チリ鉱山落盤事故にみる危機管理の要諦
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- CSR(企業の社会的責任)、内部統制、総合リスクマネジメント、危機管理、コンプライアンス対策等
- 役職名
- コンサルティング第一部 CSR・法務グループ マネージャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 奥村 武司 Takeshi Okumura
2010.12.10
いろいろなメディアにおいて「今年の十大ニュース」といったタイトルで今年発生した事件・事故が振り返られる季節になってきた。多くの出来事の中でも、チリの鉱山における落盤事故は、世界中の関心を集め、全員の無事生還という結末により、強く印象に残るものだろう。
この事故は、リスクマネジメント、とりわけリスクが顕在化した緊急事態において、危機をどう乗り越えたかという点でも、多くの示唆に富んでいる。
奇跡の救出劇は、国の威信を掛け、莫大な資金と世界中の英知を集めたことにより、予想以上の結果を出せたという側面はある。一方で地下に取り残された三十三名の労働者が、極限状態の中で、統率の取れた行動により肉体的にも精神的にも致命的なダメージを受けることなく生還できたということは特筆に値し、緊急時の対応態勢や危機を乗り越えるための基本動作の重要性を再認識させられるものであった。
八月五日に発生した落盤事故直後の混乱の最中、地上に生存を認識させる迄の十八日間、そして救出までの劣悪な環境で過ごした期間を無事乗り切ることができた要素として、次のことが考えられる。
<リーダーシップ>
誰が最終的な意思決定をする者なのか、リーダーを明確にし、その指示に従って全員が行動した点だ。緊急時においては様々な決断を行わなければならない。それも限られた選択肢から必ずしも全員が満足できない決定も必要である。救出後の作業員の言葉によれば、地下では「一人一票制の民主主義を採用」していたとのことだが、全員の意見を聞きつつ、リーダーが明確な決断と指示をしたことが、今回の救出に大きく貢献したことは間違いない。
<正確な情報の把握>
自分たちが置かれている状況を正確に把握しようと努め、適切な手段によりそれを実現していたことだ。事故直後から、選抜された作業員が坑道を探索し、周辺の状況をまとめた地図を作成し、救出を待つためにより安全な場所を確保するなどの手を打っていた。
<ワーストシナリオの想定>
必ず発見されるとの希望を捨てず、しかし同時に最悪の事態を想定して行動した点だ。把握できた情報から自分たちの救出が容易ならざる状況であることを冷静に把握し、長期間地下に閉じ込められることを想定して備蓄食料を割り当てたことにより、わずかな食料で二週間以上を生き延びることができた。
<対策の網羅的な検討>
問題解決のためのあらゆる選択肢を検討した点だ。地上に対して生存していることを知らせるためにあらゆる方法を検討し、最終的に避難所近くまで掘り下げられた掘削ドリルにメモを取り付け、それにより地上に生存している事実を伝えることができた。
数々の幸運が重なったこともあるが、メンバー全員が危機は乗り越えられるとの意思を共有し、行動したことが、全員の無事生還という結果を引き出したといえる。もちろん今回の事故でも、落盤直後は経験の浅い若者がパニックになり、意見の対立によるグループの分裂や自分勝手な食料の奪い合いもあったと聞く。
企業であれ、その他の組織であれ、危機が発生した時こそ真の強さ、対応力が問われる。今回の事故は決して対岸の火事ではない。全員が無事に生還できた要素を、自らの組織に発生しうる危機のシナリオに当てはめて検討することにより、得られるものは少なくないはずだ。
以上