企業と自然の関連性についての基礎的理解 【リサーチレター 2025 No.4】
[このレポートを書いた研究員]

- 会社名
- MS&ADインターリスク総研株式会社
- 部署名
- 基礎研究部 基礎研究グループ
- 執筆者名
- 主任研究員 朝倉 陸矢 Rikuya Asakura
2025.12.1
現在、世界の総GDPの約半分が、水(淡水・海水)・森林・土壌・大気・天然資源といった自然に依存しているとされている。しかし近年、自然環境の急速な劣化が判明し「自然は限りあるもの」と認識されるようになった。それを受け、保全・回復の取組みが行われている。
生物多様性の包括的な保全や、生物資源の持続可能な利用を目的とした「生物多様性条約(CBD)」(1992年採択)という国際的な条約がある。これに基づき、現在は「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組」という2030年までの目標のもと、議論や施策が進む。これには、自然の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ」の考え方が反映されている。この言葉は、国際会議や政策にまつわる場、ビジネスの現場で広く使われるようになった。
自然資本の棄損による影響は、企業にも及んでいる。自然に配慮した経営の必要性が高まっており、自社の操業だけでなくバリューチェーン全体の責任も問われる。また「自社と自然資本の関係性について情報開示し、資金を呼び込む」という流れは、今後ますます加速するとみられる。
1.ビジネスパーソンが、自然資本を理解しておくべき理由
近年、これまで顧みられてこなかった、自然資本(自然環境の価値、詳細は後述)に注目が集まっている。実際、世界の総GDPの約半分は、自然に依存した産業から生み出されているという。
しかし、人間による過度な「依存」により、自然資本は継続的に減少している。【図表1】は1992年から2014年までの、世界の1人当たりの富の推移を示したグラフだ。人間の活動によって生み出される人工資本や人的資本が増え続ける一方、自然資本は減り続けているのがわかる。
【図表1】世界の富は増え続ける一方、自然資本は減り続けている


(出典:WWFジャパン「日本語版 生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー -要約版」)
こうした背景から、自然資本は「限りあるもの」として認識されるようになってきている。そして現在の状況を好転させ、持続可能な社会や経済活動を構築するために「ネイチャーポジティブ」(後述)への移行が求められている。
この危機感は、ビジネスの世界にも確実に伝わっている。世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスクの長期的深刻度ランキング」【図表2】では、今後10年間の深刻なリスクについて上位4つを環境に関するものが占め、フェイクニュースや AI、社会の分断よりも深刻と捉えられている。さらに、2025年単年のリスクランキングでは異常気象が2位、短期的リスクランキング(今後2年間)では異常気象と汚染がそれぞれ2位、6位となった。このように、あらゆる時間軸において、気候や自然が企業を取り巻く重大なリスクと認識されている。
【図表2】「グローバルリスクの長期的な深刻度ランキング」(世界経済フォーラム)
| 順位 | リスク |
|---|---|
| 1 | 異常気象 |
| 2 | 生物多様性の喪失と生態系の崩壊 |
| 3 | 地球システムの危機的変化 |
| 4 | 天然資源不足 |
| 5 | 誤報と偽情報 |
| 6 | AI技術がもたらす有害事象 |
| 7 | 不平等 |
| 8 | 社会の二極化 |
| 9 | サイバー諜報活動とサイバー戦争 |
| 10 | 汚染 |
(「2025年最大のリスクは紛争、今後10年では異常気象 世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書」より筆者作成)
前述の通り、人間の経済活動は自然資本を大きく棄損している。その影響は、企業やビジネスのあらゆる場面に及ぶ。そのため、利益の追求だけではなく、自然資本を損ねない経営をする必要性が増している。また、自社の操業だけでなく、バリューチェーン全体の問題にも対応しなければならない。それと同時に、ビジネスの機会も生まれている。他にも、「自社と自然資本の関係性についての情報を開示し、資金を呼び込む」という流れもある。
2.自然が企業に与える影響とその動向
(1)自然に関連するリスクと機会
TNFD(後述)によると、自然に関連するリスクは3種類に分かれる。物理的リスクは自然環境の変化による被害を指し、急性(山火事など突発的)と慢性(気候変動など徐々に進行)の2つがある。
また、移行リスクは自然資本の損失により経済や社会が変化し生じるもので、政策、市場、技術、評判、賠償責任の 5 つがある。最後のシステミックリスクは生態系や金融システム全体の崩壊リスクで、生態系の安定性リスクと金融安定性リスクに分かれる。安定性リスクと金融安定リスクが顕在化すると、企業や金融機関にも大きな影響がある。また、こうした自然に関連するリスクへの対応について、SBTN(Science Baced Targets Network)※1は「回避」「軽減」「復元・再生」「変革」という優先順位を定めている。
対して、自然関連の機会については「企業のパフォーマンス」と「持続可能性パフォーマンス」に分類される。前者には市場の拡大や資金調達の改善、資源を使用する効率の向上、新商品開発、評判向上が含まれる。一方、後者には資源の持続利用や生態系保護がある。
また、先述のように企業によるネイチャーポジティブに向けた取組みは、資金調達にも結び付いている。その代表例がESG投資だ。これは環境(E)・社会(S)・企業統治(G)を考慮した投資のことで、2006年の国連PRI(国連責任投資原則)による提唱以降、世界的に普及した。日本では2015 年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が署名したのを契機に拡大し、企業の気候変動対策や自然資本への取組みが資金調達に影響を与える一因になっている。
自然保護活動が奨励される一方で、自然を棄損し続ける企業や事業に対する資金の引き上げ(投資の撤退等)も起きている。近年は「社会へ、どれだけ具体的な良い影響を与えられたか」を重視するインパクト投資も広がっている。
1)企業や都市などが科学的な根拠に基づき、自然を守るための目標(SBTs for Nature〈Science-based Targets for Nature〉:自然のための科学的根拠に基づく目標)を設定できるように支援する目的でつくられた国際的なネットワーク
(2)情報開示の動きやプラットフォーム
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は2021年に設立された国際イニシアティブである。企業による自然や生物多様性への影響を評価・開示する枠組みを提供し、ネイチャーポジティブを促進する。2023年9月に開示枠組みv1.0を公表し、これまで開示を実施またはその意向を表明した企業は620社を超えている。MS&ADグループはタスクフォースにメンバーを輩出するとともに、TCFD と統合したレポートを発表している。
このほかにも、SBTNは企業に対する科学的根拠に基づく自然保護目標の設定を支援し、TNFDと連携している。また、GRI(Global Reporting Initiative)やCDP、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)といった既存のサステナビリティや気候変動に関する開示を主導してきた団体も、自然に関連する開示基準の策定に向けて進んでいる。
(3)分析・評価・戦略実行
企業はまず、自社が自然へ頼っている要素や受けている恩恵である「依存」と、自然に与えている変化である「影響(インパクト)」を分析することから始める。前者の例としては、原料を生産するための土壌や気候、工場を操業するための水などが考えられる。一方、後者では農薬や化学薬品の利用、事業所や工場の建設による環境の変化、水の利用で生じる河川や地下水の水位変化、などの例がある。これらを踏まえると、「依存を減らす」「負の影響を緩和させる」「自然資本を保全する」といった対策を検討できる。
戦略を進める前には、自社の拠点がある地域ごとの状況を踏まえ、優先的に対策すべき箇所やサプライヤーを評価することも重要である。バリューチェーン全体の自然関連リスク把握は困難なことが多く、より重要な拠点を優先的に対処することが求められる。気候変動対策における温室効果ガスの排出削減とは異なり、ある地点での自然資本の棄損は、ほかの地域の自然資本回復では賄うことができない(「ロケーション」の概念)。
企業によるネイチャーポジティブ戦略では、再生素材や持続可能農法の導入、省資源化、保全活動の事例が多い。調達元と協働するケースも増えており、従来のイメージ戦略の範疇を超え、「資源が…
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