
紙パルプ産業におけるカーボンニュートラル対応とその展望「リサーチ・レター(2025 No.1)」
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2025.5.1
2022年度において、紙パルプ産業のエネルギー起源CO2排出量は、日本の産業部門全体の5.2%を占めており、第6位に位置している※1。紙パルプ産業は、木材や古紙を原料として製品化し、その使用済み紙を回収して再利用するなど、再生可能資源を活用した循環型の産業である。製品自体は低炭素であるが、製造過程では多くの熱と電力を必要とし、その結果として一定量のGHG※2(温室効果ガス)が排出される。紙パルプ産業は、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目指し、そのための対応を強化している。本稿では、その対応状況を確認し、それらの取り組みがもたらす未来を展望する。
1.紙パルプ産業のGHG排出状況
紙パルプ産業は、印刷・情報用紙、衛生用紙、段ボールなど、国民生活や産業活動に欠かせない製品を安定的に供給している重要な産業である。2023年度の従業員数は約18.4万人で、製品出荷額は約7.8兆円である。これらは全産業の従業員数の2.4%、製品出荷額の2.1%に相当する。
紙パルプ産業のGHG排出の傾向を見極めるため、主要5社のGHG排出量を確認した。ここでは、GHG排出全般について解説する。
(1)GHGプロトコル
GHG排出量の算出方法はGHGプロトコルと呼ばれるデファクトスタンダードがあり、ISSB※3をはじめとする有力な情報開示の枠組みでも採用されている。
GHGは化石燃料の燃焼や工業プロセス、電気の使用など、様々なところで発生する。企業活動による全てのGHG排出量を把握するには、自社内だけでなく、サプライチェーンを通じて発生するGHG排出量も算定する必要がある。そのため、同プロトコルは企業のGHG排出量を算定・開示するための枠組みとして、「Scope1」、「Scope2」、「Scope3」の3つの区分を導入している。
①Scope1
燃料の燃焼や製品の製造などで企業や組織が「直接」排出するGHGのことで、例えば、自社の工場や施設で生じるCO2やメタン(CH4)の排出などが含まれる。
② Scope2
他社から供給された電気・熱・蒸気を使用することで「間接的」に排出されるGHGのことで、代表例として電力会社から供給される、化石燃料によって作られた電気の使用がある。
③ Scope3
サプライチェーンの「上流」と「下流」から排出されるGHGのことで、紙パルプ産業の「上流」は木材や古紙の調達などがある。一方、「下流」は紙製品の使用や廃棄がある。GHGプロトコルでは、Scope3をさらに15のカテゴリに分類している(図表1-1)。
図表1-1 Scope3カテゴリ分類

(2)紙パルプ産業のGHG排出の傾向
主要5社の2021年度から2023年度のGHG排出量を調査した結果、次のような傾向が見られた。
製紙会社ではScope1の排出量が最も多く、次いでScope3が多い。このScope3では、特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)の割合が大きい。一方で、Scope2の排出量は少ない。これらの理由を以下で説明する。
①Scope1
紙パルプの製造工程では、大量の水、熱、電力を必要とするため、工場では蒸気を利用した自家発電が行われている。この蒸気は加熱や紙の乾燥にも活用される。さらに、木材繊維を抽出する際に出る廃液(黒液)を、蒸気を生成するボイラの燃料として使用するため、エネルギー効率は高い。黒液はバイオマスでカーボンニュートラルであるためGHG排出削減に貢献している。しかしながら、製造に必要なエネルギーが非常に大きいため、化石燃料の使用によるGHGの排出は依然として多い。
②Scope2
他社から供給された電力、熱、蒸気の使用によって間接的に排出されるGHGを指す。製紙会社の製造工程では大量の電力が使用されるが、自家発電が大半を占めており、購入電力は少ない。このため、Scope2の排出量は比較的小さい。
③Scope3
カテゴリ1がその過半を占める。植林、伐採、チップ化などの木材原料調達における排出が多く、これが主な要因である。次に、古紙や化学薬品の調達が続く。また、木材チップの約7割が輸入※4されており、古紙問屋から製紙会社向けの古紙は主にトラックで輸送されている。このため、輸送過程においてもCO2が多く発生する。これらの調達物流はカテゴリ4(輸送、配送(上流))に属する※5。
一方、段ボールなど板紙・紙加工製品を主に製造する会社では、Scope3が最も多く、その中でもカテゴリ1が過半を占める。次にScope1が多く、Scope2の排出量は製紙会社と同様に少ない。主に古紙や板紙を原料に製造しており、これら原料の調達に関連するScope3カテゴリ1の排出量がScope1の排出量を上回っている。しかしながら、製紙会社と同様に、自社の排出である製造工程のGHG排出削減は重要である。
2.紙パルプ産業におけるカーボンニュートラル対応
紙パルプ産業のGHG排出量はScope1に集中しており、製造工程でのGHG排出削減が課題である。
2021年1月、日本製紙連合会は…
1)鉄鋼38.1% 化学工業15.8% 機械12.8% 窯業・土石製品7.5% 食品飲料5.3% パルプ・紙・紙加工品5.2%
(出所)環境省(2024)「2022年度(令和4年度)温室効果ガス排出量・吸収量(詳細)」(2024年4月12日公表)
2) Greenhouse Gasの略。
3)International Sustainability Standards Board(国際サステナビリティ基準審議会)の略称。ESGなど非財務情報の開示の統一国際基準を策定する機関。国際会計基準の策定を行う民間非営利組織であるIFRS財団の下部組織として2021年11月に発足。
4) (出所) 日本製紙連合会HP
5)古紙問屋による古紙の回収(トラック輸送)は、カテゴリ1に属する。
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