コラム/トピックス

「地元企業のコスト削減から脱炭素の実現を」江戸川区の“カーボン・マイナス”に向けた取組とは?

2025.9.1

区の陸域の約7割がゼロメートル地帯の東京都江戸川区。地球温暖化による海面上昇の影響を受けることから、温室効果ガスの排出量よりも吸収量が多い状態「カーボン・マイナス」の実現を目指し、脱炭素など気候変動への対策に取り組んでいます。

ただ、脱炭素社会の実現には、区内の事業者などが取組に関わることが欠かせません。そこで、江戸川区が2024年度から始めたのが、中小企業の脱炭素を推進する「脱炭素経営モデル化事業」の構築です。

そのモデルとはどういったものなのか?参加した中小企業には、どんな変化があったのか?取組を推進する江戸川区環境部 気候変動適応計画課の佐藤弥栄課長に詳しく話を伺いました。

この記事の
流れ
  • 地球温暖化の影響を受けやすい江戸川区
  • 中小企業にとってハードルの高い脱炭素の取組
  • 「脱炭素経営モデル化事業」の実践へ
  • 実感できたコスト削減と下がった脱炭素のハードル
  • 脱炭素のコスト削減効果を区内の事業者に知ってもらうために

地球温暖化の影響を受けやすい江戸川区

ーーはじめに、江戸川区が脱炭素など気候変動への対策に積極的に取り組んでいる背景を教えてください。

江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長
江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長

江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長

佐藤)2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にSDGs※1(持続可能な開発目標)が掲げられたことや、国が2050年カーボンニュートラル※2の実現を目指していることも当然ありますが、江戸川区が今直面している危機感が背景にあります。

江戸川区は、東西に川があり南側が東京湾に接して三方を水に囲まれ、区の陸域の約7割がゼロメートル地帯にあることから、地球温暖化による海面水位上昇の影響を非常に受けやすい地域です。

川と海に囲まれた江戸川区

川と海に囲まれた江戸川区
川と海に囲まれた江戸川区

出典:江戸川区ホームページ

地球温暖化による海面水位の上昇、台風の勢力拡大化などの影響で高潮被害が懸念されていて、想定する最大規模の洪水・高潮が発生した場合、江戸川区では多くの地域で浸水被害の恐れがあり、最大で建物の3階から4階の高さに相当する浸水が想定されています。

こうしたことを踏まえ、江戸川区はカーボンニュートラルよりも進んだ脱炭素の目標で、温室効果ガスの排出量よりも吸収量が多い状態「カーボン・マイナス」を2050年度までに目指す目標を掲げ、2022年12月に「みんなで「いまの生命」と「みらいの地球」を守る計画(江戸川区気候変動適応計画)」としてまとめました。

※1 SDGs:Sustainable Development Goalsの略で、持続可能な開発目標のこと。国連の広報センターによると、SDGsは「2030アジェンダ」の中核で、169のターゲットと230の指標からなり、人間と地球の「やるべきことのリスト」とのこと。
※2 カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。2020年10月、政府は、2050年までのカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。

中小企業にとってハードルの高い脱炭素の取組

ーー「カーボン・マイナス」の実現に向けて、現在はどんなことに力を入れて取り組んでいるのですか。

佐藤)江戸川区には、卸売業、小売業、製造業、運輸業といった約2万の事業者があり、その9割ほどが従業員20人未満の中小企業です。こうした事業者に、脱炭素の取組に参加していただかなければ、目標を実現することはできません。

江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長
江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長

一方で、こうした中小企業の皆さんに話を聞くと、次のような声がよく聞こえてきました。

「何をしたらいいのかわからない」
「それは、大企業が取り組むことでしょ」
「まだ、やらなくてもいいんじゃない?」

こうした声から、脱炭素は、中小企業にとって非常にハードルが高いということを実感したので、脱炭素のことを「学んで」、自社の温室効果ガス排出量を「知り」、削減計画を「実践する」 という流れで、まずは学んでもらって、関心を持ってもらえるような取組を実施できないか検討を進めました。

「脱炭素経営モデル化事業」の実践へ

ーー中小企業に、まずは学んでもらい、関心を持ってもらえるようにするために、具体的にはどのような取組を進めているのですか?

佐藤)2023年12月に、三井住友海上火災保険株式会社と、企業による脱炭素の取組を支援する株式会社バイウィルと3者間で「カーボン・マイナス推進に関する連携協定」を締結し、全国でも初めての取組として、複数の大手企業が中小企業の脱炭素の推進を支援する枠組みを構築しました。

3者間協定の締結式 (2023年12月6日)

2023年12月に、三井住友海上火災保険株式会社、株式会社バイウィルと3者間で「カーボン・マイナス推進に関する連携協定」を締結
2023年12月に、三井住友海上火災保険株式会社、株式会社バイウィルと3者間で「カーボン・マイナス推進に関する連携協定」を締結

画像提供:江戸川区

この連携協定をもとに三井住友海上火災と実践したのが、この脱炭素経営モデル化事業です。具体的には、2024年7月から江戸川区内の事業者7社に参加してもらい、三井住友海上火災のグループ会社で、脱炭素/カーボンニュートラルのコンサルティング実績が豊富にあるMS&ADインターリスク総研に、各事業者の二酸化炭素の排出量算定と削減に向けた計画作りをサポートしてもらうことにしました。

各事業者の現状を“見える化”して、具体的な取組でどれだけ二酸化炭素の排出量を減らせるかを、まずはイメージしてもらうことにしました。その中でも、特に意識したのが、ハードルが高いと思われがちな「脱炭素」を自分事として感じてもらえるように、脱炭素に取り組むことで電気代などのランニングコストを抑えられるということを強調することです。

地球温暖化を抑制していくということが本質的な目標ではありますが、中小企業にとっては効果を実感するのが難しいと思いましたので、まずは行動を起こすモチベーションを持ってもらえるように、自社の経営にメリットがあるということを知ってもらうのが大事だと考えています。

効率のよい空調、照明、生産設備に更新したり、太陽光発電などの再生可能エネルギーを活用したりすることで、コスト削減につながることを実感してもらい、その後も取組を続けてもらえれば、それが結果的に脱炭素の実現につながりますので、そうした流れができるのが一番だと思っています。

実感できたコスト削減と下がった脱炭素のハードル

ーー2024年から取組をスタートして1年ほどが経ちましたが、参加した事業者の反応はどのような感じでしたか。

佐藤)2025年4月に、参加した7事業者に集まってもらい報告会を開きました。7事業者すべてが「やってよかった」という感想を持っていて、「地域脱炭素モデル」の効果を実感しました。

「地域脱炭素モデル」の報告会の様子 (2025年4月22日)

「地域脱炭素モデル」の報告会の様子
「地域脱炭素モデル」の報告会の様子

報告会に出席したのは以下の企業(アクリル工業株式会社、株式会社エー・アイ・エス、株式会社サンキョー、サンワローラン株式会社、有限会社矢正興業、陽光産業株式会社)

画像提供:江戸川区

報告会での具体的なコメントとしては、次のようなものがありました。

「これまでは、設備の稼働状況について何気なく見ていただけだったが、『もっと効率的な使い方ができるんじゃないか』と考えられるようになった」

「今まで脱炭素に関して、何をしていいかわからなかったが、意外と小さなことから効果を生み出せるという気付きを得られた。日常の業務の中で無駄を減らしていくことが、脱炭素につながることがわかり、日ごろから『これをすれば脱炭素につながるんじゃない?』と気づくことが増え、日常の意識が変わった」

各事業者が誰かから言われて取り組むのではなく、自分たちから取り組めるようになれば、事業者にとってはコスト削減につながるだけでなく、結果として二酸化炭素も減っていくことになります。

江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長
江戸川区環境部 気候変動適応計画課 佐藤弥栄課長

こうした事業者が増えていけば、江戸川区が目指しているカーボン・マイナスの実現に近づいていくことができると考えています。

脱炭素のコスト削減効果を区内の事業者に知ってもらうために

ーー今後の展望を教えてください。

佐藤)今回の「脱炭素経営モデル化事業」は、3年で区内の20社ほどの事業者に参加してもらう計画で、昨年度に参加した事業者の反応がよかったことから、今年度も別の7社に参加してもらって取組を推進する予定にしています。

ただ、このモデルに参加した企業だけが脱炭素に取り組んでも、当然、区が目指すカーボン・マイナスを実現することはできません。いかに、モデルに参加した事業者が実感している効果をほかの事業者にも知ってもらえるかが、区としての大きな課題だと考えています。

そこで、江戸川区は、2024年7月 に、区内の事業者向けに脱炭素を「学ぶ」「知る」「実践する」ことをサポートする専用のWEBサイトを開設しました。

江戸川区の事業者向けの脱炭素サポート専用サイト

江戸川区の事業者向けの脱炭素サポート専用サイト
江戸川区の事業者向けの脱炭素サポート専用サイト

出典:江戸川区 脱炭素経営プラットフォーム
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/toshikeikaku/kankyo/inochi/datsutanso/index.html

こうしたサイトなどを通じて「脱炭素経営モデル化事業」の取組事例を紹介して、脱炭素に対するハードルを少しでも下げて、取組を波及させていきたいと考えています。

各事業者のCO2排出量削減計画作りなどをサポートした
MS&ADインターリスク総研 上席コンサルタント 小川貴史のコメント

今回、江戸川区内の事業者7社の皆さまに対して、二酸化炭素の排出量の“見える化”と削減計画作りのお手伝いをさせていただきました。

印象的だったのは、事業者の皆さまと最初に面談した際と、最後に「地域脱炭素モデル」の報告会でお会いした際の皆さまの表情の違いでした。当初は「何をしたら脱炭素につながるのかわからない」とお話されていて、少し遠慮がちな印象でしたが、報告会では皆さまが自信をもって自社の削減計画・削減目標を発表され、先々の経費節減を目指すため将来を見据えていらっしゃいました。

江戸川区の佐藤課長(右)と小川
江戸川区の佐藤課長(左)と小川

ここまで変わるものなのかと感銘を受けましたし、当社の支援が何か皆さまの心に届いたのであればよかったなと感じました。

脱炭素に関しては大手企業を中心に取組が進んでいて、取引先に対しても脱炭素の取組状況や排出量を開示するように求める動きも出てきています。その意味では、中小企業の皆さまにとっても決して他人事ではなくなってきています。

当社では、脱炭素/カーボンニュートラルに関する基礎知識から最新動向を学べるセミナー・勉強会の開催、“自分事化”を促す体験型脱炭素ビジネスゲーム研修、二酸化炭素の排出量の算定支援、サプライチェーン排出量算定など、豊富なメニューを提供しています。

「何をしたら脱炭素に繋がるのかわからない」といった相談でも構いません。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。

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