システムの中での安全
[このコラムを書いたコンサルタント]
- 専門領域
- 災害リスクマネジメント、労働安全衛生
- 役職名
- 関西支店 リスクマネジメントグループ マネジャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 阿部 太一 Taichi Abe
2024.6.14
10年ぶりに、自動車を買い替えた。新しい車を運転して最も驚いたのは、安全装置による強力な運転操作への介入である。自動で操作されるブレーキやハンドルに、運転しているのか運転させられているのか分からなくなるような不思議な感覚を味わい、また、そうした手厚いサポートに頼ることに慣れてしまい、自分の行動が変化し始めていることを感じた。
安全装置の進歩によって、車の運転におけるミスとその意図せぬ結果、いわゆるヒューマンエラーの性質は変化の時を迎えているように思う。従来のエラーは、注意すべき対象を見落としたり、運転操作を誤ったりという、個人の行動に起因するものであったが、これからは安全装置に言われるがまま誤った操作をしてしまう等、安全装置というシステムとの関わり方に起因するものが増えていくのではないかと感じた。
重大災害の研究等を通じて、安全なシステムを設計するためには人間の行動特性を織り込むことが不可欠であると分かってきた。具体的には、「学習してパターンを作る」あるいは「状況に応じて学んだパターンを引き出す」といった通常とても役に立つ人間の認知能力が、適切でない場面で働いた場合にはミスが起こり、それがシステムの中で蓄積することで重大な災害の原因となり得るということである。このため、ヒューマンエラー防止対策は、人間の行動特性を理解し、発生したミスのみに注目するのではなく、周囲の環境や作業条件を含めて検討することが必要となる。運転中のミスを減らそうとする場合の対策は、従来は見落としを防ぐために音や視覚的な効果で注意を誘導する、誤操作を防ぐために動作を制限して誤操作が行えないようにする、といったものであった。しかし、安全装置による手厚いサポートのもと、これからの対策の内容は与えられた情報の読み間違いを防ぐために表示方法を工夫する等、システムとうまく付き合うためのものに変わっていくだろう。
将来的な技術の発展について考えると、安全装置がサポートを行う範囲はさらに広がっていくと思われる。巨大で複雑、かつ変化の早いシステムでは、目の前で起こったことがシステム全体に対してどのような影響を与えるかを把握することが困難で、把握できた時には既にシステム自体が変化してしまっている、といったことが起こりうる。そのような中で事故や災害を防止するためには、「ミスを減らす」という従来のアプローチだけではなく、「うまく物事が運んでいるときには何が行われているのかを知り、それを強化する」というアプローチを取ることが必要となる。それぞれの自動車に個別に設置されている安全装置が、複数の自動車間での通信を介して協調し相互に連携し始めたとき、それは刻々と変化する非常に大きな安全システムになると考えられる。事故の発生を防ぐためには、ヒューマンエラーを防止するという観点だけではなく、運転者が行っているどのような行動が事故を起こさない運転を実現しているのかを理解しようとするアプローチも求められるようになるだろう。
今回の経験は、私にとって変化するシステムの中での安全の実現について意識させられる出来事であった。まずは新しい車を楽しみながら、どのように自分の行動を変化させれば今後の安全につながるのか、しっかりと考えてみたい。
(2024年6月13日 三友新聞掲載弊社コラム記事を転載)