コラム/トピックス

NGFSが初の短期気候シナリオを発表

2025.6.23

Network for Greening the Financial System(NGFS)は、2025年5月に初の短期気候シナリオを発表した。NGFSは、気候変動リスク等への金融監督上の対応を検討するために2017年に設立された中央銀行や金融監督当局の国際的なネットワークであり、金融庁や日本銀行も参画している。

気候変動の激化と政策対応の進展に伴い、中・長期に加え、短期的な気候リスク評価が重要であるという共通認識が高まっている。気候関連リスクは、気候ハザードによる損害や金融資産の急激な価格変動といった直接的な影響に留まらず、人々の行動変化を引き起こし、それが短期的にマクロ経済にも影響を与える可能性がある。これまで金融セクターにおいて、短期的な気候リスク分析のための適切なシナリオはなかった。今回発表されたシナリオにより、気候政策や異常気象が2030年までに、金融システムや経済にどのような影響を与える可能性があるのかを分析することが可能となった。

今回発表されたのは物理的および移行リスクの経済・金融への影響を評価するための下表に示す4つのシナリオである。

シナリオ 概 要 関連リスク
① Highway to Paris
(パリへのハイウェイ)
  • 技術主導の(秩序ある)移行が徐々に進展、炭素税収入はグリーン技術に再投資され、より費用対効果の高いネットゼロへの移行を促進
移行リスク
② Sudden wake-up call
(突然のモーニングコール)
  • 気候への無関心が蔓延していた消費者や投資家が一気にグリーン嗜好に転換
移行リスク
③ Diverging realities
(食い違う現実)
  • 先進国のみが「Highway to Paris」を展開し、地域間の気候に関する野心の大きな不一致
  • 一部の地域における気候影響の発生(アジア、南米、アフリカ)
  • 重要な原材料のサプライチェーンの混乱
物理的リスク
移行リスク
④ Low Policy Ambition and Disasters
(災害と政策の停滞)
  • 2026年と2027年に発生する一連の地域特有の異常気象が資本破壊、生産性と生産の低下を誘引
物理的リスク

「Highway to Paris」と「Sudden wake-up call」は移行リスクのみ、「Low Policy Ambition and Disasters」は物理的リスクのみ、「Diverging realities」は移行リスクと物理的リスクの組み合わせとなっている。

「Diverging realities」では先進国のみが「Highway to Paris」に沿ってネットゼロへの移行を展開している。また、「Diverging realities」では、熱波、干ばつ、山火事の組み合わせが2025年にアジア、2026年に南米、2027年にアフリカで発生、洪水や暴風雨が2028年にアジア、2029年に南米、2030年にアフリカで発生すると仮定している。

NGFSは、今回のシナリオ構築の特徴として以下を示している。1つ目は、洪水、暴風雨、熱波、干ばつ、山火事など、複数の災害が同時に発生することで生じる複合的な物理的リスクをモデル化している点。2つ目は、地域間でのショックの伝播を組み込み、貿易や金融のつながりを通じた移行リスクと物理的リスクの短期的な波及効果を検証している点。3つ目は、気候政策や極端な天候、経済動向、産業別の動きを統合することで、気候リスクと景気循環の相互作用を検証している点である。

各シナリオの結果では、今後5年間という時間軸でも、「Sudden wake-up call」と「Diverging realities」は、GDPの損失ならびに失業率の押上げ効果が大きく、経済指標にとって望ましくない結果をもたらすとしている。一方、「Low Policy Ambition and Disasters」は、今後5年間ではまだ経済打撃は小さいが地域毎に差が出る結果となった。

NGFSは、短期シナリオに基づいて次の4つのメッセージを発信している。

1つ目は、「効果的な気候変動政策を世界的に協調してテンポよく実施すれば、ネットゼロ移行による悪影響を抑えられる」というもの。そのためには、カーボンプライシングの価格を段階的に引き上げ、炭素税収入をグリーン投資に回す効果的なサイクルが重要である、としている。

2つ目は、「政策を突然展開すると、移行にかかる経済的コストが増大し、金融ストレスが生じる」というもの。移行が遅れて急激な政策転換が行われた場合、世界の生産高は1.3%減少し、失業率は1.3ポイント上昇する見込みである。デフォルト率も電力などの複数のセクターで大幅に上昇する、としている。

3つ目は、「異常気象が特定の地域で連続して発生すると、GDPに大きな損失をもたらす」というもの。影響は世界全体に広がり、デフォルト率は高資本・高負債セクターで著しく上昇し、特に電力供給では10ポイント以上上昇する。また、サプライチェーンリスクも高まり、生産減少とマクロ経済への悪影響を引き起こす可能性がある。最悪のシナリオでは、新興経済における深刻な気候災害により、短期的なGDP損失が最大12.5%に達する可能性がある。

4つ目は、「一部の地域での気候災害の深刻化は、先進国におけるグリーントランジションの成功に必要な重要鉱物の供給不足につながる」というもの。貿易や金融のつながりを通じて、各国にリスクが波及し、世界のGDP損失は3%以上に達する可能性がある。特にグリーントラジションに移行している先進国では特に影響が大きい、としている。

今回のシナリオには、2023年1月までコミットされた、気候目標が組み込まれている。国別のGHG排出削減目標や炭素価格目標などの水平的な政策、エネルギー政策、化石燃料に関する目標などである。また、ベースライン・シナリオは、2023年10月のIMF世界経済見通しを使用して調整されている。

今回の短期シナリオは、投資決定や金融監督、金融政策、リスク管理者にとってだけでなく、投資を受ける企業に対しても、潜在的な気候リスクや機関投資家からの期待の方向性についての示唆を与えるものである。パリ協定に基づくグローバルストックテイクとそれに伴う各国排出削減目標の見直しが行われる中で、すでにTCFDに基づいて気候変動シナリオ分析を実施した企業も、あらためてシナリオを見直す動きが進んでいる。金融機関だけでなく事業会社においても、見直しにあたっては本シナリオも参考になると考えられる。

【参考情報】
2025年5月7日付:https://www.ngfs.net/en/press-release/ngfs-publishes-first-vintage-short-term-climate-scenarios

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