なぜ、トップ企業は自然に注目しているのか? 【連載企画】ネイチャーポジティブ経営入門 第1回
2026.2.24
この連載では、TNFDのタスクフォースメンバーである原口真が、その普及に深く関与する視点から、ネイチャーポジティブ経営に向けて、企業が今取るべき実務的なステップを解説します。
今回のテーマは、「企業にとって自然が重要な理由」についてです。自然環境の劣化は“遠い話”ではありません。水不足や原料の高騰や供給の寸断、自然災害の激化は既に多くの企業の収益に影響を与え始めています。
そして、自然関連リスクの評価と管理は、リスクマネジメントや社外のステークホルダーとのコミュニケーションの大きな課題になっています。
そして、自然関連リスクの評価と管理は、リスクマネジメントや社外のステークホルダーとのコミュニケーションの大きな課題になっています。
原口 真
MS&ADインシュアランス グループ
ホールディングス株式会社
サステナビリティ推進部 フェロー
「自然資本のリスク分析と企業経営への統合」を専門分野とし、30年以上のコンサルティング実績がある。1990年に環境リスク技術職としてキャリアを開始したのち、1996年からMS&ADグループに参画。以降、一貫して環境リスクマネジメントと生物多様性保全に関する調査・コンサルティングに従事。2000年頃からは「ビジネスと生物多様性」の領域に先駆的に取り組み、生態系破壊や気候変動が事業に及ぼす影響の研究を進めてきた。
コンサルティング業務のかたわら、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)顧問、一般社団法人いきもの共生事業推進協議会(ABINC)副会長や、国土交通省、環境省、東京都などの政策関連委員も多数歴任。
また、2021年10月には日本人として初めてTNFDのタスクフォースメンバーに選出。世界中から集められた30名の金融・企業有識者の一人としてTNFDフレームワーク策定と普及に貢献している。
なぜ、数多くのトップ企業が「自然」に注目しているのか
原口:私は「自然関連リスクの分析と企業経営への統合」を専門領域に、30年以上コンサルティングに携わってきました。もともとは環境リスクマネジメント全般を担当していたのですが、次第に「ビジネスと生物多様性」の領域に注力し、現在に至ります。
――企業による自然への取組みは、以前から盛んだったのでしょうか?
原口:いえ、現在ほど注目を集めてはいませんでした。私はコンサルタントとして、いち早くこの課題に目を向け、研究や提言を続けてきました。それもあって、現在では様々なイニシアティブや省庁の委員にも選出いただいています。また、2021年からは日本人初のTNFDのタスクフォースメンバーとしても活動しています。
――先駆的なコンサルティングを続けたことが、現在の活動につながっているのですね。近頃「企業の自然に関する取組み」を頻繁に見かけます。この理由をどのように分析していますか?
原口:多くの企業が自然に注目する背景には、「リスク」と「機会」の2つの側面があります。前者は、自然環境の劣化が経済活動に直接的なリスクをもたらしています。生態系の破壊や生物多様性の減少は、原材料の供給不安や事業継続の障害となります。
後者では、消費者や投資家の環境意識が高まっています。そのため自然への投資は、企業価値の向上やブランド強化につながるようになりました。加えて、国際的な枠組みの整備や各国で規制強化が進んでいます。自然関連リスクの管理と情報開示が企業の持続可能な成長に不可欠な要素となっています。
自然が注目を集める2つの側面――「リスク」と「機会」


出典:原口氏の話をもとに作成
自然は「経済活動の基盤」である
――なるほど。企業にとって「自然は経営にとって不可欠な資源である」と言ってもよさそうですね。
原口:おっしゃる通りだと思います。これに関連して、自然のことを私たちに何らかのサービスをもたらしてくれる財とする「自然資本」という考え方があります。森林や水資源、土壌、生物多様性などが含まれ、これらは食料生産や水の浄化、気候調整といった多様な機能をもたらしてくれます。
自然資本は経済活動の基盤なので、健全性が損なわれると企業の原材料調達や事業運営に深刻な影響を及ぼします。安定的な経営をするには、自社と関係する自然資本の現状を把握し、保全・回復に向けた戦略的な取り組みが求められています。
――「自然資本は経済活動の基盤である」とのことでしたが、実際の事業活動とはどのようにつながってくるのでしょうか。
原口:企業の事業活動は、自然資本とずっと密接に結びついてきました。例えば、一見関係のなさそうな航空や鉄道などの運輸業界で考えてみましょう。「どこかへ旅行したい」ときに、その地域特有の自然を目当てにすることは多いですよね。企業目線で「なぜお客さまはその交通機関を使うのか?」を考えたときに、運輸業界は自然に依存していると言えます。就航先や沿線の自然が損なわれることは、経営リスクとなるのです。ここから、優先して取組むべきは「就航先や沿線で自然が豊かな地域の保全」と導き出せます。
依存と影響の正確な理解と管理は、リスク低減と機会創出につながり、長期的な事業の安定性と競争力を確保できるのです。
意外な業界が自然に「依存」していることも


出典:原口氏の話をもとに作成 イラスト:Storyset(https://storyset.com)
「自然との関わりの可視化」がビジネスに不可欠な理由
――自然との関わりの重要性がよくわかりました。こうした情報を「開示する」とはどういったことなのでしょうか? タスクフォースメンバーとして参加している、TNFDの役割も教えてください。
原口:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業や金融機関が自然資本に関わるリスクと機会を評価・開示するための国際的枠組みです。2021年に設立され、私はタスクフォースメンバーとして同年から開示の枠組みの開発に関与してきました。そして、2023年に開示の枠組みに関する提言が公表されました。
TNFDの目的は、生物多様性の損失や自然破壊が企業活動に及ぼす影響を財務情報に反映させ、企業の経営戦略や金融機関の投資判断に活用し、自然を回復する方向に国際的な資金の流れを向かわせることです。開示の枠組みを利用すると、自然に対する取組みがロジカルに整理され、社内外へ向けて説明できるようになります。それによって「サステナビリティ部門の社内での重要度も上がり、関連部門との連携が始まった」という声も聞いています。こうした取組みの積み重ねが、同業他社との差につながっていくと考えています。
――TNFDは開示の枠組みやガイダンスを作っていく組織なのですね。日本はTNFDアダプター(TNFDの枠組みに沿った開示を約束した企業や組織)が、国別で最多になっています(210社。2025年11月5日時点)。どういった背景があるのでしょうか?
原口:企業の持続可能性への高い関心と政府・自治体の積極的な支援があります。
日本は生物多様性保全や自然資本の重要性を早い段階から認識し、環境省や地方自治体が生物多様性戦略やネイチャーポジティブ経済推進に力を入れてきました。加えて、大手企業グループがTNFDの国際的枠組みに深く関与し、国内企業への普及啓発を牽引していることも大きな理由のひとつです。
TNFDへの対応に、現時点で法的な義務などはありません。ただ、自然関連リスクの適切な管理と情報開示によって企業価値を高めるためには、早期に対応を検討・推進することが望ましいと考えます。最近では、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)※が2025年11月に、「自然関連のリスク・機会に関する開示基準の策定作業に着手する」方針を発表しました。またISSBはTNFDの枠組みを参照しつつ基準開発を進めると明言しています。この基準案は2026年10月に開催される生物多様性条約の国際会議(CBD COP17)までに、公表される予定です。
これらの動きを考えると、今後は規制や市場の要請が強まる可能性もあり、早期の準備が競争力強化に資すると言えるでしょう。
※ ISSBとは、「International Sustainability Standards Board(国際サステナビリティ基準審議会)」の略称。企業がESG(環境・社会・ガバナンス)などを含む非財務情報開示を行う際の統一された国際基準を策定するために発足された機関。
「ISSB、自然関連開示基準策定を決定、2026年10月に公開草案を公表」
https://rm-navi.com/search/item/2409
企業と自然の関連性についての基礎的理解 【リサーチレター 2025 No.4】
https://rm-navi.com/search/item/2360
ネイチャーポジティブとは? 環境保護とビジネスチャンスをつなげるキーワード
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