道路交通法改正で問われる、自転車とクルマの車道での共存
[このコラムを書いたコンサルタント]

- 専門領域
- モビリティ安全対策
- 所属
- リスクマネジメント第二部
モビリティリスクマネジメントグループ - 執筆者名
- シニアコンサルタント 金剛丸 浩 Hiroshi Kongoumaru
2026.10.14
自転車の車道通行が、注目される
多くのニュースや媒体でも取り上げられているとおり、2026年4月から自転車のいわゆる「青切符制度」が始まった。これにより自転車は原則として車道を走るというルールが、あらためて強く意識されることになる。
振り返れば、1970年代には自転車が車道でクルマと接触する事故が多発したため、自転車を歩道通行へと誘導する流れが強まった。その結果、自転車とクルマの事故による死者数は大きく減少することとなり、一定の成果を上げてきたといえる。
しかし現在は自転車側の交通ルール違反も多く、取り巻く交通事故情勢が厳しい。そうした背景から、事故抑止を目的に自転車の車道通行の原則を再徹底する流れになっているのである。
ただし車道で自転車とクルマを分けるインフラはまだ十分とはいえず、電動アシスト自転車の普及による高速化や重量化、さらにクルマ側の大型化などもあり、両者の共存はむしろ以前よりも困難ではないか、という不安は拭えない。
自転車とクルマの事故リスクは、道路構造や法令違反、交通ルールの理解差から論じられることが多い。そこで今回は視点を変えて、自転車とクルマの機能や構造の違いが、運転者の心理や認知にどのような影響を与え、事故を起こすのかを考えてみたい。
スピードが生む認知のズレ
まず注目したいのは、自転車の大きな特徴である「スピード」である。クルマ側から見て最も多い対象である歩行者は、4~6km/hで移動するのに対し自転車は、11~18km/h。歩行者の速度に慣れた目には、自転車は「視界の外から突然現れる」ように感じられることも少なくない。
しかも自転車に乗る側も、速度が上がることで視野狭窄が起こり、クルマの発見が遅れることがある。
見えているはず、という思い込み
次に、「視野」の違いがある。自転車は車体構造がシンプルで、基本的に死角が少ない乗り物である。その分だけ「自分は相手を見えているのだから、相手も自分に気づいているはずだ」と考えやすくなる。さらに、「気づいているのだから、相手は止まってくれるだろう」と楽観的に捉えてしまいがちになる。
しかしクルマは、ピラーやミラーによる死角があり、後方にも構造上で見えにくい範囲がある。この視野の違いが、互いの認識のズレを生むのである。
視線の向きが、発見の遅れを招く
さらに、「視線」の違いも見逃せない。人は目立ちやすい大きなものや、進行方向に視線を向けやすい傾向がある。そのためクルマ側では、前方の大型車等が優先され、相対的に小さな自転車への注意が後回しになりがちであり、発見が遅れることがある。
一方、自転車側は運転中に路面の影響を受けやすいため、視線が下方に向きやすい傾向がある。これもまた、クルマの発見が遅れる一因となる。
必要なのは「かもしれない運転」
すなわち、自転車とクルマの構造や機能の違いが生む「見え方・気づき方のギャップ」を前提に、相手の立場に立って想像力を働かせることが、これまで以上に重要になっているのである。インフラ整備やルールの徹底とあわせて、こうした「かもしれない運転」の意識が広がることが、自転車とクルマの共存に向けた大きなカギとなるだろう。
(2026年10月8日三友新聞掲載弊社コラム記事を転載)