レポート/資料

消失危機にある観光地の保全に向けた防災力強化取組【RMFOCUS 第97号】

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[このレポートを書いた専門家]

真壁 航太・日原 啓介・山寺 健太
会社名
三井住友海上火災保険株式会社
部署名
地域マーケット部 政策プロジェクト共創チーム
地域共創ユニット
2025年度自治体職員派遣研修生
特別推進役
執筆者名
真壁 航太(秋田県研修生)【左】 Kouta Makabe
日原 啓介(山梨県研修生)【中】 Keisuke Hihara
山寺 健太(東京都研修生)【右】 Kenta Yamadera

2026.4.2

要旨
  • 路地・横丁は、長い歴史的過程の中で形成された景観や文化を継承し、地域や住民の社会的・文化的アイデンティティを支える重要な空間であり、観光資源としての価値も高い。
  • 一方、狭隘な道路構造や老朽化した木造建築が高密度に集積している状況は、地震や火災等の発生時には、避難・救助活動の阻害や延焼拡大といったリスクが顕在化しており、人的被害に加え、歴史的景観や文化資産が喪失する可能性を内包している。
  • 本稿では、このような路地・横丁を主な分析対象とし、防災・減災の観点から空間的・制度的課題を体系的に整理、分析する。
  • その上で、歴史的価値および観光的価値との両立を前提とした防災力強化のあり方について、地域主体の実践的取組や制度設計の方向性を中心に考察する。

1. 日本の観光施策と訪日外国人に人気がある観光地

日本政府は「観光立国推進基本計画」に基づき、2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円を目標に掲げている 1)。観光産業を重要な国家戦略の一環として位置付け、多角的な施策を展開している背景には、観光需要の拡大による地域経済の活性化や国際的な交流促進がある。訪日外客数は近年急速に増加しており、2024年には3,500万人を超え、2025年には年間4,200万人を突破し、過去最多となった。

観光庁による訪日外国人の消費動向調査では、外国人観光客が訪日前に期待していたこと、実際にしたこととして「日本食を食べること」や「繁華街の街歩き」が上位に挙げられている 2)。日本食はその品質や多様性から世界的に高い評価を得ており、寿司、天ぷら、ラーメンなどの定番料理に加え、地域に根ざした郷土料理も注目されている。一方、繁華街の街歩きでは、都市特有の活気や文化的な多様性を体験できることが観光客を引きつける要因となっている(図1、図2)。

また、日本政策投資銀行の調査結果においては、初訪日者に訴求するコンテンツとして歴史的な建造物や歴史的な街並みが挙げられており、日本の伝統的な街並みが、観光資源として機能していることが示されている 3)

そのような中、近年、観光地として注目されているのが伝統的な街並みを有する路地・横丁である。これらは表通りから外れた狭い道や町筋を指し、小規模の居酒屋や飲食店が密集していることが特徴付けられる。外国人観光客にとって、路地・横丁は日本の生活文化に触れる特別な体験の場であると同時に、SNSやメディアでの紹介を通じて人気を集める観光スポットとなっている。路地・横丁はその雑多な雰囲気や地域特有の魅力から、日本らしさを体感できる場所として認知されるようになり、インバウンド需要の重要な構成要素となっている。

あわせて、宮田安彦著「路地の酒場の社会的価値と構造について」によると、路地空間が持つ特性と酒場の特性が人を引き付け、そこでの経験が来訪者のQOLを高めると同時に、都市の人々のプレイス・アイデンティティ(物理的な生活環境についての認識)形成を促し、これら全体をもって、路地の酒場は都市生活者のQOLを維持向上させると論じられている4)

【図1】訪日外国人が訪日前に期待していたこと

【図1】訪日外国人が訪日前に期待していたこと
(出典:観光庁「訪日外国人の消費動向2024年年次報告書」)

【図2】訪日外国人が今回したことと次回したいこと

【図2】訪日外国人が今回したことと次回したいこと
(出典:観光庁「訪日外国人の消費動向2024年年次報告書」)

2. 路地・横丁の防災力向上に向けた課題

(1) 路地・横丁の災害脆弱性

路地は、幅員の狭さ、屈曲や行き止まりの多さ、建物の高密度配置、老朽化した木造建築の集積といった物理的特性を有しており、災害時における高い脆弱性を内包している。これらの空間的条件は、平常時には独特の景観や回遊性を生み出す要因となる一方、災害時には避難や救援といった防災活動を著しく制約する。

地震災害では、建物倒壊や外壁、看板、電柱等の被害による通行障害が生じ、路地空間が閉塞することで安全な避難経路の確保が困難となる。また、老朽化したインフラの損傷によるガス漏えいや給排水管の破断、停電や通信障害の発生は、住民や来訪者の状況把握や初動対応を妨げ、被害の拡大や長期化を招く。火災時には、密集木造市街地という構造的特性から延焼速度が極めて速く、初期消火の遅れや消防車両の進入困難が被害拡大の要因となる。

観光地の路地・横丁では、来訪者が空間構造に不慣れであり、さらに外国人観光客においては言語や文化的背景の違いがあるため、災害時の混乱を一層増幅させる要因となる。その結果、こうした災害に対して地域全体の安全確保が困難となり、観光地としての機能低下や地域価値の毀損につながる可能性があるため、防災対策の検討においては、これらの特性を踏まえた包括的な対応が求められる・・・

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