コラム/トピックス

熊本の地下水をどう守る? 「ウォーターポジティブ」という新たな取組み

[このコラムを書いた研究員]

朝倉 陸矢
専門領域
自然資本
役職名
上席研究員
執筆者名
朝倉 陸矢 Rikuya Asakura

2026.9.28

皆さんが使う水道水は、どこから来ているのでしょうか?

日本では、多くの地域で河川やダムからの水が使われています。一方で、水道水に地下水をほぼ100%利用しているのが、熊本地域です。しかし、近年、半導体関連企業の進出などによる産業集積や都市開発が進む熊本では、水資源への懸念がいち早く広がっています。そこで注目されているのが、負荷をかけている以上の水資源を地域に還す「ウォーターポジティブ」という考え方です。

本稿では、熊本で始まった新たな地下水保全の取組みを紹介し、企業が水リスクにどう向き合うべきかを考えます。

この記事の
流れ
  • 熊本地域と「地下水」の深い関係
  • 熊本で進むネイチャーポジティブ ―国際サミットで新たな取組みを発表
  • 半導体関連企業の進出で高まる熊本の地下水への懸念
  • 地下水保全に「雨庭」を活用 ―グリーンインフラによる新たな取組み
  • 水リスクは企業の事業継続にどう影響するのか ―KuWP原口理事に聞く

熊本地域と「地下水」の深い関係

熊本県にある熊本地域(熊本市と周辺の10市町村)※1は、人口およそ100万人の都市圏です。この地域の特徴のひとつに、水道水のほぼ100%に地下水が利用されている「地下水都市」であることが挙げられます。同地域の暮らしと産業は、降った雨が地中にしみ込み、それが湧き出る水循環によって支えられています。それゆえに、経済の発展やそれに伴う都市化、土地利用の変化による地下水への影響は、市民生活にも大きく関わります。

こうした背景もあり、熊本地域では行政や地域住民、企業が協力しながら地下水を保全・活用する取組みが、長らく続けられてきました。

※1)熊本市、菊池市(旧泗水町、旧旭志村)、宇土市、合志市、大津町、菊陽町、西原村、御船町、嘉島町、益城町、甲佐町。白川・菊池川・緑川流域に位置し、地下水盆を共有している。

熊本で進むネイチャーポジティブ ―国際サミットで新たな取組みを発表

このように、地域社会と水循環を中心に自然が深く結びついてきた熊本市で、2026年7月に「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026」が開催されました。これは、2030年までに自然の損失を止めて、反転させる「ネイチャーポジティブ」という、国連生物多様性条約の枠組みで合意された目標の実現を目指す、国際会議です。主催者によると、2日間で世界27か国・地域から、およそ2700人が参加したそうです。

サミットと同時開催された展示会では、熊本地域の地下水保全の新たな取組みである「熊本ウォーターポジティブ・アクション」を推進する、サイドイベントも開催されました。250人を超える聴講者が詰めかけたこのイベントでは、一般社団法人「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」(以下、KuWP)の設立が発表されました。

多くの人が詰めかけ、注目度の高さを感じられた

グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026の様子
グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026の様子

撮影:筆者

半導体関連企業の進出で高まる熊本の地下水への懸念

KuWPは熊本県立大学、熊本大学、肥後銀行、サントリーホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングスが2026年4月に設立した組織です。産学金の連携による、企業・団体・個人の「ウォーターポジティブ」への取組み支援を目的としています。ウォーターポジティブについて、同団体は「流域内での土地改変や取水に伴う水への負(ネガティブ)の影響に対し、水を育む自然の保全や水源涵養※2、再生水の活用などにより、流域内に同等以上の水を還元すること※3」と説明しています。

この団体が設立された背景には、熊本地域での半導体関連企業の進出と、それに伴う開発による地下水への懸念があります。では、なぜ工場進出が地下水の問題につながるのでしょうか。

もともと田畑だった土地が、舗装地や建物になると、地面に雨水がしみ込まなくなってしまいます※4。すると、地下水のもとであった雨水は、下水道や河川に直接流れ込み、豪雨の際にはその容量を超えて浸水につながる可能性もあります。

現在は、開発に伴う土地改変に対する地下水に関連した規制がなく、今後さらに200haの土地が開発されると見込まれています。従来行われてきた、大規模取水事業者への規制※5や、農村部・森林での涵養の取組み※6でカバーしきれなかった、都市部での涵養の取組みの推進を担うことがKuWPへ期待されています。

既存の制度を補完する、地下水保全の新たなアプローチ

既存の制度を補完する、地下水保全の新たなアプローチ
既存の制度を補完する、地下水保全の新たなアプローチ

出典:一般社団法人 熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター

※2)地表の水が地中へしみ込み、地下へ供給されること

※3)熊本大学、熊本県立大学ほか「一般社団法人「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」を設立」2026年5月28日

※4)熊本県立大学島谷特別教授によると、1年間の雨水の浸透量(1haあたり)は次のとおり。水田:4.8~8.4万m3、畑:1.4万m3、舗装地・建物:ほぼ0m3。

※5)1970年代以降、熊本県や熊本市によって、地下水保全に関する条例が定められてきた。2012年の「熊本県地下水保全条例」改正により、地下水採取は許可制となった。加えて、地下水使用の合理化や、涵養が義務付けられた。また、一定規模以上の取水者には、これらについての計画策定・実施状況の報告が求められるようになった。涵養量については、取水量の1割を目標とする指針も定められた。この指針は2023年に改正され、新規の地下水採取事業者は、取水量と同等量(10割)の涵養対策を行うよう義務付けられている。

※6)2003年に白川中流域にて水田湛水事業が開始。以降、事業面積が拡大しているほか、畑地・森林・草地の保全などへと取組みが広がっている。

地下水保全に「雨庭」を活用 ―グリーンインフラによる新たな取組み

都市部での地下水涵養機能の低下への有効な対策に、グリーンインフラ※7があります。そのうち、KuWPでは「雨庭」の普及を促進しています。雨庭は、屋根や舗装地に降った雨水を一時的に貯留させ、地中へしみ込ませるための庭や植栽空間です※8。雨水の河川への急激な流入を防ぎ、地下水を生み出します。それ以外にも、暑熱の緩和、生態系の回復・保全など、多様な効果が期待されています。

具体的な事業としては、熊本県立大学等の研究成果※9をもとに雨庭の標準仕様を定め、設備の導入や管理の支援を実施する予定です。また、評価手法の開発による、効果や価値の見える化を目指しています。行政と連携した新たな目標策定、効果証明書の発行(涵養量取引クレジットへの発展)なども見据えており、地下水保全に向けた新たな資金の流れを生み出そうとしています。

KuWPが目指す、雨庭による地下水保全活動の仕組み

KuWPが目指す、雨庭による地下水保全活動の仕組み
KuWPが目指す、雨庭による地下水保全活動の仕組み

出典:一般社団法人 熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター

※7)グリーンインフラについて詳しくは、こちら。
「自然の力で社会課題を解決? グリーンインフラとしても話題のNbSを解説」(https://rm-navi.com/search/item/2357)

※8)集水域の面積の5%を雨庭にすることで、畑と同等の1.4万m3(1ha/年)の雨水が浸透する。

※9)科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)地域共創分野 地域共創拠点「流域治水を核とした復興を起点とする持続社会」

水リスクは企業の事業継続にどう影響するのか ―KuWP原口理事に聞く

地下水保全のような自然環境の保全・回復に、なぜ金融機関や企業が積極的に関与するのか、KuWPの理事を務める、MS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進部 フェローの原口真に話を聞きました。

――熊本の地下水保全に関わるようになった背景には、どのような問題意識があったのでしょうか。

きっかけは、熊本に半導体関連企業が進出して取水量が増えると、地下水保全が社会問題化するだろうと聞いたことです。そこで、TNFD※10のフレームワークを活用して状況を分析し、それをもとに現地の関係者の方々との対話を行いました。これが、KuWP設立につながる、熊本での有志による勉強会になりました。その後、行政等の動きをふまえて、ターゲットを「民間主導での、土地改変による涵養量減少への対策」に絞っていきました。解決策は熊本県立大学をはじめとした協働している主体の、これまでの研究や実践がもとになっています。

――水資源保全は、企業のリスク管理や事業継続にどう関わるのでしょうか。

自社が操業するうえで依存している資源を、地域のステークホルダー全体で守っていかなければ、事業は持続可能になりません。例えば、水田涵養を自社だけがやっていても、周辺の企業が無尽蔵に水を使っていれば、意味がなくなってしまいます。こうした意識は次第に高まってきています。関係する主体が共に取組めば、全体にとってのメリットを生み出せる一方で、取組まない事業者のデメリットも増えていきます。

損害保険会社としては、雨水浸透機能が低下するようなまちづくりは洪水リスクの上昇につながる可能性があり、懸念しています。下水道の整備だけでは、雨水が低地で逆流して内水氾濫を起こすリスクがあります。2026年8月に千葉県で発生した洪水のように、内水氾濫による被害は今後も発生するとみられます。企業としての立場だけでなく、地域の生活者として、安心・安全な暮らしのためにできることを考える必要があるのではないでしょうか。

――今後、全国の企業は水リスクにどう向き合うべきでしょうか。

現在、国内の各地で半導体関連企業やAIデータセンターの誘致が進んでいます。これにより、今後は熊本以外の地域でも、(地下)水の需要は高まっていくとみられます。地域の水資源が枯渇することは、自社の操業が停止するリスクにつながります。

また、能登や熊本での震災では、洪水や暑熱との複合災害が発生しました。こうした災害は企業の事業継続に、より大きな影響を与えます。今後はこうした事態に備え、自社だけでなく地域全体で対処していく必要があり、その方法のひとつとしてもグリーンインフラが有効だと考えています。

※10) TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures):自然関連財務情報開示タスクフォース。企業や金融機関が自然関連リスク・機会を管理、情報開示をするためのフレームワーク。および、その構築、推進組織。


原口 真
一般社団法人 熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター(KuWP) 理事
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 フェロー
「自然資本のリスク分析と企業経営への統合」を専門分野とし、30年以上のコンサルティング実績がある。コンサルティング業務のかたわら、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)顧問、一般社団法人いきもの共生事業推進協議会(ABINC)副会長や、国土交通省、環境省などの政策関連委員も多数歴任。2021年10月には日本人として初めてTNFDのタスクフォースメンバーに選出。2026年4月、一般社団法人熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター(KuWP)の設立に携わり、理事に就任。


【参考文献】

  • ウォーター・ポジティブへの実践を通じて熊本のネイチャー・ポジティブを考える勉強会(2024)「自然に根ざしたランドスケープアプローチに基づく多様なステークホルダーの共同行動に関する検討の初期の報告」
  • 一般社団法人 熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター〈KuWP〉(2026)「地下水を未来へつなぐ。熊本モデルが示す AI 時代の水資源と経済の両立」
  • 熊本ウォーターポジティブ事務局(2025)「熊本ウォーターポジティブ・アクション ローンチイベント説明資料」
  • 島谷幸宏(2025)「『熊本ウォーターポジティブ・アクション』発足式 講演資料」
  • 熊本大学、熊本県立大学ほか(2026)「一般社団法人『熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター』を設立」
  • 熊本県「熊本県内の地下水採取状況」『熊本県ホームぺージ』2026年6月12日
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