コラム/トピックス

ネイチャーポジティブとは? 環境保護とビジネスチャンスをつなげるキーワード

[このコラムを書いた研究員]

朝倉 陸矢
専門領域
自然資本
役職名
主任研究員
執筆者名
朝倉 陸矢 Rikuya Asakura

2025.8.27

「異常な暑さや災害が増えている気がする…」「野菜や魚が高くなった…」

最近、このように感じている人も多いのではないでしょうか?実は、こうした私たちの身の回りの変化は、世界的な環境問題と深くつながっています。

そんな中、社会全体や企業の間で「ネイチャーポジティブ」というキーワードが急速に広がっています。この言葉の意味は? 私たちの暮らしやビジネスにどんな影響があるの? 今の環境問題がわかるキーワード「ネイチャーポジティブ」について、わかりやすく解説します。

この記事の
流れ
  • 私たちの暮らしに影響を及ぼす自然環境の変化
  • ネイチャーポジティブとは?
  • ネイチャーポジティブに向けた国際的な動向
  • 日本国内のネイチャーポジティブ関連政策
  • ネイチャーポジティブ実現のために ――今後の展望

私たちの暮らしに影響を及ぼす自然環境の変化

近年、野菜の高騰や、魚の漁獲量の激減といった報道が繰り返されるようになっています。また、今年も命の危険を感じるほどの猛暑が続いていて、気候の変化を多くの人が体感するようになりました。

その背景にあるのは、地球温暖化をはじめとする、長年にわたる人間の経済活動と密接に関係する自然環境の変化です。森林の減少、海の汚染、生物多様性の損失。こうした地球規模の変化は、一見遠い話のように感じますが、実は、私たちの食卓や暮らしの安全、そして企業活動にも直接的な影響を及ぼしています。

世界中で、こうした自然環境の危機に対する関心が高まる中、持続可能な社会や経済のあり方が問われるようになり、その中で生まれた言葉が「ネイチャーポジティブ」です。

ネイチャーポジティブとは?

ネイチャーポジティブは2020年に「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」という論文で提唱された「自然の損失を止め、回復させる」ための国際的な目標です。

その定義は「2020年を基準に、2030年までに自然の損失を止めて反転させる。そして、2050年までに完全回復を達成する」というものです。まずは自然を損失する活動を停止し、2030年には回復基調にのせます。そして2020年の水準を上回った後、そのままさらに回復を続け、2050年には回復を完了させます。2020年時点で相当な自然の棄損があったと考えられるため、2050年時点のグラフの数値ははるか上方になります。

ネイチャーポジティブに向けた道筋

ネイチャーポジティブに向けた道筋

出典:Harvey Lockeほか「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」

論文の発表後、2021年5月に行われたG7首脳サミットのコミュニケ(公式声明・共同声明)付属文書でも、この「ネイチャーポジティブ」は言及されました。そして、経済から社会、政治、技術までのあらゆる分野で現状の改善を促し、自然が豊かになっていくプラスの状態にするために、この言葉が使われるようになりました。その後、関連する国際会議や政策にまつわる場、ビジネスの現場においても頻繁に用いられています。このように、社会や経済を広く巻き込んでいる点が重要なポイントです。

ネイチャーポジティブに向けた国際的な動向

2022年12月に採択された生物多様性に関する世界目標の「昆明・モントリオール生物多様性枠組」※1にも、ネイチャーポジティブの考えが色濃く反映されています。この目標は、日本をはじめとする世界196の国や地域が加盟する生物多様性条約によって採択されました。

この中には2030年へ向け「自然を回復軌道に乗せるために、生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」というミッションがあります。さらに、ミッション達成に向けて23の行動目標が設定され、生物多様性条約やその加盟各国の取組み指針となっています。

1)生物多様性条約や昆明・モントリオール生物多様性枠組についてはこちらで詳しく解説しています。
https://rm-navi.com/search/item/1903

日本国内のネイチャーポジティブ関連政策

日本ではこの世界目標を受け、2023年に「生物多様性国家戦略2023-2030」が策定されました。生物多様性国家戦略は1995年以降、策定と見直しが行われ、今回は第六次戦略となります。2030年のネイチャーポジティブ実現を目指す内容となっており、その中の基本戦略3として「ネイチャーポジティブ経済の実現」が掲げられています。

この戦略では、ネイチャーポジティブ経営を「価値を創造するプロセス内に、自然の保全を重要課題として位置付ける経営」と定義しています。また、こうした経営手法が各企業に行きわたり、それが消費者や市場に評価され、行政等の取組みとも合わさり社会全体が変革された状態を「ネイチャーポジティブ経済」としています。

この戦略での大きなテーマは「ネイチャーポジティブの取組みが、企業にとってコストアップ等の負の要素ではなく、新たな成長のチャンスとなることをわかりやすく提示する」点です。そのため「企業価値向上のプロセスや、ビジネス機会の事例」「企業が抑えるべきこと」「バックアップとなる国の施策」を中心にまとめられています。

また、企業の体制や計画づくり等の具体的な進め方をまとめた「生物多様性民間参画ガイドライン」も発行されています。2025年7月31日には、この移行戦略に向けて、企業や金融機関といった各ステークホルダーが「いつ、どのように」動いていくべきなのかの道筋を示した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)」が公表されました。

ネイチャーポジティブ実現のために ――今後の展望

2025年を迎え、すでに2020年代も折り返しに差し掛かっています。2030年へ向けて、今後の取組みがとても重要になってきます。先述の昆明・モントリオール生物多様性枠組では、戦略実行のために全世界で官民を問わず、最低でも年間2000億ドルの資金を2030年までに投入する、というターゲットを設定しています。しかし、現在投入されている資金はまだまだ足りず、大きなギャップがあるとされています。こうした資金ギャップを解決するために、インパクト投資※2やグリーンボンド※3、生物多様性クレジットといった手法や仕組みが推進されています。

また、先ほどのグラフのタテ軸は「自然がどれくらい豊かなのか」という状態を示していますが、これをどのように測定するのかをめぐり、技術開発や標準化の競争が起きています。

世界目標への貢献度合いや活動のインパクトを示すには、自然や生物多様性を測定し定量化する必要があります。そのために、衛星からの観測やAI、ドローンを活用したもの、新たなDNA分析技術を用いるものなど数多くの手法が開発中で、これらは「ネイチャーテック」と呼ばれています。世界各国の研究機関やベンチャー企業、大手企業が連携しルール作りに向けて動き出しています。

こうした背景もあり、世界経済フォーラムは2020年、ネイチャーポジティブ経済への移行により、世界で3億9500万人の雇用が創出され、年間10.1兆ドルのビジネスチャンスの可能性があるとしました。今後ますます加速する、ネイチャーポジティブの動きに注目です。

2)インパクト投資についてはこちらで詳しく解説しています。
https://rm-navi.com/search/item/2095

3)グリーンボンドについてはこちらで詳しく解説しています。
https://rm-navi.com/search/item/2088

【参考文献】
Harvey Lockeほか「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」
朝日新聞SDGs Action!「2025年最大のリスクは紛争、今後10年では異常気象 世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書」
株式会社野村総合研究所『カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ サステナビリティ経営の新機軸』
環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組 ―ネイチャー・ポジティブの未来に向けた2030年世界目標―」
環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」
IUCN日本委員会「Action19:実行に向けて資金を確保しよう。」
環境省「ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて」

あわせて読みたい

生物多様性COP16の報告 ~TNFD自然移行計画ガイダンス案、NPI「自然の状態」指標案、SBTN初の認定事例を中心に~【RMFOCUS 第92号】
https://rm-navi.com/search/item/2002

地方公共団体のグリーンボンドの資金使途に関する実態調査 ~自然や生物多様性の保全に向けて~「リサーチ・レター(2024 No.8)」
https://rm-navi.com/search/item/2076

TNFD対応上のポイント ~正式版による開示を始めるにあたって~
https://rm-navi.com/search/item/1692

会員登録でリスクマネジメントがさらに加速

会員だけが見られるリスクの最新情報や専門家のナレッジが盛りだくさん。
もう一つ上のリスクマネジメントを目指す方の強い味方になります。

  • 関心に合った最新情報がメールで届く!

  • 専門家によるレポートをダウンロードし放題!

  • お気に入りに登録していつでも見返せる。