滅リスク指標も提案してきました。ただ、Nature Footprintをグローバルなコミュニケーションツールとして考えるなら、日本独自の指標に閉じるより、国際的に通用する指標を選ぶことが重要でした。
E/MSYは、第6の大量絶滅の議論や、ミレニアム生態系評価、プラネタリー・バウンダリーの文脈でも使われてきた考え方で、科学的にも社会的にも理解されやすい。ビジネスの世界でも、対外的な説明や社内議論に使いやすい指標だと考えています。
7.ポートフォリオ、事業、サイト単位の評価をつなぐ
寺崎) 自然関連課題の評価や意思決定は、金融機関の投融資ポートフォリオレベル、個別企業の事業や製品バリューチェーンレベル、個別の工場や生産地域などのサイトレベルという様々な粒度で行われます。Nature Footprintは、サイトレベルの評価に用いるにはさらなる解像度の向上が必要ですが、ポートフォリオ、事業・製品、サイトレベルの評価をつなぐ共通指標として活用することができると思います。
その意味では、2025年にIUCN(国際自然保護連合)が発表したRHINO(Rapid High-Integrity Nature-positive Outcomes)アプローチ注5)は参考にすべきコンセプトモデルかと思います。RHINOアプローチはSTAR指標を用いたポートフォリオ、バリューチェーン、サイトレベルのそれぞれの粒度における評価のあり方を提示しています。一方、そこで採用されているSTAR指標について、Nature Footprintとの違いはどこにあるでしょうか。
伊坪教授) IUCNのRHINOアプローチは、企業がSTAR指標を活用しながら評価、行動計画、実行を進めるうえで、有用な実務枠組だと思います。ただし、主に扱っているインパクトドライバーは、陸域の土地利用です。種に脅威をもたらす要因は、いろいろと整理されていますが、基本的には複数の脅威要因が並列に置かれるため、何が最も大きな問題なのかを特定しにくい面があります。
寺崎) そこは実務上かなり重要ですね。論点が並列されているだけだと、企業はどこから着手すべきかが見えにくい。
伊坪教授) その点、Nature Footprintでは、土地利用、水利用、気候変動のそれぞれがどれだけ寄与しているかを分解して示すことができます。つまり、「自然への影響が大きい」という結論だけではなく、何が主要因なのかが分かる。
土地利用が主因なら調達や土地管理に焦点を当てればよいし、水が主因なら流域管理や使用量改善、気候が主因なら脱炭素施策との接続が重要になる。そうした具体的な改善方向まで見えてくるところが大きな違いです。
寺崎) 確かにNature Footprintでは、その河川流域で水を 1㎥使用することで、どの程度の生物多様性影響があるかが定量的にわかります。そこはLCAをベースに開発された手法の強みといえるかと思います。それによって可視化にとどまらず、ガバナンスや改善施策の優先順位づけにつながるということですね。
伊坪教授) その通りです。企業が必要としているのは、抽象的な危機感ではなく、何をどう改善すべきかにつながる情報だと思います。
8.産学官連携で生まれた意義 ― 産業、金融、自治体、消費者へ広がる軸になる
寺崎) 今回のBRIDGEにおけるNature Footprint実証事業は、大学・研究機関だけでなく、多数の企業、金融機関が参加し、さらには政府との連携のなかで発展してきた点にも大きな特徴があります(表1)。こうした産学官・金融連携の意義は、どこにあるとお考えですか。
| 代表組織 | 環境省 早稲田大学 株式会社価値総合研究所 |
|
|---|---|---|
| テーマ1 | 早稲田大学 国立研究開発法人産業技術総合研究所 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所総合地球環境学研究所 東北大学 京都大学 関西学院大学 |
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| テーマ2 | 代表機関 | 株式会社価値総合研究所 |
| 参画機関 |
政策研究大学院大学 株式会社日建設計 株式会社日建設計総合研究所 味の素株式会社 トヨタ自動車株式会社 積水化学工業株式会社 住友林業株式会社 株式会社資生堂 AGC株式会社 JX金属株式会社 太平洋セメント株式会社 パナソニックホールディングス株式会社 日本電気株式会社 日本製紙株式会社 鹿島建設株式会社 清水建設株式会社 大成建設株式会社 本田技研工業株式会社株式会社 日立製作所 セイコーエプソン株式会社 住友化学株式会社 株式会社LIXIL 農林中央金庫 MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 三菱UFJ信託銀行株式会社 株式会社三井住友銀行 株式会社しずおかフィナンシャルグループ株式会社 常陽銀行 株式会社SuMPO NEXT 一般社団法人サステナブル経営推進機構 TCO2株式会社 MS&ADインターリスク総研株式会社 |
(出典:BRIDGE 金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業ホームページ2)を基にMS&ADインターリスク総研作成)
伊坪教授) 非常に重要な点だと思います。自然関連課題は、ある一社が単独で解決できるものではありません。素材メーカー、組立産業、食品、建設、電機といった多様な産業がつながっていて、そこに金融機関、自治体、消費者も関わる。
そうした中で、同じ評価手法の下で結果を共有できれば、バリューチェーン全体で何を下げていくべきか、どこに新しい価値があるのかについて、異なるセクターの人たちが共通の土台で話すことができます。
寺崎) 金融機関にとっても、その意味は大きいですね。
伊坪教授) はい。ただし事業会社が評価して開示した結果を金融機関が見るだけというものではありません。評価方法として、バリューチェーン全体を含めた形で使えるようになれば、金融機関側でもポートフォリオ分析や案件評価への活用が広がっていきます。
つまり、事業会社と金融機関が同じ基盤の上で議論できるようになることが重要なのです。そこに、この手法の社会的な意味があると思います。
寺崎) 企業側としても、自社だけの開示対応に閉じるのではなく、サプライヤー、顧客、金融機関、地域との対話まで視野に入れて使えるというのは大きいですね。
9. 国レベルの俯瞰から、解像度の高いロケーション情報ベースの深掘りへ
寺崎) 企業にとって、導入のしやすさも重要です。その点で、まず国レベルの被害係数で全体を俯瞰し、そのうえで重要な原材料や地域についてロケーション情報ベースで解像度高く深掘りしていくという二段階の考え方は、非常に実務的だと思っています。
伊坪教授) おっしゃる通りです。最初からすべてを詳細にやる必要はありません。まず国レベルの解像度でライフサイクル全体を見て、どの原材料のどの国が重要かを把握する。そのうえで、重要性の高い対象について、実際の調達地や栽培地、拠点情報を踏まえて評価精度を高めていく。
この二段階のアプローチにより、導入のハードルを抑えながら、必要なところではしっかり深掘りできます。
寺崎) しかも、その深掘りが、トレーサビリティの取り組みや調達デューデリジェンスともつながりますね。
伊坪教授) はい。これまで企業が個別に取り組んできたトレーサビリティや是正措置が、定量的な改善として全体評価にどう効いたのかを見せられるようになります。そこは実務上非常に大きいと思います。
10.普及と高度化を同時に進める ―コンソーシアムとガイダンスの役割
寺崎) 今後の普及については、どのように進めていくお考えでしょうか。
伊坪教授) 基本的には、普及と開発を並行して進める考え方です。Version1で終わりではなく、使ってもらいながら改善していく。そのためには、利用者と開発者が継続的に意見交換できる場が必要です。
そこで、Nature Footprintコンソーシアム注6)の設置を進めています。ユーザーが実際に使ってみて、その結果や解釈を開発者と議論し、フィードバックを得ながら手法を改善していく。そうしたアジャイルな形で発展させていきたいと思っています。
寺崎) 2026年11月には「ネイチャーフットプリント—自然・生物多様性に注目したライフサイクル評価の開発と活用—」の発刊も予定されていますね。
伊坪教授) はい。国レベルの評価係数もあわせて公開する予定です。これにより、企業はCO2排出量、水消費量、土地利用面積等の既存データを用いて、生物多様性リスクを算定可能となります。また、LCAソフトウェアへの実装も進めており、カーボンフットプリント用に入力したデータを活用して、Nature Footprint評価も進めやすくする方向です。
これにより、まずは既存のLCAの枠組みの中で自然影響評価を始めてもらい、その中で重要なものを深掘りしていく、という流れが作りやすくなると思います。
寺崎) Version1が公開されることで、いよいよ実務活用が本格化していくわけですが、一方で手法としては今後さらに高度化していく余地も大きいですよね。現時点で、どのような発展方向を考えていらっしゃいますか。
伊坪教授) はい。現時点のNature Footprintは、実務に使える形として大きな前進ではありますが、もちろん完成形ではありません。今後の高度化の方向としては、まず評価対象となる生物群の拡大が挙げられます。現在は哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、植物といった分類群を中心に評価していますが、今後は昆虫や土壌生物なども含めていく必要があります。
また、水域に関する影響評価も、Version1では一定の対応を行っているものの、今後さらに充実させる余地があります。土地利用、水利用、気候変動に加え、外来種や乱獲といったインパクトドライバーについても、同じ枠組みの中で扱えるようにしていくことが重要です。
空間解像度の向上も大きなテーマです。現在は0.25度メッシュ(約27km四方)をベースに評価していますが、AIや環境DNAなど新たな技術も活用しながら、より詳細なロケーション情報に対応できる方向へ発展させていきたいと考えています。
寺崎) 実務に使えるVersion1を出発点としながら、対象範囲も精度も今後さらに広がっていくということですね。多くの企業がNature Footprintコンソーシアムに参加することを期待しています。
11.MS&ADインターリスク総研が果たす役割 ― 共同研究の成果を、実務の力へ
寺崎) MS&ADインターリスク総研としては、伊坪先生との共同研究を通じて、Nature Footprintの実務実装に必要な知見を蓄積してきました。MS&ADインターリスク総研はすでに企業のTNFD開示や自然関連リスクマネジメントに関する多数の支援実績がありますが、今後はこの成果をもとに、より定量的かつ一貫性のある評価と、それに基づく移行計画の策定・実行支援まで含めたサービスへ発展させていきたいと考えています。
伊坪教授) 研究は、使われて初めて社会的な価値になります。その意味で、MS&ADインターリスク総研のように、企業の現場と向き合いながら実務化を進められるパートナーの存在は非常に大きいと思っています。
共同研究から始まった取り組みが、BRIDGEで加速し、さらに今後は企業や金融機関での活用へと広がっていく。その流れ自体が、この手法の価値を高めていくのだと思います。
寺崎) 私たちとしても、この分野は単なる新しい評価サービスではなく、今後の企業経営や金融のあり方に深く関わるテーマだと考えています。だからこそ、先行的に取り組み、産業界の実装を支える存在でありたいと思っています。
12.その先にあるもの ― 気候・自然・社会をつなぐ統合評価へ
寺崎) 近年は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFDに加え、TISFD(不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)などの社会面も含めた開示や評価の議論が広がってきています。気候、自然、さらには社会やWell-beingまで含めて、企業活動をより統合的にとらえる必要性が高まっていると感じます。この点について、LCAの今後の可能性をどのようにご覧になっていますか。
伊坪教授) 非常に重要な視点だと思います。これまでLCAは主として環境面に注目して発展してきましたが、本来は意思決定を支えるための評価手法ですので、将来的には気候・自然・社会をより包括的にとらえる方向に進んでいくべきだと考えています。
実際、社会LCAについても国際規格が整備されつつあり、私たちも教育影響を対象とした評価手法を提案し、すでに論文として採択されています。今後は、教育に限らず、貧困やジェンダーなども含めた社会影響へと対象を広げ、より包括的な意思決定支援手法へ発展させていくことが重要です。
そうした意味で、Nature Footprintも単独の自然評価手法として完結するのではなく、将来的には気候や社会、さらには Well-beingも含めた統合的な評価の一翼を担うものになっていくと考えています。
寺崎) 企業のサステナビリティ経営においても、個別テーマごとの対応から、それらをどう横断的に意思決定につなげるかが問われる段階に入ってきています。Nature Footprintは、その先の統合的な議論につながる基盤としても期待できそうですね。
13.対談を終えて:Nature Footprintが実務を前に進める
自然関連対応は、もはやCSRの周辺領域ではない。サプライチェーン、地域との関係、金融との対話、企業価値、さらには社会全体の持続可能性に関わる重要テーマである。
そして、その議論を前に進めるためには、定性的な認識だけでは足りない。どこで、何が、どれだけ影響しているのかを可視化し、多様な主体が共有できる評価軸にする必要がある。
Nature Footprintは、まさにそのための実務基盤である。土地利用、水利用、気候変動の寄与を統合的にとらえることができ、さらに、LCAのインベントリデータとの接続が容易で、ポートフォリオやバリューチェーンの評価において、国レベルの俯瞰から、より解像度の高いロケーション情報に基づく深掘りまでつなげられる。そこに、Nature Footprintの独自性がある。
伊坪教授とMS&ADインターリスク総研の共同研究は、その実装に向けた重要な一歩となった。
見えなかったものを見えるようにする。さらに、その情報を産業、金融、行政、消費者の対話へとつなげていく。Nature Footprintは、その起点になりうる。
参考文献・資料等
1)R.Liu, H.Ohashi, A.Hirata, L.Tang, T.Matsui, K.Terasaki, N.Itsubo,“Location-Based Damage Factors to Assess the Impact of Future Land-Use Changes on the Biodiversity Extinction Rate”, Environmental Science & Technology, 60 (26), Washington, DC: American Chemical Society, 2026, pp.18608-18620, DOI: 10.1021/acs.est.6c02140(最終アクセス2026年8月25日)
<https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.6c02140>
2)早稲田大学・株式会社価値総合研究所「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE) 金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」(最終アクセス2026年8月25日)
<https://bridge-naturefootprint.jp/index.html>
3)SPEED研究会「ネイチャーフットプリントコンソーシアム設立について」(最終アクセス2026年8月25日)<https://speed2050.org/2026/06/09/%e3%83%8d%e3%82%a4%e3%83%81%e3%83%a3%e3%83%bc%e3%83%95%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%97%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%88%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%82%bd%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%82%a2%e3%83%a0%e8%a8%ad%e7%ab%8b%e3%81%ab/>
注釈
1)LCA(Life Cycle Assessment)とは、原料の調達から製造、流通、使用、廃棄、リサイクルに至る製品のライフサイクル全体における各段階の資源やエネルギーの投入量、排出物の量などを定量的に把握できる手法のことである。環境への影響を評価して改善に向けた取り組みを促すことが可能である
2)「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム」(BRIDGE)とは、科学技 術・イノベーション政策の方針に基づき、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の司令塔機能を生かし、各省庁の研究開発等の施策のイノベーション化を推進するプログラムのことである。その枠組みのもと、「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」が2024年10月から2026年3月まで早稲田大学主導で実施された
3)被害係数とは、環境負荷が最終的に「私たちの社会が守るべきもの」にどれだけの被害を与えるかを評価するための指標である。環境負荷によって、被害を受ける「守るべき対象」をカテゴリーに分類し、各カテゴリーに対して被害量を算定することで、環境負荷の影響を具体的で分かりやすい形で可視化することができる
4)環境影響評価手法LIME(Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)とは、信頼性と汎用性を向上した、日本初のライフサイクル影響評価手法のことである。LCA国家プロジェクト(経済産業省/NEDO/産環協)において開発された
5)RHINOアプローチとは、種と生態系の保全効果を最大化することでネイチャーポジティブを達成することを目的に、企業を含むあらゆる組織が、「どこで活動すべきか」「どのような行動をすべきか」「どのように進捗を測るべ きか」を示しているアプローチである
6)伊坪教授が主宰する「エコイノベーションとエコビジネスに関する研究会(SPEED研究会)」が、2026年9月にネイチャーフットプリントコンソーシアムを設立。同コンソーシアムのウェブサイトでは会員募集を開始している
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