レポート/資料

障がいのある従業員を考慮した災害時の安全配慮義務対応〜「誰も取り残さない災害対応」を企業の標準にするために〜【RMFOCUS 第99号】

[このレポートを書いたコンサルタント]

山口 修
会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
執筆者名
リスクマネジメント第四部長 山口 修

2026.10.2

要旨
  • 企業にとって、自然災害時に従業員の安全を確保する「安全配慮義務対応」は重要であるが、近年の障がい者雇用の拡大や、採用だけでなく定着に向けた環境整備の重要性の高まりを受け、障がいのある従業員を想定した対応も避けて通れない課題となっている。
  • 本稿では、障がい者雇用の知見を有するMS&ADアビリティワークス株式会社の協力を得て、障がいのある従業員を考慮した災害時の安全配慮義務対応のポイントを整理した。
  • 対応のポイントは、既存の災害対応を土台に障がい特性に応じた「個別対応」を加える点にあり、その中心となるサポーターによる支援を実効的なものとするため、平常時からの障がいのある従業員の特性把握とコミュニケーション、管理者も含めた共有、課題に応じた研修・訓練が重要となる。

1.障がいのある従業員への災害対応は、企業にとって避けて通れない重要課題

企業が従業員や来客者などの生命・身体の安全を守ることは、法的責任であるとともに、社会的信用を維持するうえでも欠かせない。企業は、自然災害時でも、このような「安全配慮義務対応」(労働契約法5条、民法1条2項)を適切に行うことが求められており、当然ながら、これらの対応は、障がいの有無にかかわらず、すべての従業員を対象として行う必要がある。

近年、障がい者雇用は着実に拡大しており、職場に障がいのある従業員がいることは、もはや特別なことではなくなっている。実際、民間企業に雇用されている障がい者数は増加を続けており、障がい者雇用は多くの企業にとって現実的かつ日常的なテーマとなっている(表1)。

【表1】雇用されている障がい者の数
障がいの種類 人数(対前年比)
身体障がい 約37.4万人(1.3%増)
知的障がい 約16.2万人(2.8%増)
精神障がい 約16.9万人(11.8%増)
  • 民間企業障がい者雇用者数は約70.5万人で、22年連続で過去最高を更新
  • 実雇用率は14年連続で過去最高の2.41%
  • 法定雇用率達成企業の割合は46.0%
(出典:厚生労働省「令和7年 障害者雇用状況の集計結果」を基にMS&ADインターリスク総研作成)

また、今後の法定雇用率の改定を踏まえ、企業は障がい者の積極的な新規採用だけでなく、採用後の定着も含めて取り組むことが求められているが、障がい者雇用の現場では、採用や定着に苦慮している企業も少なくない。こうしたなかでは、障がいのある方から選ばれる職場環境を整備することが、企業にとって重要な課題となる(図1)。

【図1】雇用されている障がい者の定着率
雇用されている障がい者の定着率
(出典:厚生労働省職業安定局「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」令和7年11月11日)

障がいのある方から就業先として選ばれるためには、平常時の働きやすさや配慮だけでなく、災害時にも安心できる環境を整えておくことが重要である。災害発生時に、自分が必要な支援を受けられるのか、職場が自分の安全を守ってくれるのかという点は、安心して働き続けられるかどうかに大きく関わるからである。

したがって、企業には、平常時はもちろん、災害時にも障がいのある従業員の安全を確保できる環境を整備しておくことが求められる。

このように、障がいのある従業員に対する災害時の安全配慮義務対応は、障がい者雇用の拡大と採用・定着の課題の双方を踏まえれば、企業にとって避けて通れない重要なテーマである。

【MS&ADアビリティワークス コメント】

障がい者雇用においては、採用がゴールではない。入社後に安全な職場環境のもと、障がいのある従業員が安心感を持って自身の能力やスキルを発揮しやすい職場環境の整備といった定着支援がこれまで以上に重要だと考える。障がいのある従業員への災害時の対応を社内で検討・整理しておくことは、障がいのある従業員が安心して働ける環境の一つとして欠かせないものであり、定着支援の観点からも重要な項目だと考える。

2.災害時の安全配慮義務対応の基本形と、障がいのある従業員に対する個別対応の必要性

障がいのある従業員への災害時の安全配慮義務対応を考えるにあたっては、まず、一般論としての企業の安全配慮義務対応を確認しておく必要がある。障がいのある従業員への対応も、この基本形をベースとして構築されるからである。

自然災害時の安全配慮義務対応には、実務上、主に二つの特性がある(図2)。

【図2】自然災害時の安全配慮義務対応の特性
自然災害時の安全配慮義務対応の特性
(MS&ADインターリスク総研作成)

第一に、災害発生時に企業が実施すべき対応事項は、その多くが従業員の生命・身体の安全に直結するという点である。たとえば、身の安全確保、避難、点呼、安否確認、待機、帰宅判断などは、いずれも従業員の安全を守るうえで欠かせない対応である。

第二に、こうした対応事項の中には、あらかじめ定めた手順だけでは処理しきれず、状況に応じた判断が必要となる「臨機応変対応」が含まれるという点である。たとえば、帰宅させるか待機させるかの判断や、安全確認が済んでいない建物への再入館の可否などは、当日の被害状況や周辺環境を踏まえて判断せざるを得ない。

このため、自然災害時の安全配慮義務対応において実務上重要となるのは、第一に、災害時に必要となる対応事項、すなわちToDoを整理したうえで、それぞれに対応方法や必要な減災・防災対策を紐づけて整備しておくことである。第二に、その中から臨機応変対応が求められる事項を抽出し、事項ごとに、どのような情報を収集すべきか、誰がどのように判断するかといった対応プロセスを整理しておくことである。

こうした考え方を踏まえ、MS&ADインターリスク総研では、自然災害時の安全配慮義務対応に関する体制整備モデルの「基本形」を整理している(図3)。

【図3】自然災害時の安全配慮義務対応の基本モデル
自然災害時の安全配慮義務対応の基本モデル
(MS&ADインターリスク総研作成)

これは、災害時の対応事項を全体として洗い出し、それぞれについて必要な準備や運用方法を明らかにするとともに、臨機応変対応が必要な事項については、情報収集と判断の流れをあらかじめ整理しておくというものである。

ただし、この「基本形」だけでは、障がいのある従業員を十分に守れないおそれがある。

その理由は、障がいの特性によって、災害時に求められる標準的な行動をそのまま実行することが難しい場面があるためである。たとえば、大きな音や周囲の混乱によって体が固まってしまうことがある。口頭の指示だけでは内容が入りにくいこともある。さらに、避難の途中で不安が強くなり、一人では移動しにくくなることもある。

【MS&ADアビリティワークス コメント】

精神障がい者の中には感覚過敏の特性がある方も多く、MS&ADアビリティワークスで行った訓練では非常ベルや緊急地震速報などの音を聞いて体が硬直して動けなくなったケースがあった。このように、周囲からの声かけなどのサポートがないと、自分の命を守る行動を起こすことが難しい障がい者が一定数いることを踏まえて、特性に応じたサポートについて、障がいのある従業員に確認のうえ事前準備をしておくことが必要である。

このような場合、企業が一般的な災害対応の手順を整備していても、それだけでは障がいのある従業員の安全確保が十分でない可能性がある。したがって、基本形として整理したToDoの中から、障がいの特性によって個別対応が必要となる局面を抽出し、その局面ごとに必要な支援や配慮を整理し直すことが重要となる(図4)。

【図4】障がいのある従業員を想定した基本モデル見直しの方向性
障がいのある従業員を想定した基本モデル見直しの方向性
(MS&ADインターリスク総研作成)

すなわち、障がいのある従業員に対する災害時対応は、一般的な安全配慮義務対応とは別の仕組みとして考えるべきものではない。まずは企業全体の安全配慮義務対応の基本形があり、そのうえで、その基本形では十分に対応しきれない局面を特定し、必要な個別対応を追加していくという形でとらえることが適切である。

3.個別対応として何を行うのか~局面の抽出と対策の整理~

それでは、障がい特性に応じた個別対応は、具体的にどのように考えればよいのだろうか。実務上は、(1)個別対応が必要な局面を抽出すること、(2)局面ごとの対策を整理すること、の二段階で考えることが有効である。

(1)個別対応が必要な局面の抽出

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MS&ADアビリティワークス株式会社について

2018年6月1日にMS&ADインシュアランスグループの「特例子会社」(障がい者の雇用促進、安定を図るために設立された子会社)として設立。同社は東京労働局の「障害者雇用相談援助助成金」制度(障がい者雇用に課題を抱える企業に対し、知見やノウハウを有する企業等が支援を行う)の東京労働局認定事業者第1号を取得。2025年度から地域企業の障がい者雇用に関する支援業務を開始している。

障がい者雇用支援業務の詳細は下記URLよりご確認ください。
https://www.ms-ad-abilityworks.co.jp/business/consul_support.html

左:雇用推進事業部長 遠藤 貴子 右:管理部長 橋本 実
左:雇用推進事業部長 遠藤 貴子  右:管理部長 橋本 実

本稿の作成にあたっては、同社の管理部長橋本実氏、雇用推進事業部長遠藤貴子氏に取材し、障がい者雇用や障がいのある従業員への支援に関する実務的な知見・助言をいただいた。この場を借りて感謝申し上げたい。

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