コラム/トピックス

“生物多様性 based”が「価値」になる

[このコラムを書いたコンサルタント]

三島らすな
専門領域
自然・TNFD関連支援、生物多様性、企業緑地
役職名
リスクマネジメント第五部 サステナビリティ第一グループ 主任コンサルタント
執筆者名
三島らすな Rasuna Mishima

2024.5.28

「生物多様性の分野では食べていけない」―私が長年所属している保全生態学の研究室では、仲間たちと冗談半分にそういう話をしていた。場所によって地形や地質、水分条件がちがう。そこにそれぞれちがった植生が成り立っていて、遠目に見ても色合いや質感がちがう。近づいてよく観察してみると、ひとつひとつの造形や模様や色の多様さにわくわくする。そしてその背後にある、途方もない長い歴史に感動する。当時からそんな「生物多様性」に魅せられて、それを守れるような仕事がしたいと思ってきた。同じように思う学生は私以外にも一定数いたが、残念ながらそのような仕事は多くはなかった。

2022年に、新たに「グローバル生物多様性枠組み」という世界目標が策定された。この新しい世界目標では2030年までの行動目標のひとつとして、企業による自社の生物多様性に関わるリスクの評価と開示を促進していくことが掲げられた。並行して、2023年9月には企業が自社の自然に関わるリスクなどを開示するための枠組みである、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言が公表された。これを受けて、多くの企業が自社拠点やバリューチェーンの生物多様性に係る評価と開示に乗り出している。

振り返ってみると、パリ協定の合意からTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の主流化に至った、気候関連の動きと同じ展開だ。しかし、気候変動の一因である二酸化炭素は地球上のどこで排出しても1トンであり、場所による違いはないのに対して、生物多様性は冒頭に述べたとおり場所によって全く異なる。気候と自然の間の大きな相違だ。一方、現状のTNFDに沿った開示では、グローバルに入手可能な限られた種類の低解像度データの重ね合わせによって、企業と関わりのある場所の生物多様性を評価してしまう傾向があり、違和感を覚えている。

その一例が、日本の都市域の生物多様性の評価だ。都市域ということで、生物多様性保全上の価値が一律低いと判断されてしまいがちなのだが、国際目標や日本政府が掲げる目標でも都市域の生物多様性は重視されている。都市域の生物多様性の重要性やポテンシャルは、グローバルスケールでのデータだけでは可視化できない。そこで、日本国内だからこそ使える植生や土地条件のデータをフル活用して、日本の都市域の自然特性を踏まえた評価手法を開発した。

この評価手法は、すでに複数の環境先進企業に採用いただいている。この評価手法に関心を持っていただき、採用いただくたびに、生物多様性をできるだけ正しく評価することや、生物多様性を踏まえた計画を立てることが、「価値」につながることを実感している。そして「生物多様性の分野では食べていけない」と話をしていた時を思い出して、時代の変化を感じている。

生物多様性を取り巻く課題は山積しており、この変化を手放しでは喜べない。保全生態学の社会的ニーズが高まっているのは、さまざまな人間活動の変化による複合的な影響により生物多様性が急速に劣化しており、自然がもたらす水や食料供給などの恩恵も乏しくなり、いよいよ社会経済リスクとしても看過できない状況だからだ。生物多様性がしっかりと守り育まれ、それを基盤として人間の豊かな社会経済が続いていくような社会を目指して、私も微力ながら貢献していきたい。

(2024年5月16日 三友新聞掲載弊社コラム記事を転載)

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