企業文化とリスクマネジメント
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- M.B.A. C.F.P.
- 役職名
- コンサルティング第一部 ERMチーム 上席コンサルタント
- 執筆者名
- 石川 智則 Tomonori Ishikawa
2008.4.1
リスクマネジメントにおいて、企業文化が重要であることは周知の事実と思われる。様々な文献で、「リスクマネジメントを企業文化として根付かせる」という表現が用いられているが、その意味の本質についての説明不足が否めず、都合よく企業文化の概念が活用されているように思える。
企業文化を学問的に整理した文献として、『企業文化論を学ぶ人のために』(梅沢正、上野征洋編)がある。本書では、英語圏各国及び日本で発表された300余りの既存文献について概念分析を行い、錯綜する概念である企業文化を整理している。(かなり上手に整理されている。) その中で、企業文化を「不可視物」のみと捉えるか「具現物」を含めるかという比較分析がリスクマネジメントと企業文化の関係を考える上で参考になる。「不可視物」とは、価値観や規範などの意思決定基準をいい、その「具現物」とは、仕事の方法・態度、慣習などの行動パターンを指す。
「リスクマネジメントを企業文化として根付かせる」という表現は、「不可視物」と「具現物」を使うと説明がつきやすい。リスクマネジメントはPDCAのマネジメントサイクルを円滑に回す活動が重要となる。その活動の励行が価値基準の高い「不可視物」として企業の構成員に意思決定され、それに基づく行動パターンを「具現物」として企業全体に根付かせることを意味すると理解できる。従って、ここで言う企業文化とは、「各個別企業の構成員が共有しているすべての意思決定基準(主に価値観)やそれを具現化した行動パターン」として捉えることができる。
企業文化が重要視される理由は、リスクマネジメントの活動を軽視する企業や企業の構成員が多いことによる。リスクマネジメントに能動的に取組まずとも、リスクが顕在化しない限りにおいて短期的な企業収益に影響はない。また、リスクマネジメントの活動が収益を生み出すわけでもなく、活動に力が入らず(魂が入らず)後回しになることもあるだろう。すなわち、リスクマネジメントの活動に関して価値観が低いことが問題であって、これを改善するために、相応しい企業文化が求められているのである。
先進的な企業では全社的リスクマネジメント(ERM)に取組み、企業戦略とリスクマネジメントを連動させるという動きが見られる。このような企業では、リスクマネジメントを経営管理の一手法として位置づけており、従来の対処療法型の手法とはパラダイムを異にすることから新しい価値観の醸成を迫られつつある。企業や企業の構成員の行動を変えるためには価値観を改善し、その定着を促すことが求められているのだ。
企業には、経営トップの強いリーダーシップのもとで、固有の歴史や現存する企業文化を理解し、相応しい企業文化像を明確にした上で、その醸成・定着に向けた地道なリスクマネジメントのPDCA活動が求められる。そうした継続的な活動を通じて、リスクに強い企業文化が形成されることが望まれる。
以上