リスクの“るつぼ”インド
[このコラムを書いたコンサルタント]
-
- 専門領域
- ERM(全社的リスクマネジメント)、リスクファイナンス
- 役職名
- コンサルティング第一部 ERMチーム マネジャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 高見澤 潔 Kiyoshi Takamisawa
2009.10.1
BRICSレポートや最近増えてきたテレビのインド特集番組、はては“インド式数学”のヒットなどによりインドに対する日本人の認識は高まりつつあるようだ。新聞にも日系企業のインド進出や超低価格車“タタ・ナノ”などの記事が目立つようになってきている。
かつての後進国のイメージから脱して、躍進する“新興国”の代表となったインドは、日本企業にとって最後の巨大市場となり、これからも進出を検討するところが増えると思われる。しかし、巨大な国でまだまだ日系進出企業の少ない地域であるだけに知られていないリスクも多い。
まず、進出するにあたって駐在員事務所を設置することになるが、インドは東西南北約3,000km以上に広がる広大な“亜大陸”にあり、首都ニューデリーから見ただけでは判断を誤る危険がある。
次に、日本や東南アジアと大きく異なる社会環境がある。インドは独立後長い間続いた政府主導の社会主義計画経済体制から規制緩和を進めてきてはいるが、政府機関での許認可にかかる手間と時間は予想を超える。また、悪しき社会主義の遺産として政官界の汚職の横行がある。コンプライアンスの面からも難しい問題である。また、英国統治の遺産である法体系は比較的しっかりしているものの、裁判には非常に時間がかかり大きな負担となる。
また、英国統治時代の影響か、階級差が非常に大きい社会の影響が企業内にも及んでいる。経営陣やマネージャーなどの上位職階と現場の間の“壁”は想像以上に大きく、日本の企業文化の一つである“現場現物主義”の浸透が難しく、リスク感覚の共有化が図りにくい。現地語のできない日本人にとっては、英語で意思疎通できるマネージャークラスが頼りだが、この“壁”に阻まれて情報が偏よって現場と乖離したものとなってしまうケースが多い。経営の意思伝達もこの“壁”に問題があり、多くの日系進出企業がストライキなどの労働問題を経験している。
さらに言語の問題がある。正式に公用語とされるものだけで17、インドの紙幣にはその17種類の表記がある。これらの言語はそれぞれがまったく異なり、いかにインドが多様な文化を持っているか象徴するものだ。同じ海外でも、英語と多少の現地語を使えば事足りる国や地域とは大きく異なるのである。たいていのビジネスガイドには商談は英語を使う、と書かれているが、現場ではまず通用しない。筆者がインドに駐在している間、運送会社の事故防止取組みにかかわったことがあるが、ドライバー向けの講習は全く同じ事を2人の講師が交代でヒンディ語、テルグ語、タミル語の3言語で説明するもので、ほぼ3倍の時間がかかるのには驚いたものである。このような意思疎通の障害も企業経営にとっては大きなリスクである。
しかし、このようなリスクが横たわっているインド市場でも各国企業が争うように進出しているのは、リスクを冒すに足るだけの魅力があるからであろう。インターリスク総研は、インド有数のリスクマネジメント会社、チョラマンダラムMSリスクマネジメント社と提携関係にあり、インドに進出する企業の支援体制を整えている。進出のハードルは高いものの、インドにとって日本は“最も信頼できる国”“最も好きな国”であり、日系企業の進出は歓迎されている。これからもリスクマネジメントを通じて進出企業の支援をすることによって日印両国の発展に貢献したいものである。
以上