次のゴジラが来る前に
[このコラムを書いたコンサルタント]
-
- 専門領域
- CSR(企業の社会的責任)/リスク管理・危機管理・コンプライアンス/その他企業のリスク全般
- 役職名
- 事業リスクマネジメント部 CSR・法務グループ グループ長
- 執筆者名
- 奥村 武司 Takeshi Okumura
2017.1.26
2017年がスタートしたが、昨年を振り返ると、近年稀に見るほど映画界が活況を呈した年であった。数多くの話題作が公開されたが、リスク管理・危機管理という切り口で振り返ってみるのも面白い。
人をハラハラ・ドキドキさせるエンターテインメントの仕掛けにリスクの顕在化は恰好のネタである。宇宙飛行士が一人火星に取り残された「オデッセイ」、バードストライクによるエンジン停止で墜落の危機にある旅客機をベテランパイロットの勇敢な判断が救った「ハドソン川の奇跡」、自然災害では、彗星の落下がストーリーの核となっていた「君の名は。」。実話に基づくものもあれば、フィクションもあるが、リスクに楽しませてもらった一年であった。
そんな中でも映画「シン・ゴジラ」は、想定外の危機への対応を描いた作品として特筆すべき映画であった。普段は「怪獣映画」など観に行かない多くの大人を映画館に呼び込み、興行収入80億円を超える大ヒットとなったことも話題となった。そして企業経営者や政治家、学者も巻き込んで、熱い論争が起こった点も興味深い。「まさに東日本大震災後の日本を描いている」、「放射能を帯びたまま東京の中心で活動を停止したゴジラは、原発事故を収束できていない日本の現実そのもの」、「硬直的な組織、個の能力を生かせない描写がリアル」といった感想を持った方も多いようだ。
この映画にリアリティを感じ、同時にエンターテイメントとしてより一層楽しめたのは、3.11を経験し、そして五年が経過することで、その事実を一定客観視できるようになったこの国に住む者だからかもしれない。
一方で多くの人を引きつけたのは、映画の中に現実の課題をリアルに感じ取れたからではないだろうか?映画ではゴジラという怪獣の姿を纏っていたが、現実に起こりうる危機に置き換えた時、映画の中で描かれた混乱を繰り返さないだろうか?現場の責任者が様々な事実を踏まえて、客観的・合理的な危機のワーストシナリオを説明しても、「そんなことはあり得ない」と一蹴される劇中のシーンは再現されないだろうか?
東京の中心で凍結されたゴジラ、それが恒久的なものなのか、いつか再始動してしまうのか、謎を秘めたまま映画は終わった。そして現実の東京、日本もいつ起こるとも知れない危機にさらされている。例えば、首都圏でM7クラスの地震が今後30年以内に発生する確率は約70%とされており、ゴジラの来襲より現実味があるだろう。
一方で危機への備えは、のど元過ぎればで、優先順位が落とされがちだ。3.11後にあれほど重要性が再認識された事業継続計画(BCP)も、その後どれほどの組織で整備が完了し、定期的に見直しがされ続けているだろうか。
映画では危機に対応する政治家、官僚、専門家らが覚醒し、事実に基づく合理的な判断により難題を乗り越えた。しかし、現実には危機の最中にそんなに都合よく人は成長しない。危機への対応においては事前の態勢整備がなにより重要と言われる所以だ。
2019年にはハリウッド版の新作ゴジラ映画が公開されるとアナウンスされている。その時、我々一人ひとり、企業、そして国の危機管理能力は、ゴジラ以上に進化しているだろうか?二度目となる「シン・ゴジラ」を観ながら、そんなことが脳裏から離れなかった。
以上