
WWFジャパン、日本企業65社のTNFD開示状況を分析した報告書を発表
2025.10.22
日本の主要な環境NGOの1つである世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)は2025年8月28日、「2024年TNFD開示の潮流と日本企業の対応状況」を公表した。これは、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)による開示提言に沿って2024年に情報開示を行った日本企業65社を対象に、WWFジャパンが定義する「TNFDキーポイント」に基づいて実施されたベンチマーク調査である。企業の開示が広がる一方、事業変革に向けた課題や示唆も明らかになった。
「TNFDキーポイント」は、WWFジャパンがTNFD開示で特に重要だと考える項目を、TNFD一般要件等を参考に抽出したものである。今回の調査では4 つのキーポイント(下表)を設定し、企業の開示状況を星の数で評価できる仕組みとなっている。星なし(☆)はキーポイントに関する記載がない状態を示し、星の数が多いほど内容が充実していることを表す。特にキーポイント2から4は星4つが理想だが、初期段階での達成は難しく、段階的な向上が期待される。
<TNFDキーポイント別評価概要サマリー>
概 要 | |
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キーポイント1 | TNFD一般要件に基づき、企業がどのマテリアリティ・アプローチを採用 しているかを評価する。特にTNFDが推奨するインパクト・マテリアリテ ィの開示に加え、ダブル・マテリアリティを明記している場合は高く評価 する。 |
キーポイント2-1 | 直接操業について、拠点ごとの依存・インパクト経路、4つの自然関連課 題(依存、インパクト、リスク、機会)の特定および開示状況、要注意地 域の特定の有無を評価する。業種により直接操業とバリューチェーン分析 の難易度が異なるため、両者を分けて評価している。 |
キーポイント2-2 | バリューチェーンに関して、一次産品や製品、地域、プロセスなどの要素 が開示され、LEAPアプローチ※等による分析が進んでいるかを評価する。 また、トレーサビリティの確保と優先地域の特定が実施されているかも重 視する。 |
キーポイント3 | キーポイント2で特定した優先的なマイナスインパクトに対して、企業が 示すコミットメントと、その回避・軽減、再生・補償の実施状況や成果の 開示を評価する。 |
キーポイント4 | 国際規範へのコミットメント、人権デューデリジェンスやグリーバンス (苦情処理)対応の範囲、対象となる地域の特定、さらにはエンゲージメ ントの実施状況を評価対象とする。 |
出典:WWFジャパン資料をもとに当社作成
調査結果では、キーポイント1のマテリアリティの考え方を明示した企業(星1つ以上)は全体の約2割にとどまり、多くの企業が採用したマテリアリティ・アプローチの明示を行っていなかった。キーポイント2-1では、自然との関係性の把握について、直接操業地点における依存・インパクトの分析は進展し、星3つ以上を獲得した企業は全体の約4割だった。一方、キーポイント2-2のバリューチェーン上流・下流における解析は、トレーサビリティの難しさから遅れている(星3つ以上は全体の約2割)。概して業界共通のデータツール(例:ENCORE)に依存した一般的な分析が多く、場所ごとの依存・インパクトや優先地域の特定は不十分であった。キーポイント3では、「ミティゲーション・ヒエラルキー」に基づく対応は、「節水」などの既存の目標中心であり、バリューチェーン全体を見据えた回避・軽減方針や達成目標時期、適切な測定指標の採用、進捗開示まで踏み込む企業は少数であった。キーポイント4では、自然関連課題や先住民族と地域社会(IPLC)を含めたステークホルダーへの対応が浸透しておらず、星3つに到達した企業は3社のみだった。また、全企業がウェブサイト上で国連宣言や「国連ビジネスと人権に関する指導原則」等への賛同を示しているものの、誰もがアクセス可能な苦情処理メカニズムを構築している企業は全体の約3割にとどまり、実効性あるエンゲージメント体制の設計が課題である。これらの状況は、TNFDが目指す「開示を契機とした事業モデルのネイチャーポジティブへの変革」に向けて、企業の戦略的対応の重要性を浮き彫りにしている。
<キーポイント別 スコア分布>


注:図中の数字は企業数を示す。また、キーポイント1は星2つが最高評価である点に留意
出典:WWFジャパン資料をもとに当社作成
以上を踏まえ、今後企業が取り組むべき事項は三つに整理できる。第一に、ダブル・マテリアリティの採用と根拠の明確化である。財務影響だけでなく、自然環境や社会への重大な依存・インパクトを事業やレピュテーション、規制対応と結び付け、自社にとっての事業リスクと同等に重視する姿勢を示す必要がある。第二に、場所に基づく評価の充実である。自然との接点を「何が・どこで・どのように」に分解し、拠点やバリューチェーン上の優先地域を特定し、依存・インパクトの経路を可視化することが重要である。第三に、ミティゲーション・ヒエラルキーとIPLCエンゲージメントを組み合わせた移行計画の策定である。つまりマイナスインパクトの回避を最優先とし、軽減、復元・再生、代償の順で施策を整理し、地域住民の権利尊重や苦情処理のアクセス性・透明性をガバナンスに組み込むことが求められる。これらの取り組みにより、企業はTNFDの本質的価値を事業変革につなげることが期待される。
※ LEAPアプローチとは、TNFDが提示している、企業および金融機関における内部の自然関連課題の特定と評価をサポートすることを目的とした自主的なガイダンスである。Locate、Evaluate、Assess、Prepareの4つのフェーズから構成される。
【参考情報】
2025年8月28日付 WWFジャパンHP: https://www.wwf.or.jp/activities/lib/6040.html
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2025年10月発行の「ESGリスクトピックス 2025年度 No.7」の全文PDFは、以下のリンクからご覧いただけます。
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