リスクマネジメント力のベンチマーク
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- リスクマネジメント・プログラムの設計・運営、研修・セミナーの企画・運営
- 役職名
- 総合リスクマネジメント部 上席コンサルタント
- 執筆者名
- 緒方 順一 Junichi Ogata
2008.4.1
ある企業が「リスクマネジメントのベンチマークを実施したい」と考えたとき、それは実現可能なのであろうか。比較する対象範囲を限定し、比較の手法を設定する等の妥協を行えば可能だと言えるだろう。では、ベンチマークを続け、他社比優位な対策を講じていけば、事件・事故の起こらない模範的な企業になることができるのであろうか。この問に答えるのは難しい。
リスクマネジメントに限らず、他社と自社の力量の差を見るとき、組織、要員、ドキュメントの整備状況、物理的なハード対策等を比較するのが一般的だ。即ち、定量的な比較を中心に、「マニュアルのわかりやすさ」といった定性的な比較も一部試みることになる。このアプローチは王道であり、我々のようなコンサルティングを業としている者もこのような比較を礎としている。
一方で、「詳しい、立派なマニュアルは整備されているが、どうも社員のリスクマネジメント意識は低いように感じる」といったケースは少なくない。要因としては、リスクマネジメント推進部署のみが一生懸命取り組んでいるが現場の「温度」は低い、ISOや内部統制などの様々な同様の取り組みが乱立して現場が不満感・不信感を持っているなどが挙げられる。この「現場社員のリスクマネジメントのモチベーション」の状況をベンチマーキングすることが実は重要であり、かつ困難なテーマである。
我々コンサルタントは様々な企業のいろいろな現場の方々と話をし、ディスカッションする機会を有する。この経験を通じて、「この企業はやる気に満ちている(モチベーションが高い)」、「この企業は形だけ(モチベーションが低い)」ということを肌で感じることができる。が、これを客観的な数値で表すことにはかなり高いハードルが存在する。社員向けのリスクマネジメントの取り組みに関する意識調査、モチベーション調査といった手法を使い、指標化することができなくはないが、その結果が我々コンサルタントの実感と乖離することもありうる。即ち、皆が調査に対しては「いい子」のふりをすることがその企業の実態をわかりにくくしてしまう現象が生じてしまう。
個人的には、社員のモチベーションも含めた他社比較を科学的に追求していこうということに注力することをお勧めしない。この部分はコンサルタントのプロフェッショナル・ジャッジメントを傾聴するか、あるいは社員以外のステークホルダーの「目」を参考にする程度にとどめておくことが望ましいと考える。
さて、外部の目によるリスクマネジメント評価については、弊社では「ステークホルダー・リスクマップ」というメニューを用意している。その企業に起こりうるリスク事象について具体的なストーリーを提示して、「それでもその企業の好感度は変わりませんか」、「それでもその企業の製品・サービスを購入しますか」といったことを消費者や取引先に質問することでその企業のリスクマネジメント力の一端を調査しようという試みである。一般的には社内だけの目で評価するリスクをより広い目で評価してもらうことを企図しており、これまでの経験でも新しい発見が少なくない。
冒頭の質問に戻る。ベンチマークを続けることが事件・事故の起こらない企業になる最適解なのか。私は、「刺激を与え続けることで、PDCAサイクルを回し続けること」がリスクマネジメントの真髄であり、そのための手段(刺激)の一つが他企業とのベンチマークであると考える。そして、与えるべき刺激は、ステークホルダー・リスクマップも含めたくさんあればあるほど望ましいのではないだろうか。
以上